18 お見舞い side:アッシュフォード侯爵家
その日の午後、イザベルのもとへ一通の手紙が届いた。
差出人は、ヴィオレットが大怪我をした日の夜会にも参加していた令嬢だった。
最近体調が悪く、予定していた茶会を延期したいという簡単な内容だった。
イザベルは深く考えず、見舞いに行くことにした。
屋敷にいるより外へ出た方が、少なくとも怪異から離れられるかもしれないと思ったからだ。
しかし、その考えは屋敷を出て間もなく裏切られた。
馬車の中で眠気に負けて一瞬目を閉じた途端、後頭部へあの痛みが走った。
イザベルは悲鳴を上げて飛び起き、向かいに座っていた侍女を驚かせた。
「今、誰か私の頭を殴ったでしょう!」
「何もしておりません!」
「だったら何なのよ!」
馬車を調べても何も見つからなかった。
結局、イザベルは震えながら目的地まで向かった。
友人の屋敷へ着くと、普段ならすぐ応接室へ通されるはずが、玄関には慌ただしく使用人たちが出入りしていた。
「何かあったの?」
尋ねても、使用人はすぐには答えなかった。
「お嬢様が……少しお怪我をされまして」
「怪我?」
嫌な予感がした。
イザベルが案内された部屋では、友人がベッドに横たわっていた。
頭には厚く包帯が巻かれ、顔色は真っ青だった。
「どうしたの?」
イザベルが近づくと、令嬢は怯えた顔で彼女を見た。
「来ないで」
「何?」
「あなたのせいよ」
突然責められ、イザベルは足を止めた。
「何を言っているの?」
「ヴィオレット様よ」
その名前を聞いた瞬間、イザベルの背中が冷たくなった。
令嬢は震える手で自分の頭を押さえた。
「昨日、階段を下りていたら後ろから誰かに押されたの。振り返っても誰もいなかったけれど、身体が勝手に前へ飛んで……その先に使用人がグラスを運んでいたの」
イザベルは何も言えなくなった。
「まさか」
「ヴィオレット様と同じでしょう?」
令嬢の声が震えた。
「私は死ぬかと思った。頭から血が出て、何も見えなくなって、本当に怖かった」
「でも、あなたはあの時……」
「あなたがやれって言ったんじゃない!!」
令嬢が叫んだ。
イザベルは思わず後退した。
「私はそんなこと言ってないわ」
「言ったわよ! 少し困らせてやりたいって、あなただって笑ってたでしょう!」
「突き飛ばせなんて言ってない!」
「でも止めなかったじゃない!」
二人の声が重なった。
その瞬間、部屋の隅にグラスが一つ、床へ落ちて割れた。
二人とも動きを止めた。
続いて、もう一つ割れた。
誰も触れていない。
「やめて」
令嬢が震え始めた。
部屋の中にいた使用人たちも顔色を失っている。
「お願いだから、もうやめて……」
今度は壁際に置かれていたトレーが持ち上がった。
誰も触れていないのに宙へ浮かび、その上に出現したグラスが一つずつ令嬢の方へ滑っていく。
「違うの!」
令嬢は泣き出した。
「私は本当に殺すつもりなんてなかったの。
ただ、みんなが笑うと思って……。
ヴィオレット様はいつも何も言わないから、少しくらいならいいと思っただけなの!」
トレーが激しく床へ叩きつけられた。
砕けたグラスが飛び散る。
イザベルは思わず両腕で顔を庇った。
しかし破片は二人へ当たる寸前で止まり、床へ落ちた。
静かになった室内で、女の声だけが響いた。
「少しくらい?」
令嬢は完全に泣き崩れた。
「ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい……」
イザベルは声の主を探したが、誰もいない。
姿のない何かがいる。
ここまで来て初めて、その事実を否定できなくなった。
「ヴィオレットお姉様なの?」
返事はなかった。
「いるなら出てきてよ!」
それでも誰も現れない。
代わりに令嬢がイザベルの腕を掴んだ。
「帰って……」
「何でよ」
「あなたが来たから、また始まったのよ!」
「私のせいじゃないわ!」
「だったら誰のせいなのよ!」
令嬢は泣きながらイザベルを睨んだ。
「あなたが理由もなくヴィオレット様を嫌っていたからでしょう!
私たちはあなたの友達にならなきゃいけなかったから、一緒になって笑ったのよ!」
「勝手に私のせいにしないで!」
「あなたも私を悪者にしてるじゃない!あなたが寄生している家の権力を笠に着て、光の加護があるからって偉そうにして!いつも他人のせいにしてるじゃない!」
互いに責任を押しつけ合う二人を嘲笑うように、どこからともなく小さな笑い声が聞こえた。
イザベルは逃げるように屋敷を出た。
帰りの馬車の中でも、友人の言葉が頭から離れなかった。
自分のせいではない。
友人が勝手にやったことだ。
使用人たちも、自分の意思で嫌がらせをした。
イザベルは誰にも命令していないことだってある。
そう考えているうちに、後頭部へ再び激痛が走った。
イザベルは頭を抱え、馬車の床へ蹲った。
「やめてよ!」
侍女が怯えた顔で見ている。
「何で私ばかりなのよ!お姉様だって、何も言わなかったじゃない!お姉様なんて加護なしなんだから、社交も何も出来なかったじゃない!私は努力したのよ!」
返事はなかった。
ただ、痛みだけが繰り返された。




