第8話:反響(北沢澪)
放送の翌朝から、スマホが鳴り止まなくなってしまった。
通知の光が止まらず、SNSもニュースも、すべてが「一ノ瀬直也」で埋め尽くされていた。
――分かってはいた。
けれど、ここまでになるとは思っていなかった。
番組のハッシュタグは放送開始から二十分も経たないうちにトレンド一位。
夜が明けるころには、経済誌のアカウントも、エンタメ系のインフルエンサーも、みんな同じ言葉を並べていた。
> 「あの最後の笑顔に、涙が止まらなかった」
> 「“立派になって”という言葉が、こんなに重い祈りだったなんて」
> 「英雄ではなく、人間としての一ノ瀬直也を初めて見た」
私は、どの投稿にも “いいね” を押せなかった。
うれしかった。けれど、それ以上に、怖かった。
ネットでは「頑張れって誰かに言うのも同じだ」とか「他人に無理を強いる意味での “頑張れ” は呪いの言葉」というように、努力至上主義に対するアンチが一気に拡がってしまった。
――もう、誰もこの流れを止められない。
放送前から番組への注目度は高かった。
NHKですら密着取材を制限される直也のスケジュールに、民放が唯一正式許可を得て制作した。
その “特別扱い” に対して、他のメディアだけでなく同じ局内でも妬みがあった。
元カノだったという偶然を最大限活用した特別扱いで、「どうせいつもの美談仕上げ」――そんな冷笑も耳にしていた。
けれど、結果はその予想を裏切った。
いや、裏切りすぎた。
番組が終わった瞬間から、空気が変わった。
ネットニュース、紙媒体、国際経済誌、どの見出しにも “虚像を解体した報道番組” “メディアの中から放たれた強烈な自己批判” と書かれるようになった。
「一ノ瀬直也は “現象” ではなく “人間” だった」――その一文が、まるで社会全体の自己批判のように拡散していった。
NHKの現場ディレクターから直接メッセージが届いたのは翌日の昼過ぎだった。
> 「あの番組を拝見し、一人のテレビマンとして、正直に言えば嫉妬しました。
> 私たちは “表現の自由” と “公共性” の名のもとに、あなたが今回示したような“等身大の一ノ瀬直也” を映せていなかったのかもしれません」
読みながら、胸の奥が熱くなった。
でもそのあとに続いた言葉で、息が止まった。
> 「私たちはこの事態を深刻に受け止め、検証番組制作を考えています。
> “メディアが虚像作り出してしまう” という現実と、どう向き合うべきなのか。
> そのゲストに、ぜひあなたにもご出演いただけないでしょうか?」
思わずスマホを置いて、額を押さえた。
ここまでの反響は望んでいなかった。
私はただ、直也くんを “救いたかった” だけだ。
けれど、気がつけば――私の手から、彼の物語はまた世の中へと広がっていっていた。
実際、それまでの直也くんに対するメディアスクラム的な動きは、各メディアによる自粛ムードによって一気に掻き消えたようになった。
――特にNHKには大変厳しい批判が寄せられてしまっている。
ところが皮肉にもそれが逆に『プロフェッショナリズム ― 仕事の流儀:一ノ瀬直也という現象』のネット再生回数を押し上げてしまったとも聞いた。
そしてそのNHKの看板番組に対して、『プレイバック』は、メディア自身による痛烈な自己批判コンテンツとして位置づけられたために、普段マスコミ全般を『マスゴミ』と揶揄するような人々ですら、東京テレビジョンに対してだけは称賛を送るような空気になってしまったのだ。
局内の会議では、放映直後こそ一部の上層部が「センチメンタリズムに偏りすぎている」と批判した。
けれど、数値が出てしまえば、もう誰も何も言えなくなってしまった。
視聴率、SNS反応、再生数、どれも異常な数字だった。
ただの使えないADだった筈の私が、いつの間にか “ディレクター北沢澪” という形で、業界紙のトップに露出してしまう事態になった。
そして、“日本報道ドキュメンタリー賞のエントリー対象” となる旨の通知まで私の手元に届いてしまったのだ。
――もう逃げられない。
その日の午後、報道部の編成会議で報道局次長から言われてしまった。
「今注目が集まっている6月末の阿蘇の地球環境サミット――最重要ターゲットである一ノ瀬直也に張り付く特命キャップ役は、大抜擢になるが、北沢澪に任せたい」
会議室が一瞬ざわめいた。
私は言葉を失った。
でも結局、誰も異論を挟まなかった。いや、挟めなくなってしまっていたのだ。
あの人の名を冠するコンテンツを、また自分が撮る。
それがどれだけ危ういことか、誰よりも分かっている。
でも、あの屋上で交わした約束を思い出す。
> 「私は直也くんの等身大をきちんとみんなに伝えたい」
あの言葉が、もう一度私に返ってきたのだ。
ネットのコメント欄を開くと、そこには思っていた以上の冷静さがあった。
誹謗も、嘲笑も、ほとんど見当たらない。
代わりに、穏やかな文章が並んでいた。
> 「一ノ瀬さんには、もう絶対無理しないでもらいたいです」
> 「“立派”でなくてもいい。一ノ瀬直也のペースでゆっくり歩めば充分です」
> 「そもそも、もう十二分に“立派”な人物が、壊れかねないならば、そうさせてしまう社会の方が余程異常すぎる」
> 「もう一度、彼が普通に息をしていられるようにしてください」
私は指先でスクロールしながら、目の奥が熱くなった。
――これでよかったんだ。
少なくとも今は。
虚像を壊すということは、同時に誰かの信仰を壊すことでもある。
けれど、その瓦礫の中から、ようやく“人間”という温度が立ち上がってくる。
直也くんを貶める声は一つもなかった。
むしろ、誰もが“休ませてあげてほしい”と願っていた。
その優しさが、何よりもうれしかった。
私はディスプレイを閉じ、深く息を吐いた。
窓の外には、初夏の光が滲んでいる。
――次は、阿蘇だ。
あの屋上の風を、もう一度吹かせるために。
そして今度こそ、彼の“祈り”を、
誰の呪いにもさせないために。




