3 死神の加護
神も精霊も気紛れで、後天的に加護を授けることもある。
兄が炎の加護を得た日、彼は朝食の席で誇らしげに父に報告した。食卓が沸いたことを覚えている。
確か兄が七歳で、ヴィオレットは四歳だった。
きっとイザベルが引き取られたのは、跡取りの兄も加護なしの可能性があったからだ。
それでも兄には生まれてすぐに精霊か何かのキラキラと輝く光が降り注いでいたそうだから、ヴィオレットとは扱いに大分差があった。
たった四歳でも覚えているほどに。
イザベルが光の加護を自力で発現させた日も、彼女は弾んだ足取りで父と継母のもとへ走っていった。
ヴィオレットは違った。
自分の中に何かが宿った感覚があった夜、彼女は書庫で一人、その感覚を確かめていた。
それは炎でも光でも風でもなかった。もっと冷たく、静かな何かだった。
そしてその翌朝、本棚の上にリーゼが座っていた。
おはよう、と死神は言った。「あなたの『死神の加護』が目覚めたから来たよ」と。
ヴィオレットは当時十一歳だった。悲鳴を上げなかったのは、恐怖心すら死んでいたからかもしれない。
「死神の加護、というものがあるんですか」と彼女は聞いた。
「あるよ」とリーゼは答えた。「珍しいけどね。というか、私が授けたのは初めてかもしれない」
それがリーゼという死神との関係の始まりだった。
死神というのは、一人ではない。
リーゼが教えてくれた話によれば、この世界には数えるのも馬鹿らしいほど多くの死神がいて、地獄で悪魔を管理するような役職持ちもいれば、リーゼのように人間の世界で死にまつわる事柄をゆるやかに管轄している死神もいるそうだ。
「なぜ私に加護を授けたんですか」
ヴィオレットが初めてそう問うたのは、加護を得てから数週間後のことだった。リーゼはその問いを予期していたような顔で、少しだけ真剣な表情を作った。
「あなたの家が、ずっと気になっていたから」
「アッシュフォード家が?」
「王家の影として、長いこと汚れ仕事を引き受けてきた家でしょう。きれいではない仕事を、誰かがしなければならなかったものだとしても――積もり積もった怨念は、罪のない子供にまで向かうことがある。あなたの家に生まれた子供たちを、私はずっと気にかけていたの」
ヴィオレットはその言葉をしばらく咀嚼した。
「つまり、この家を怨念から守る護符のようなものですか。私は」
「まあ、そう言えなくもない」リーゼは肩をすくめた。
「でも貴方がその力をこの家を守ることに使う必要はない。この力は貴方の自由。でもせっかくだから、力の使い方を教えようと思って私はここに来たの」
それからリーゼは師匠になった。気まぐれで、時々姿を消し、戻ってきたときにはけろりとしている師匠だが、教えることの質は確かだった。
言うことは分かりやすく簡潔で、技術的なことであるのに感覚に依らず、使えるイメージがしやすかった。
死神の加護が使えること――それはまず、死者の気配を感じ取ることから始まる。
浮かんでいる幽霊が見える。彼らの声が聞こえる。触れることはできないが、意思の疎通ができる。
そして時間をかけて練習すれば、長く彷徨い正気を失いかけた幽霊を、記憶の中へ手を差し伸べて正気に戻すことができる。
さらに深く習熟すれば、幽霊に頼んで何かをしてもらうこともできるようになる。
ヴィオレットはこの六年、それを密かに練習してきた。
誰かに知られないように。特にイザベルに。
加護なしと蔑まれることは、確かに快くはない。だが切り札を隠しておくことの方が、今の自分には価値がある。
そう判断できるくらいには、ヴィオレットはもう家族に価値を見出していなかった。




