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4 水に似ている

 「最近また嫌がらせがひどくなっているでしょう」

リーゼが本棚から降りてきた。音はしない。死神は物理的にこの空間を踏んでいないからだ。ヴィオレットの隣の椅子に腰掛ける仕草をしたが、椅子は沈まなかった。


「少し前から、イザベルの友人たちも加わってきています」ヴィオレットは淡々と言った。

「令嬢が数人、屋敷に遊びに来るたびにこちらの部屋に来て、物を壊したり、衣服を汚したりしています」

「それは嫌がらせの範疇を超えているわね」

「そうですね」

「怒らないの」


「ええ、私の健康に害はありませんから」

 リーゼはヴィオレットをしばらく見つめた後、小さく息をついた。それは人間の息遣いではなかったが、感情の込もった仕草だった。

「あなたはいつもそうね」

「そうですか」

「そもそも、健康に害があるようなことをされた経験があるというだけで怒っていいものだけどね。今日は食事は出されたの?」


 ヴィオレットは何も答えなかった。本のページをめくった。秋の光が、書庫の床に長い影を作っていた。

父と母は仲が良いようで、二人でお茶などもしているそうだ。朝や夜はイザベラも含めて三人で食事をしているらしい。

兄はリーゼが言っていた外での仕事が忙しいので、家であまり食事を取らない選択をしているようだ。


ヴィオレットは誰かに何かを言ったことも望んだこともないのだが、食事に呼ばれなくなり、残り物を運ばれることもなくなり、いつの間にか食事が必要ないと思われているようだった。


 リーゼは深く溜息をついた。

「また井戸の水だけ?」

「ええ、水があれば人間一週間は生きられると本にありましたし。以前も自分のせいで私が死んだら困ると思ったのか、三日目には使用人が黒パンを持ってきましたから、少し待ってみようかと。それでも食事がないならーー」

「分かった、わかったわ」


リーゼはすうっと消えた後、どこかから白パンとリンゴを持ってきた。

「……有難うございます」

「ゆっくり食べてね、胃が痛くなるわよ。誰かが来ないか私が見ているから安心して」


「見張らなくても大丈夫ですよ。私は死人みたいで不気味だと誰も私に近づきませんし、この書庫は先代が集めた『そういう仕事』に必要な本ばかりで、父は毛嫌いしているから今では誰も近寄りません」


「お兄さんが少しは読んでいたけれど、結局古い本ばかりで実際の現場には活かせないからと早めに見切りをつけていたわね。貴方にとっては居場所ができて、ラッキーだったのかしら」

「そうですね」


「……それは、私と話せる時間があることも含めて肯定してくれているのかしら?」


 リーゼが珍しく何か寂しそうな声音だったので、ヴィオレットはあっという間に小指ほどの大きさになっていた白パンから顔を上げてリーゼを見た。

素直に言えば、ヴィオレットは何かを楽しいと思ったことがなかった。一度も記憶になかった。


でもそれをここで言うのが間違っていることくらいは、なんとなく理解できていた。

「ええ、勿論です」


「……あなたは水みたいね」

ヴィオレットの真っ黒な瞳をじっと見つめながら、死神は不思議なことを言った。


 水か。

 それは悪くない比喩だと思った。


今までの灰色令嬢だの、幽霊女だの、そういった比喩よりはずっと良かった。

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