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第9話:神宮寺麻里

 今月の月次夕食会は、いつもより少しだけ変則的になった。

 場所は、もうすっかり慣れ親しんだ直也と保奈美ちゃんの自宅。


 テーブルの中央に並んだのは、保奈美ちゃん特製のサラダ、サーモンマリネ、スペイン風煮込みスープ、パエリア、そして私たちが持ち込んだワインやシャンパン。

 もちろん保奈美ちゃんの為のノンアルコールシャンパンも忘れていない。


 本来なら主役の直也はアメリカ出張中。

 けれどその不在を埋めるように、いつもの顔ぶれがリビングに集まっていた。


 亜紀、玲奈、侑里香、莉子、そしてGAIALINQ広報の岡島彩羽。

 今回のテーマは、澪が送ってきた “あのBlu-ray” だった。


「……こっちがディレクターズカット版です」

 彩羽がケースを掲げた。


 白い付箋に、あの整った字――

> “一ノ瀬COOの義妹さんを含めた関係者の皆さまでご覧ください”

 と、丁寧に書かれていた。


 保奈美ちゃんは、少し緊張した面持ちで微笑んだ。

「お料理、冷めちゃう前に召し上がってください。

 そのあとで……見ましょうか」


 彼女の声音が、妙に静かだった。

 それが、嵐の前の静けさだと、まだ誰も知らなかった。


 本当に美味しい食事だった。

 保奈美ちゃんの抜群の女子力。

 これを毎日食べているなんて、直也の胃は完全につかまれてしまう。


 ――これは本当にどうにかしないと。


 そう思うのだが、今気になるのはその事じゃない。

 北沢澪の事だ。

 

※※※


 食後。

 ワイングラスが並ぶテーブルを片づけ、リビングの照明を落とした。

 大型のテレビモニターに、屋上の映像が浮かぶ。


[画面:夕焼けの校舎/澪と直也が並んで立つ]


> 澪「――やっと“本当の直也くん”が還ってきたと思った」


 麻里はグラスを持つ手を止めた。

「……ああ、ここからね。これが未公開パート」


 保奈美ちゃんが少し身を乗り出した。

「放送ではここで終わってましたよね?」


「ええ。ここから先は“ディレクターズカット編集”の領域」

 亜紀が低く言う。


> 直也「……でも、休めって言われても、休み方が分からないんだよな」

> 澪「それはもう末期症状だね。ふふふっ」

> 直也「まぁな。ハハハっ」


「末期症状って言われて笑っている場合じゃないでしょ」

 玲奈が眉をひそめる。

 私は思わず笑った。

「でも、直也って、そう言われて素直に認めるタイプじゃないのに、珍しい反応だね」


> 澪 「ふふっ。じゃあ、いいわよ。時々私が誘うから、誘われたら必ずデートすること。そしたら自動的に“お休み”になるでしょ?」


 ――沈黙。


 保奈美ちゃんが、目を瞬かせた。

「……え?」

 亜紀の口から、低い息が漏れる。

「この女、やりやがったわね……」


> 澪「ほら、そう言って、すぐに言い訳して逃げる。高校生の頃と変わらないじゃない。別にあの頃みたいに私の部屋に来て、一晩中愛してなんて言わないから安心して。……もちろん、そうしたいなら、別に構わないよ。――直也くんならば♡」


「!?!?!?」

 保奈美ちゃんがよろけそうになり、亜紀が支えた。

「……ちょっと待って、報道取材として、これ完全にアウトでしょ!」

 侑里香が思わずリモコンを掴む。

「止めます?」

 私は額を押さえた。

「……いいえ、最後まで行くわ。ここで止めたら負けた気がする」


> 澪

「――そもそも、私たちって、明確に “別れた” つもりなかったんだよね。


 受験勉強が大変だからって、自然に少し距離を置こうとしただけじゃない? 大学

で別々になっても、すぐに直也くんから連絡があると思ったのに、全然スルーして、ちょっと酷いと思ったんだよ、私。 


 ……随分落ち込んだりしたんだけど、そういう事、全然分かっていないでしょ?

 大学に入って以降も、私は結局男性とお付き合いする事なんかできなかつた。

 どこかで直也くんから連絡が来るかも知れないって思っていたから。


 何れにしても、殊更に“別れた”訳ではないのだから、また、高校生の頃みたいに付き合ったところで、問題ないんじゃない?」


「え?」

 玲奈が凍りつく。

「“別れたつもりなかった”? それ、カップル続行中ってこと?」


 私はワインを一口飲み、乾いた笑いを漏らす。

「……まぁ、彼女の中では、そうだったんでしょうねーーー」


> 澪「だって、これまでで直也くんが一番長くお付き合いした相手、たぶん私だと思うよ。三年間も付き合ってたんだから。それとも、他にもっと長くお付き合いした人、いたの?」


「三年……」

 保奈美ちゃんがぽつりと呟いた。

 亜紀がそっと手を握る。

「保奈美ちゃん、気にしない。もうコレは終わった事よ。過去のお話」

「は、はい……」


> 澪「だって当時の私のあだ名、“正妻様”だったんだから」


「――出た!」

 玲奈が両手を叩く。

「それ!ネットで噂になってたね。昔の同級生が北沢澪を“正妻様”ってあだ名で当時呼ばれていたって書いていた」

 私は静かにワイングラスを置いた。

「…… “正妻様” ね。――なかなか挑発的じゃないの」

 亜紀が冷静に言う。

「“ディレクターズカット” って、要するにコレ、“宣戦布告版” ってことじゃない?」


[映像:澪が背伸びをして、直也に触れるようにキス]


 全員の声が重なった。

「うそでしょ!?」

 侑里香が顔を覆い、亜紀が目を閉じる。

「……これは、もう完全にケンカを売っているわね」


 玲奈はソファに倒れ込んだ。

「北沢澪――強すぎる……」


 保奈美ちゃんは手を口に当てて、泣きそうな声で言った。

「で、でも……直也さん、キスした後も優しそうな表情でしたね……」


 映像の中の澪が、カメラの赤ランプに向かって言う。


> 「大丈夫。今のはテレビでは出さないから。安心してね」


「ここで見せてるじゃん!!!」

 皆が同時に突っ込んだ。


> 「うん。番組とは別に、ディレクターズカットにして。

> あの人たち――GAIALINQの女性陣に。

> “私の直也くんが、もう壊れないようにして” ってね。」

> 「宣戦布告、ってことか」

> 「まぁ、そうとも言うかな」

> 「どうせなら、あなたの隣にもう一度立ってみたいもん。

> 今度は “あなたを守る役” としてね」


 沈黙。

 私はゆっくりと笑みを浮かべた。

「……あぁ、これは完全に仕掛けてきたわね」


 玲奈が顔を上げる。

「麻里、当然戦うよね?」

「当たり前でしょ。

 “守る役”が欲しいって言ってたけど――守る役なら、私たちだって負けてない」


 保奈美ちゃんはショックを受けている。

「澪さん……本当に、直也さんのこと大事なんだと思います。

 それは分かりますけど……」

 亜紀が頷く。

「ええ。でも――これは全然筋違いも甚だしいというものよ。

 彼女の主張は正しかったと思うけれど、そこから先は、全くの“余計なお世話”ね」


 私はグラスを掲げた。

「いいわね、その言葉。

 じゃあ――改めて乾杯しましょう」

 玲奈が笑う。

「何に?」

「“戦友”たちに、よ」


 グラスが触れ合い、澄んだ音を立てた。


 笑いとため息の混ざる夜。

 スクリーンの端では、澪と直也が微笑み合ったまま静止している。

 その光景を見つめながら、

 私は心の中でそっと呟いた。


 ―― “立派になる” じゃなくて、“幸せに生きる” を。

 その言葉、私たちもようやく理解できた気がした。


 だからこそ、ここからは負けられない。

 少なくとも同じ“元カノ”として、先ず北沢澪には絶対に。


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