第四話 ハイスクールライフ、スタート
俺は今、走っていた。
「さすがに、初日から遅刻はやばいって、そろそろ本当に社会的に死ぬ。いや、確実に視線で殺される」
昨日目をつぶったところまで、時をもどそう。
俺は目をつぶった後、重大なことに気づいたのだ。そう、俺は自己紹介の内容をまったく考えていなかったのである。このことを聞いたら、他の人は「ああ、そんなことか」と思うかもしれない。
だが、断言しよう。その考えは間違っているのだ。
なぜ間違っているのか分からないという鈍感な人に教えてあげよう。なぜ間違っているのか、その理由を一言でいうと、
「印象は自己紹介の時点で固定される」
ということだ。これは意外と知られていないのかもしれないが、そういう研究が有名なところで出ているのだ。
つまり、である。
「今から、原稿用紙を買ってきて、明日の自己紹介の内容を決める必要がある!」
というわけで、俺は目をつぶったあと、地獄の階段を駆け抜けて原稿用紙を買い、四時ごろまで原稿を前に内容を推敲していた。ただ、これだけであれば、遅刻することはなかったのかもしれない。
そう俺は完全に失念していたのだ、この世界に来てから一度もスマホを触っていないということを。その事実は俺の運命を確定させた。つまり、目覚ましアラームが鳴らなかったのである。
そして、現在に至るというわけだ。
「遅刻してたまるかっ、というか全然学校が見えないんだが。どこにあるんだ俺のハイスクール、このままだと俺の自己紹介が完全に水の泡になってしまう!」
このまま何もせず放置してしまえば、俺の印象が入学して早々遅刻をしたバカに固定されてしまう。遅刻をするにしても正当な理由を探さなければ。
「どっかにでっかい荷物を持った婆さん落ちてねえかな。風船が木に引っかかって取れなくなっている子どもでもいい!」
とにかく遅刻が許される正当な理由が欲しい。
「嘘だろ、なんでさっきまで見えなかったのに、急に学校が見えるようになってるんだ?」
まあ、今はそんなことはどうでもいい。俺は今俺のハイスクールライフを賭けたRTAに挑んでいるんだからな。
「よし、あと五十メートルといったところか。いける、いけるぞ。間にあえ俺の脚!」
そのとき、世界は俺に残酷だった。そう、チャイムが鳴ってしまったのだ。
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俺は普通に遅刻した。俺が自分のクラスに到着したころには、担任として、入学式でもらった資料に名前のあった女性教諭、久我実里先生からこの学校の概要を聞いているクラスメイト達の姿があった。俺は出遅れてしまったのだ。
そして俺は今、現実逃避をしている。少しそれにお付き合いいただこう。どうやら、先ほど学校にぎりぎりまで近づかないと学校が見えなかったのは、この世界に存在する特殊な能力が使われていることが原因で、毎年、新入生を驚かせる恒例行事であるそうだ。そのように担任の久我先生が言って、いや、おっしゃっていた。
だが、そんなことはどうでもいい。今の俺には遅刻をしてしまったという事実を認めて謝罪をすることで、先生からの評価を改めていただき、ついでにクラスメイトたちから誠実な人であるという評価を得られるチャンスがあるのだ。
まだ俺のハイスクールライフを救える方法があるなら、俺はなんだってする。俺は久我先生に許してもらうため、全力で誠心誠意謝罪をするのだ。俺の勇姿を見ていただこう。
「あのぅ、久我先生ぃ、ぼくはぁ確かにぃ遅刻をしてぇ、しまいましたぁ。それについてはぁ、本当にぃ、申し訳ございませんでしたあ!」
「あのな、アオキ、お前のために言うが、相手に誠心誠意謝罪をして許してもらいたいんだったらな、その気味が悪い、甘えた声はやめろ。完全に逆効果だ。私が何を言いたいかわかるな?」
久我先生、何が言いたいのか、さっぱり分かりません。俺はその後も必死に上目遣いで謝罪を行ったが、赦しは得られなかった。
そして俺は今なぜか、遅刻したからという理由で久我先生よりも先にみんなの前に立たされて、自己紹介をさせられそうになっていた。
「先生なぜですか。なぜ僕にだけそんなに厳しい態度をとるんですか。赦してくれたっていいじゃないですか!」
「それは……私だってお前が最初から、ただごめんなさいと普通に言えていたら、こんなことをさせたりはしない。だけどな、お前は私が甘えた声をやめて普通に謝れと伝えた時どうした? 普通に謝ったか? 違うだろ? 上目遣いで『先生、ごめーんね』とか、高い声で言っていただろ。つまり、そういうことだ」
なるほど、そういう意味だったのか。
「先生……さっきの甘えた声をやめて普通に謝れってことだったんですね。ごめんなさい、わからなかったんです」
「まあ、それに関してはそんなに気にしていないから、安心しろ」
と先生は笑いかけてくれた。
俺は希望を込めた目で先生を見つめた。
「じゃあ……」
「だがな、それとこれとは、別だ」
「えっ」
「よしみんな、今からかわいいアオキちゃんがみんなにかわいく自己紹介をしてくれるぞ。しっかり聞くように」
このままだと、先生の言うことに従うしかない。どうすればいいんだ? いや、黙っていてはダメだ。黙っているだけが、一番まずい。
「いや、でも先生俺は……」
「さっきもクラスメイト達の前で私にかわいく謝ってくれたじゃないか。別に恥ずかしいとは思ってないんだろ? それとも、さっきの謝罪は恥ずかしいものだったというのか? だとすれば、私は誠意のない謝罪を受けたことになる。それでは残念だがお前の遅刻を許すことはできんな」
もう、どうしようもない。だけどやるしかない。
「ぼ、僕はぁアオキ・タカフミですぅ。校長先生もぉ嚙んじゃうくらいのぉ、名前だからぁ、アオキでいいよぅ……」
「……」
俺の自己紹介に対するクラスの評価はおそらく最低だった。この沈黙は俺にとって、プールの授業で溺れたときよりも、持久走大会で走ったときよりも、何倍も苦しいものだった。
そんな空気に耐えられなくなり、俺はそのままの口調で言ってしまったのだ。
「先生ぃ、本当にぃ申し訳ぇありませんでしたぁ。みんなもぉそんな目でぇ……見ないでぇー!」
そして、俺のハイスクールライフは終わった。
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