24 影の兵隊 蒼い馬
レオナルドが転がるように家に入ると、同時に透明な膜のようなものに弾かれて、レオナルドは床に倒れた。
ただ、飄々とした雰囲気とは一致しないが、床を転がってすぐに体勢を整えていた。
短い黒の頭髪に埃が付いているが、そんなことを笑えないほど、赤い瞳は炎のように警戒を示していて、その威圧は、さすが王族と思えるものであった。
もし威圧感というものに物理的な重さがあれば、壁や床はミシミシとひび割れて、ヴィオレットの父や兄はすぐさま床に平伏していたに違いない。
「グレゴールさん、それから皆様は……、グレゴールさんのお仲間ですか?」
ヴィオレットは驚いていた。
レオナルドやヴィオレットの前にあったのは、長く感情を失っていたヴィオレットでも、未だ感情を取り戻したと言い切れないヴィオレットでも、目を丸くする光景だった。
王家の影の実行部隊。王家とアッシュフォード家に忠誠を誓う、国の平和のために手を汚す兵隊。
その男たちが生きているかのように立って並んでいたからだ。
黒いジャケットに黒いパンツ。
黒いシャツに黒いネクタイ。
全てが黒く、艶も飾りも一切なく、影に溶け込むための衣服。
幽霊となっても、その背は柱のようにまっすぐ、長い両脚によって塔のように支えられ、ゴツゴツとした岩のような大男ではないが、明らかに鍛えられていることが分かる体躯だった。
重さがない分早く動くことで、彼らの得意領域である、暗殺をこなしてきたのであろう。
「ええ、アッシュフォード侯爵令嬢、ヴィオレット様。我ら『蒼い馬』はここにおりますグレゴールを始め、貴方をお支えいたします」
そう口を開いたのは左耳を欠損した赤髪の男性だった。
衣服の元の色とは異なる黒が、ジャケットやシャツに模様を付けている。
グレゴールと共に一歩前に出ており、その後ろに二人控えている。
眉間から頬にかけて裂けたような傷のある男と、片手がなく、袖が揺れている男だった。
「えぇ〜、俺王子様なんだけどなあ。君たちは王家に忠誠を誓ってたんじゃないの?」
「我らの正気を取り戻してくださったのは、ヴィオレット様ですので。今の主人はヴィオレット様です」
赤髪の男性はそう言って、床で胡座をかいているレオナルドをただ見下ろすだけだった。
「私が……」
彼らのために何かしただろうか。
そう言いかけたヴィオレットが、ハッと思い至った。
ヴィオレットはこの家に入った時、エドガーの体調を心配し、回復することを心から願っていた。
幽霊が回復するように。
幽霊のそれは、生者の回復とは仕組みが大きく違う。
幽霊の回復は肉体がないので、正気を失った幽霊を元に戻すのと同様、精神を強く補強することが主となる。
ヴィオレットはそれを試みていた。
だが今日はヴィオレット自身の精神が、今までより安定しておらず、その集中は強かったものの、精密な作業であったかと言われれば否だった。
つまり、強い力を範囲指定が不明瞭な状態で行使したために、この家屋にいた幽霊たちが複数正気に戻ったのかもしれなかった。
「ええ、そういうこと。今回はラッキーだったけれど、毎回そうはいかないから、今後は気を付けなさい」
リーゼがヴィオレットの思考を読んだように言う内容から、どうやらこの仮説で合っているようだ。
◇◇◇
第三王子を古びた民家のダイニングキッチンの椅子に座らせる。
リビングもあるのにあえてそうするのは、煤けたコンロや置きっぱなしの包丁を視界に入れることで、こちらの要求を通しやすくするためだろう。
レオナルドは肩を竦め、「レディーの視界に入れない方が良いものが多そうだけど?」と言っていたが、誰一人反応しなかった。
当のヴィオレットはお茶を淹れる準備をしていたし、レディー扱いされているのが自分だと思い至っていなかった。




