キャラクターメイクの時点で間違っている
世界が開く音がした。
視界いっぱいに白い光が広がり、やがて粒子のようにほどける。
次に現れたのは、どこまでも真っ白な広間だった。
床も壁も天井もなく、ただ空間そのものが柔らかく明滅している。
そこに一人の案内役が現れた。
銀の髪、無機質な微笑、性別すら曖昧な中性的な顔立ち。
NPC……にしては、仕草が滑らかすぎる。
『ようこそ、《Elysion Border》へ』
澄んだ声が、頭の内側で響いた。
『私は初期導入支援個体《Navi/01》。プレイヤー登録手続きを開始します』
灰人は腕を組んだ。
「ずいぶん素直なチュートリアルだな」
『初回接続時における離脱率低減のため、導入負荷は最小化されています』
「人間味ゼロの返しで逆に安心した」
『安心という単語の意図を確認できませんでした』
「いいよ、それで」
ナビ個体が手を振ると、空間にいくつものウィンドウが浮かぶ。
アバターの基礎体格、顔立ち、声質、初期適性、感覚調整、酔い対策、視認性補正、視線同期、触覚深度。
普通のVRゲームなら、ここで大半のプレイヤーは美形に寄せるか、中二病っぽい外見に寄せる。
理央なんかは大体、露骨に格好いい男を作る。
だが灰人はそうしない。
まず身長を、平均よりやや低めに設定した。
次に肩幅を狭くする。
筋肉量表示は最低までは下げず、中途半端に体幹だけ残す。
目立つ髪色は避け、黒に近い灰。瞳は濁った琥珀。顔立ちは人混みに紛れる程度に整え、特徴を消す。
案内役がわずかに首を傾げた。
『外見アバターの一般的最適化傾向から外れています』
「知ってる」
『意図を説明してください』
「このゲームが“プレイヤーの行動を学習する”なら、第一印象の観測値も学習資源だろ」
『……続けてください』
灰人は口元を少しだけ吊り上げた。
「目立つ容姿は、それだけで世界の反応にバイアスがかかる。
俺はまず“世界が一番雑に扱う人物像”で始めたい」
『非効率です』
「最高だろ?」
ナビ個体が初めて、ほんの一拍沈黙した。
わずかなラグ。
普通のプレイヤーなら気づかない程度の、しかし灰人にとっては十分すぎる遅れ。
「へえ」
『何か?』
「いや。今、判断に迷った」
『システム処理の誤差です』
「そういうことにしとく」
続いて初期適性の選択画面が出る。
剣
槍
弓
魔術
召喚
工芸
信仰
騎乗
統率
王道ファンタジーMMOらしい並びだ。
だが右下に、他より少し小さく、半透明で表示されている項目があった。
記録解析
灰人は一瞬だけ目を細めた。
「これ、隠してるつもりか?」
『一般表示対象ではありません』
「見えてる」
『……視認条件を満たしています』
「どういう条件?」
『開示できません』
なるほど。
明らかに不穏だ。
普通なら剣か魔術を選ぶ。
序盤の安定性も、情報量も、コミュニティ蓄積も多い。
だが灰人は迷わず、その半透明の項目へ触れた。
空間がわずかに揺れ、ナビ個体の瞳に薄いノイズが走る。
『確認します。
初期適性【記録解析】は、戦闘適性・交渉適性・制作適性のいずれにおいても標準推奨値を下回ります』
「いい」
『本適性は単独では性能保証対象外です』
「ますますいい」
『再確認します。非推奨です』
「お前、さっきから急に親切だな」
『……』
「それにする」
選択確定。
その瞬間、表示されていた他の初期職補正が一斉に薄れ、代わりに見慣れないログが流れた。
あなたは世界を読む者を選択しました。
あなたは語られたものより、残されたものを信じます。
適性【記録解析】起動。
一部通常UIを制限。
一部観測権限を仮解放。
「……仮解放?」
『初期登録を完了します』
ナビ個体は質問を無視した。
今度は明らかに、無視した。
灰人の口元に、ゆっくりと笑みが浮かぶ。
「おいおい。キャラクリの時点で、もう楽しいじゃねえか」
周囲の白い空間が崩れ始める。
次の瞬間、強烈な浮遊感。
落下。
風。
光。
そして世界。




