23 王子と死神
「おい、あの野蛮な王子様が持ってるの、なんかヤバいんじゃないか?」
エドガーの言葉にヴィオレットは下を覗き込む。豆よりは多少大きいくらいの大きさに見えるレオナルドは、細長い銀の筒、まるで御伽話の魔法の杖のようなものをこちらに向けていた。
バヂィ!!!
ヴィオレットの眼前が白く雷のような光で覆われ、焼け焦げるような臭いと、何かが弾かれる衝撃音が発生した。
「大丈夫。小僧が何をしようと、神である私の前では無力だから」
リーゼはふんと鼻を鳴らした。
そして余裕を持った足取りで、空中の階段を下りるかのように地面へと降りて行った。
ヴィオレットはエスコートされる姫よろしく、リーゼに手を引かれ、エドガーは護衛のように背後を漂っている。
エドガーの空中の歩き方が、嫌味なほど大袈裟に気取っているのもあり、死神の威を借りて、どことなく自信満々な雰囲気を感じる。
レオナルドの顔が見えるようになった頃、馬車の周りには御者はおろか家来の一人もおらず、それでも怯える素振りはないレオナルドが、眉間に皺を刻みながら、射抜くような瞳で再び銀の筒を発砲する。
ガゴォオン!!!
距離が近い分、弾く音は威力に比例して大きく、レオナルドは跳ね返った何かから身を守るように膝を落として、腕で顔を覆った。
「それは死をも凌駕する魔法の杖ね、坊や」
リーゼが、レオナルドの腕を鷲掴みして、そっと囁いた。
急に距離を詰められて、レオナルドは赤味の強い瞳を見開いて、さすがに焦った顔を見せた。
「かつて、ある神が、勇者と呼ばれる人間に授けたもの……。今はアンタたちの国宝なんですっけ?」
ヴィオレットは置いてけぼりだ。
王家が受け継いでいる宝具だろう杖が、本当に魔法の杖だったことに多少の驚きはあるが、そのことに対して何故リーゼが怒っているのか分からない。
ただヴィオレットはこういう時、無表情に佇むことで、それが図らずも相手に圧を与えられていた。
何もかも理解した上で、堂々と立っているように見えるからだ。
レオナルドはやや気まずそうに目を伏せがちにしながら、しかし笑みの形に口を曲げ、動揺は見られなかった。大した胆力だ。
「坊や、私は神である。たかが人間一匹、不敬の罪で、この場で肉を裂いてシチューにしてやってもいいのよ」
リーゼはドシドシと足音を鳴らし、銀の筒を鷲掴みにすると、メリメリとヒビを入れた。
「分かった!そこのアッシュフォードの娘に手を出さない!これでいいか?国宝にこれ以上傷を付けたら部下の首が飛ぶ」
レオナルドは両手を上げた。杖はリーゼの手に残り、レオナルドは返してほしそうな顔で両肩を竦めた。
「いつまでもパパの顔色が気になるのね、坊や。その上で自分の首で贖う度胸もないあたり、救いようがないわ。そんな可愛いお顔をすれば、私が加護を授けた者を傷つけようとした罪が赦されると?」
リーゼは容赦なく杖を真っ二つにしながら淡々と言った。
「来なさい、坊や。人の世のことは人が解決するのよ。洗いざらいあそこの家で吐きなさい。洗いざらい全てよ」
「あーあ……。死をも凌駕するなんて嘘じゃないか」
死神相手に武器を取り上げられて尚、まだ軽口を叩けるあたり、緊急事態に慣れているようにも見えた。
「その辺の幽霊ならともかく、人が神をどうにか出来ると考えるなんて烏滸がましいのよ」
リーゼは最早ただの木片となった杖をガランと乱暴に地面に放ると、顎で家に向かうよう指示した。
「アッシュフォード侯爵令嬢は、死神の加護があるのか。聞いたことのない加護だが……」
レオナルドが、リーゼに杖の残骸を背中に押しつけられながら、アッシュフォード家の拠点の一つであり、グレゴールがいる家に向かいつつ、後ろを振り返って言った。
命が惜しくはないのだろうか。
「……あ、私が恐らく初めてです。そうリーゼが言っていました」
レオナルドがリーゼによって丸焦げにされるより早く答えねばと、ヴィオレットは普段よりも早口で答えた。
「あらヴィオレット、この小僧を庇っているの?安心して、あなたに分かるように全部話してから料理するわ」
リーゼは母のように優しくヴィオレットの肩を抱きながら、真っ二つになった杖の尖りをグイグイとレオナルドの背中に押しつけた。
「痛い痛い!」
レオナルドは駆け足で逃げるように家に入った。




