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第6話:新堂亜紀

 映像が終わったあと、誰も言葉を発さなかった。

 スクリーンが黒に落ちて、照明が戻っても、誰一人として動かなかった。

 ――息の仕方を忘れる、とはこのことだと思った。


 拍手の音が消えたあとも、空気だけが重たく残っていた。

 胸の奥が、冷たいまま熱い。

 目を閉じても、屋上の光景が焼きついて離れない。


 直也くんの「覚えているよ」という声。

 あの一言が、何よりも重かった。


 澪さんのナレーションが流れていた。


“誰も、彼にブレーキをかけようとしないまま、ここまで来てしまったのだ”。


 それを聞いた瞬間、胸の中で何かがひび割れた。


 ――私たちは、それを一度思い知らされていた。


 あの「サンタローザの丘」で。

 風が吹き抜ける丘の上で、私たちは確かに気づいていた。

 直也くんが “立派になって” という母親の言葉を、ずっと呪いのように背負っていることを。

 そして全く同じ言葉を透子さんからも遺されてしまい、その余りの重さに彼が膝から崩れ落ちたことを。

 あの時、玲奈も、私も、それぞれの言葉で誓ったはずだった。

 “もう、彼を無理に走らせないようにしよう” って。

 そして麻里もあの場に居合わせたからこそ、今、私たちと一緒に歩んでいる。


 なのに、結局――。


 GAIALINQのプロジェクトが動き出すにつれて、私たちはまた同じことをしてしまった。

 立派な理念を掲げて、きれいなプレゼンを作って、世界を変えると言いながら、

 その中心で直也くんがどんな速度で自分を削っているか、誰も本気で止めなかった。


「直也くんなら大丈夫」

「彼はそんなに脆くない」

 そう言い聞かせて、自分を安心させていた。

 でも、それは全部言い訳だったんだ。


 澪さんの番組を見ている間、何度も目を背けそうになった。

 でも映像の中の彼女は、私たちが一度できなかったこと―― “真正面から彼を止める” ということを、ちゃんとやっていた。


 しかも、あんなに静かで、穏やかなやり方で。

 ただ本当の痛みを伝えていた。


 ――これこそが本当の愛。


 その姿に、私は完敗したと思った。


 GAIALINQの会議室で、

 “効率” や “責任” という言葉を口にしていた自分の声が思い出された。

 あの時の私の言葉は、誰を守っていたんだろう。

 直也くん? 

 プロジェクト? 

 それとも、自分の立場?


 フェンスの向こうで夕日を見つめる直也くんの表情が、目の裏に残っている。

 ――あの人は、もう壊れる寸前まできていたかも知れない。

 それを知っていて、私は止められなかった。


 痛みが、理屈の奥にある。

 “分かっていたのに、結局はやめさせられなかった”。

 その罪悪感が、じわじわと胸の中を広がっていく。


 サンタローザの丘。

 あの時の自分自身の内省を思い出すたびに、喉の奥が詰まる。

 あれは、たしかに本気だった。

 でも――いつしかその “本気” は、彼の思いを実現させる方向に変容してしまっていた。

 結局直也くんは止まらないという事を理由とし、正当化して、より良く走る方向にネジ曲がってしまった。

 本当は止めるべき時に、止めなければならないのに。


 GAIALINQという名の旗の下で、私たちは「理想」を信じた。

 その「理想」に向けて「現実」を変えていく直也くんというリーダーに酔いしれていた。

 そして直也くんの類まれな存在感と実績は、等身大の彼以上の巨大な「虚像」を生み出した。

 そして今ではこの「虚像」が、直也くんに対する途方もない重圧になっている。


 今、ようやくそれに気づかされたのだ。


 私は深く息を吸い込んだ。

 喉の奥が少し痛かったけれど、それでよかった。

 ちゃんと痛みを感じていられる。


 ――まだ終わりじゃない。


 そう思えた瞬間、少しだけ、心の中に風が通った。

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