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第7話:宮本玲奈

 放映が終わって、拍手の音が消えたあとも、私はしばらく動けなかった。

 目の前の黒い画面に、まだ光が残っている気がして。

 ――あれは、痛みそのものの映像だった。


 胸の奥がざわざわする。

 泣くでもなく、怒るでもなく、ただ、どうしようもなく居心地が悪い。


 北沢澪への強烈なまでの敗北感――。


 あの番組を見た瞬間に、私は完敗を認めざるを得なかった。

 正論だった。

 痛いくらいに、全部、正しかった。


 ――あの人は、直也をちゃんと止めた。

 私たちは、止められなかった。

 いや、そうじゃない。

 ますます加速させるように、むしろ仕向けていたのだ。


 サンタローザの丘で、私は自分自身に対して誓ったはずだった。

 “私は言葉で彼に呪いをかけたりはしない”って。

 泣きながら、あんなに強く思ったのに。

 気づけばまた、同じ構図の中で、むしろ加担する側に自分自身を置いていたのだ。


 GAIALINQが動き出してから、私は誰よりも現場を見ていた。

 深夜の会議、海外出張、膨大な交渉負荷――。

 彼がどれだけのものを背負っているか、分かっていたつもりだった。


 でも、分かっていた “つもり” だったんだ。


 それを澪は、正面から映してみせた。

 彼の抱えている痛みの根源を。


 ……あの場面。

 母親へのお土産を買ってしまった話をしたあと、直也くんが少しだけ俯いて、彼自身の感情が顕となった瞬間。


 私は、その映像を見た瞬間、心臓を握り潰されたような気がした。


 だって、あんな顔――今の彼から、想像もできない。

 サンタローザで膝から崩れ落ちた後、もうそんな彼を誰も目にしていない。


 それがどれだけ異常なことだったか、今さら思い知らされた。


 ずっと、“立派な人” でいる彼を誇りに思っていた。

 その “立派さ” を形作るのに自分が力を尽くせる事にも強い自負を持っていた。

 その “立派さ” が、どれだけ彼を追い詰めていたのかなんて、考えもしなかった。


 ――澪は、それを全部、わかっていたのだ。


 嫉妬するしかない。

 認めたくないけど、彼女には、高校生の頃から直也くんの “本当の顔” が見えていた。

 そしてそれを、今回の番組で、全世界に突きつけたのだ。


 こんなの、ズルい。

 でも――同時に、本当に正しい。


 GAIALINQプロジェクトメンバーの誰も、あそこまで言えなかった。

 “止まれ” なんて言葉、怖くて誰も言えなかった。

 いつの間にか直也の存在を神聖不可侵なものにしてしまっていた。

 そして彼が走るのだから、それを実現するために手助けしてきたのだ。

 要するに走るように仕向けてきたのだ。

 もっと “立派になる” ために。


 でも澪は言った。

 “もう充分立派だよ” って。


 それを聞いた瞬間、涙が出そうになった。

 そして、同時に――猛烈に腹が立った。


 なんで私たちが、それを言えなかったんだ。

 あんなに近くにいたのに。

 あんなに見ていたのに。


 私は悔しくて、手を握りしめた。

 爪が掌に食い込んで、少しだけ痛かった。

 でも、痛いのはそこじゃなかった。


 ――心の方が、ずっと痛かった。


 直也くんは、澪の前で「オレの生き方をSDGsしないとな」なんて笑ってた。

 あの軽口に、どれだけの覚悟が滲んでいたか。

 番組を見終えた今なら、分かる。

 彼はもう、とっくに限界だったんだ。


 そして私たちは、それに気づけなかった。


 「現象」なんて言葉で祭り上げて、

 彼の周りに勝手な神話を作り上げて、

 本人の孤独を埋めることもしないまま、また “次” を求め続けていた。


 澪は、それを壊した。

 そして同時に――私たちにも突きつけてきたのだ。


 「あなたたちは、彼を守れていない」って。


 何ひとつ反論なんてできなかった。


 私は、直也の姿を思い浮かべた。

 屋上で、風に吹かれながら微笑んでいた彼。

 あの笑顔が、たまらなく痛かった。

 あんな表情を、私の前では見せてくれたことがない。


 ――いや、私が見ようとしなかっただけだ。


 “強い直也” しか見ないようにしていた。

 私たちのリーダーでいてほしいから。

 崩れないでほしいから。

 でも、それは違った。


 本当は、崩れていいんだ。

 泣いてもいいんだ。

 止まってもいいんだ。


 澪が、私たちの代わりにそれを言ってくれた。

 だからこそ、悔しかった。


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