17 王からの叱責 side:アッシュフォード侯爵家
アッシュフォード侯爵家で異変が始まってから約四週間が経った。
変な音が聞こえたり、廊下で転んだりという、気のせいや使用人の不注意で済む事柄から、事態は悪化の一途を辿っていた。
先日もイザベルが気に入っていた花瓶が粉々に割れた。誰も近くにいないときにだ。
使用人たちはイザベルが癇癪を起こしたのだと思い込むよう努めた。
実際にイザベルはストレスが限界に達し、少しのことで烈火の如く激怒するようになっていた。
侯爵の書斎では、重要な書類が次々と行方不明になった。それも王家の影としてのものばかりだった。
王家から呼び出されたロランドは、体調不良と恐れからすっかり蒼黒くなった顔色で登城していた。
数日経っても帰宅いていないことで、何も状況が分からないからこそ、家の中では不安と不穏な空気が渦巻いていた。
邸内の警戒を嘲笑うように、事態はどんどん深刻になった。
イザベルの友人の一人――ヴィオレットの部屋に乗り込んできて衣服を破いた令嬢の一人は、乗馬中に落馬し重傷を負った。
鞍の固定具に不具合があったと言われたが、出発前に確認したはずだと馬丁は主張した。
ヴィオレットの鞍に細工をしたのと、同じやり方だった。
さらに、馬屋で働いていた使用人の一人――イザベルの命でヴィオレットへの嫌がらせを実行してきた者の一人が、原因不明の高熱を出して倒れた。医師が診ても原因がわからなかった。
ヴィオレットがいなくなってから、イザベルはほとんど眠れていなかった。
眠りに落ちると、決まって後頭部に強い衝撃が走る。
実際に傷ができるわけではないが、痛みだけは鮮明で、目を覚ましてからもしばらく頭の奥に残った。
医師に診せても異常は見つからず、神経が疲れているのではないかと言われただけだった。
疲れているだけなら眠れば治るはずなのに、その眠りそのものが怖い。
夜になるとベッドへ入ることができず、侍女を二人部屋に残して椅子で朝を待つようになった。
それでも一瞬意識を失えば痛みで叩き起こされ、床にはいつの間にか割れたグラスが散らばっている。
◇◇◇
「お父様はまだお姉様を見つけられないの!?」
朝食の席でイザベルが苛立った声を上げても、父は以前のように叱らなかった。
やっと帰宅したロランド自身も目の下に濃い影を作っており、食事にはほとんど手をつけていない。
いつ呼吸を奪われるか分からない恐怖から、一晩中起きていたらしい。
王城には聖職者による強い結界がある。
それに幽霊は基本的に場所を移動できないので、数日泊まり込んでも襲われることはなく、それゆえに何故重要書類を紛失したのか、王やその側近から激怒されていた。
「……王都の中にはいる可能性が高い。だが、本人が侯爵家の名を使っていなければ簡単には見つからん」
「もっと人を出せばいいでしょう」
「すでに出している」
「足りないから見つからないんじゃない!」
イザベルが声を荒らげると、クロードが険しい顔を向けた。
「父上に当たっても仕方がない。そもそも、ヴィオレットが自分から戻ろうとしない以上、見つけたところで素直に帰るかどうかも分からない」
「帰るに決まっているでしょう。ほかに家があるわけでもないんだから」
イザベルはそう言い切ったが、誰も同意しなかった。
数日前なら、母も同じように考えていたはずだった。しかし今は黙って紅茶を見つめている。
昨夜も自室から出られなくなり、朝になるまで一人で過ごしたという。
その顔には、以前にはなかった怯えが染みついて、何歳も年を取ったように見えていた。
「……もしかしたら、本当に帰りたくなくて出ていったのかもしれないわ」
母が小さな声で言うと、イザベルは眉を寄せた。
「どうして? 何がそんなに嫌だったの?」
その場にいた三人が、誰もすぐには答えなかった。
「〜〜っ!私たちが何かしたみたいな言い方はやめてよ!私は、確かに少しは意地悪したことがあるけれど、姉妹なら喧嘩くらいするでしょう?」
「喧嘩?そうだったのか?」
クロードに尋ねられ、イザベルは一瞬黙った。
「ええ……。お姉様だって嫌なら言い返せたでしょう。何も言わないから、私は気にしていないんだと思っていただけよ」
自分でも何度目か分からない言い訳だった。
けれど、それ以外にどう考えればいいのか分からなかった。
自分が一方的に姉を傷つけていたと認めれば、最近起きていることがすべて自分への罰のように思えてしまう。
だから、ヴィオレットにも責任があると思いたかった。




