25 道楽王子
「それでは王子様、全て話してもらおう。我らが主ヴィオレット様を狙っていたのは、何が目的で、どうするつもりだったのか」
レオナルドに黒い煙を放ちながら、尋常でない圧をかける、赤髪に耳が欠損した男は四十代前半だろうか。
グレゴールと同じくらいに見える。
経験値はありそうだが、前線で活動するとなるとギリギリの年齢だ。
リーダー格であろうかと推測される。
「王族に質問するならば、せめて名を名乗ってはどうだ?蒼い馬とやら」
「拷問の種類を選びたいのでしたら、この部屋の器具では簡単なものしかご用意がなく恐縮です」
「言ってくれるな、負け犬」
負け犬という分かりやすい煽り言葉に、幽霊たちが一斉にピリついた。
目を開き、瞬きもせずにレオナルドをまじまじと見つめている。
念入りに獲物を観察する爬虫類のような眼球が並ぶ。
「どうした?お使いに失敗して死んだ負け犬だらけだろう?」
尚も挑発をやめないレオナルドに、赤髪の男は自らの左耳とその上のこめかみ辺りを覆うように手を当てて、はっきりと伝えた。
「ハロルド・ベーカーと申します、王子様。私を殺し、その証として耳を切り取ったのは王家ではございませんか。私は失敗したのではない、貴方たちの娯楽で、一時の気まぐれで殺されたのです」
耳に手を当てている仕草に何か思い至った様子のレオナルドは顔を大きく歪ませた。
「あのクソの仕業か……、碌なことをしない男だ」
「他人のせいにすれば許されると?」
轟々と嵐のような吹き荒ぶ空気の音と、風のような黒い何かが、レオナルドの身体を掴むように覆った。
「およしなさい、主人の許可があったの?」
リーゼが呆れたような、自身の怒りを優先させたハロルドに対して苛立っているような声音で言った。
「申し訳ありません、死神様」
ハロルドはグルンっと、黒い煙が逆回転するように高速で回り、元の黒服の男性に戻った。
「さあヴィオレット、この王子様を煮るなり焼くなり好きにして良いわ!」
リーゼがおすすめのメニューを案内するウェイトレスのようにウキウキと声を掛けたが、横に浮かぶエドガーは「おいおい……」と言いたげな表情だった。
「そうですか、まずはお茶が入りましたので皆様どうぞ」
ヴィオレットは木製のトレイに載せたカップを人数分配る。
レオナルドの前に置いた後、自分のカップに注いで、グイと飲んだ後に、レオナルドに注いだ。
「さて、では私の仕事を進めさせていただきます。ハロルドさんがどうしてこの拠点に戻られていたのかを知りたいのですが、時系列でお聞きしたく」
「待て待て待て」
レオナルドは手を突き出した。
「自分が狙われていた件はいいのか?」
「……実家が霊障で使い物にならないので、私を捉えて原因究明と改善を促したかったのだろうと推測しています。
実家が仕事を全うせず、王家にご迷惑を掛けているのでしたら申し訳ありません。
ですが結論から申しまして、私には解決出来ないと思います。
私は幽霊を操ったり、強制的に言うことを聞かせたり出来るわけではので、父と兄とお話ください。
王家から聖職者の方々のお力を借りられるか否かになるのではないでしょうか。
さて、私は本日グレゴールさんから依頼を受けていますので、個人的な疑問は時間が余ったら解決したいと思います。
まずハロルドさんは二十年前にグレゴールさんたちとお仕事を……」
「……死神さん、アッシュフォード侯爵令嬢はこれで通常運転か?実家で冷遇されて家出をした可哀想な女の子と聞いていたが?」
淡々と話し続けるヴィオレットを見つめ、レオナルドは口の下半分を大きく開けて、リーゼに向かって信じられないと言いたげに眉を上げて訊ねた。
「ええ、通常運転だし、実家で冷遇されていたし、家出もしたわ。命の危険を感じてね。
そんな家で過ごしていたから、感情が身体より先に死んだのよ。可哀想な女の子でしょう?」
「……オーケー、理解した。それで行くと俺も可哀想な男の子になっちゃうから、そこは撤回しよう」
レオナルドとリーゼのやり取りを聞いて、ヴィオレットは目をパチパチと瞬かせた。
「殿下が可哀想には見えません」
ヴィオレットのストレートな言いように、レオナルドは困ったように眉を下げながら、そりゃどーもといい加減に返事をした。
「ええ、見目麗しく、社交界の女性たちに人気で、芸術に詳しく、諸外国に短期留学を繰り返され、芸術を通して多くの人脈を持ち、言語も複数操れると……」
聞き慣れた言葉だと言いたげに眉を上げて頬杖に顎を預けるレオナルドに、蒼の馬たちが噛みちぎらんばかりの視線を向けていた。
「政治に興味関心のない遊び人や道楽者と呼ばれる演技は素晴らしいです。
現王ブラッドリー陛下を含め、この国の始まりから行われている、非加護持ちへの差別や虐待、非加護持ち地区への隔離などの政策に反対し、他国のように共存の道を探されているようには、とても見えません。
秘密裏に動きながらも各国要人と太いコネクションを築き、支持者が多くいる時点で、殿下は可哀想ではありません」
続けられたヴィオレットの言葉に、レオナルドだけでなく、幽霊たちも信じられないような顔で凍りついていた。




