光の都と猫と騎士3
「もしかして、マモルくんは雷や氷のイメージも出来る?」
到着まであと少しの馬車に揺られて移動する一行。
ユールルの言葉に俺は頷いた。
「出来ますよ。俺は詳しい訳じゃ無いですけど、それでも俺程度の知識が有れば説明は出来ます」
この世界に来るまでは現役の学生だったし、なにより娯楽大国の日本で生まれ育ったのだ。
マンガやラノベは今や知識の宝庫と言っても過言では無い。
「まず、ユールルさんと俺の間には何が有るかを知ることから始めます」
炎を強化するには、酸素の存在を知らないといけない。
その為には空気、目に見えない物が確かに存在する事からだ。
「えっと、何も無いよ?」
「いいえ有りますよ。今ユールルさんは息をしているでしょう? 空気が目の前に有りますよね?」
指摘すると、ハッとした顔で頷く彼女に、一つ一つ教えていく。
「この空気は、目には見えませんけど確かにここにあります。これは俺達の目で見えない程小さいだけで、ちゃんと形が有るんです」
原子論を教えるとはいったけど、陽子や中性子なんて俺だって分からないものを教える必要は無い。
ただ目に見えない大きさでも、そこに確かに存在する事を理解しなくてはいけないのだ。
「簡単に言うと、砂って石が細かくなった物ですよね。そして石は岩が細かくなった物。じゃぁ砂がもっと細かくなったら見えなくなると思いません?」
自分の中でも、出来るだけわかり易く物事を砕いていく。
現代科学を魔法があるファンタジーワールドで教えるには、例え話と実例が物を言う。
「そして逆説的に、石は砂が集まった物だと言えますし、岩は石が集まった物と言えますね。実際に砂を握っても石には成りませんけど、理論的にはそうなりますよね」
一言すら聞き逃す訳にはいかないと、必死で羊皮紙の手帳に俺の言葉を書き出すユールルは、一個一個ちゃんと理解しているようだった。
「そう言った、細かい粒が集まって世界の全てを形作っていると言うのが『原子論』です。俺達自信も、小さい何かが集まって出来ていて、食べた物を分解して体に取り込んで生きています」
正確には全然違うし、専門家に聞かれたら失笑を買うだろう授業を俺なりにすすめる。
「そして、この目に見えない粒の中には、その大きさのまま世界に影響を与えているものも有ります。例えば空気とかね」
シェリアさんとクロユリも俺の話を真剣に聞いていて、少し照れくさくなるけど、ユールルの必死さの前にはふざけてなど居られない。
「空気っていうのは、八割が窒素で二割が酸素、ほんの少し二酸化炭素が混ざった物を言います。火を燃やすのに必要なのはその中の酸素です」
シェリアさんに、携行している蝋燭を取り出してもらい、先ほどの魔具で火をつけてもらう。
そこにバッグの中で創造複製したガラスの筒を取り出して被せる。
「こうして、火が燃える空間を限定してしまうと、空気の中の酸素が無くなり·········」
ガラスの筒の中で消えた火を見て目を見開くユールルとシェリアさん。
クロユリは先に俺の心の中で結果を見ていたから驚きは少なかった。
「このように火が消えます。逆に酸素を増やして上げれば燃え盛ります」
酸素量が多い空間ではマッチの炎でスチールが燃える。
「火は酸素と可燃物が熱で結び付くことで生まれる物で、これを燃焼反応と言います。なので酸素を増やせば生まれる火も増える」
酸素と物質が熱で結び付く酸化現象の一種が燃焼反応だ。
熱により燃焼反応が起きて熱を生み、その熱でまた燃焼反応が起きる連鎖を『燃え続ける』と言うのであれば。
魔法の場合魔力を可燃物に変えていると仮定して、イメージで酸素を増やす事さえ出来れば、魔力と酸素を注ぐだけで爆発的に燃焼反応の連鎖が起きて威力が膨れ上がるはずだ。
「魔法を組む時に、この酸素をイメージして火にありったけ注げば、燃焼反応が連鎖を起こしてユールルさんの望む結果になる筈です」
説明の終わりに、丁度馬車が目的地に到着した。
みんなが馬車を降りる中、ユールルは今の話を繰り返し呟き反芻する。
「空気、見えない酸素、燃焼反応、連鎖·········」
たどり着いたディル峡谷。
街道を外れて丘を超えた先にある岩山の入口。
峡谷と言うが、入口付近が峡谷の形をしているだけで、全員で奥に進むと地面が平になって歩きやすくなった。
谷の底から見上げる岩肌は高く、目測で三十メートルはくだらない。
峡谷から入り、岩山を抜けると砂漠があり、その付近に砂漠があるとシェリアは言った。
「岩山の砂漠寄りにロックドラゴンの巣があって、砂漠の岩山寄りにヘヴィバードも生息しているのよ」
両方一辺に狩るならここが一番良いのだと。
背景がオレンジ色になる頃に砂漠にたどり着くと、早速目に付いた砂丘のてっぺんに夕日と同じ色の魔獣が居た。
想像だと鶏だったのだが、実物はペンギンを若干飛べる鳥に寄せた形をしていて、ひどく不格好だった。
何だろう。ペンギンを会釈させたまま固定して、翼だけを鶏にした感じ?
足は砂漠に沈まないように水掻きみたいな膜が砂を掴んでいた。
距離五十メートルの先に全部で五匹。
「んー。取り敢えず俺先攻していいですか? 武器の威力を確かめたいんで」
最後尾でまだブツブツ言っているユールルを一瞥、シェリアに断ってスコルを抜いた。
そのまま走りにくい砂を蹴散らして醜い鳥に接近する。
俺に気付いたヘヴィバードはけたたましい鳴き声を上げて威嚇行動を取る。
血走った目で俺を睨み、表面と違い毒々しい紫をしている翼の裏側を見せるヘヴィバードに、スコルの引き金を引いた。
プシュ、プシュプシュッ······!
消音器の効果はちゃんと働いているみたいで、気の抜ける音で弾丸が発射される。
弾丸は先頭に居たヘヴィバードの足に三発とも吸い込まれ、その肉を抉った。
威力も申し分ない。
スコルの性能に満足し、足を削られ動きが遅くなる先頭のヘヴィバードの脳天に一発撃ちながらナイフも抜いた。
『剣神』と『絶対必中』の二重補正で加速した俺は、頭を撃ち抜かれ絶命するヘヴィバードを踏み台にジャンプする。
仲間の死と、俺の加速に着いて来られない残りのヘヴィバードに、『達人』の効果を最大まで使って着地と同時に斬り殺していく。
あっと言う間に追加で三匹が地に伏すと、ラストのヘヴィバードは俺から離れるように砂漠を激走し始めた。
尻を見せて逃げるヘヴィバードを照準して、体で見にくい後頭部目掛けてスコルを撃つ。
一種類目の討伐が完了した。
「うん。まぁこんなもんでしょ」
スコルはハティと違って、街中で撃っても音で騒ぎにならない様にしたかった。
魔獣相手にも通用して、この消音性なら文句無し。
血糊すら付いていないナイフを腰に納めて、スコルもホルスターに戻す。
「いやいや、フェアリーランクの魔獣を瞬殺しないでよ。アタシたち見てるだけだったじゃないのよ」
みんなの所に戻ると、呆れ顔のシェリアに小突かれた。
「いや、俺マジで早目に帰りたいんです。ロックドラゴンもさっさとやりましょう」
シェリアさんに討伐証明部位と金目の部位を教えて貰いながら手早く剥ぎ取り、五匹全部を処理したら、シェリアさんが出した大きい麻袋に全てぶち込んだ。
ヘヴィバードはトサカが証明部位で、金になるのは関節から下の足全部とクチバシ、あと心臓。
そして最後の討伐対象、ロックドラゴンを探そうとした時、
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!?」
岩山から悲鳴が聞こえた。
俺達が通ってきた峡谷に通じる道では無い、別の場所からだ。
「マモルさん、僕先に行って見てきます」
そう言ってクロユリが悲鳴の聞こえた場所目掛けて『瞬間加速』を使い、凄まじい速度で走って行く。
「他の冒険者がロックドラゴンに襲われているかもしれないわ。早く追いかけましょう」
未だに心ここに在らずのユールルを抱えたシェリアさんが、クロユリが消えた方向に走り出す。
岩山に沿って砂漠を走り、百メートル程進むと馬車が通れそうな幅の道を見付ける。
その道に入って転がる石を蹴飛ばしながらクロユリを追い掛ける。
この道は奥に行くほど道幅が広がっていて、グネグネと曲がっているため先は見渡せない。
やがてもう一度悲鳴が聞こえた後に、クロユリの大声が聞こえた。
「僕は敵じゃありません! 怪我人を抱えて下がってください! すぐに僕のパートナーとそのパーティが来ますから!」
この道で間違っていなかった様で、数人の冒険者らしき声も聞こえてきた。
魔獣に襲われている中新手が現れたと思った冒険者達は、動揺しているのが声だけでも分かる程だった。
もう一度ナイフと、そして今度はハティを抜いてスキルを起動する。
シェリアさんに断って最大加速で走り抜ける。
「クロユリィィィイ!」
大きくカーブする道を抜け、広場と呼べる程に開けた空間が見えると、そこには傷付いた五人の冒険者と、それを守るように戦うクロユリ。
そして二十匹にも及ぶ灰色の岩の化け物が居た。
なるほど確かに、甲羅を背負った蜥蜴だわ。
ゴツゴツした巨大な甲羅から覗く四肢には、蜥蜴の様にしなやかな足があり、その皮膚にも甲羅と同じ岩を思わせる茶色い鱗に覆われている。
刺々しい岩を取り付けた戦車、そう見える魔獣だった。
コイツがロックドラゴンか。
冒険者に被害が出ない様に立ち回るせいで思う様に動けないクロユリに、到着を知らせる為に砲声してハティを撃った。
ッガァァン······!
ガバメントとは比べ物にならない重声が響き、放たれた弾丸はクロユリに襲い掛かるロックドラゴンの眉間をブチ抜いた。
硬い鱗も砕け散り、蜥蜴の形をした頭部も額に巨大な穴が開き、後頭部は弾け飛んで甲羅を血と脳漿で汚した。
「怪我は無い?」
クロユリの横に並び、まだ十九匹も残っているロックドラゴンと対峙する。
「僕はこの程度の相手に怪我なんてしません。けど、後ろの方達が······」
見ると、男二人、女三人で構成されているパーティの内、二人が重症で動けない様だった。
女の子の一人が右半身を潰され、生きているのが奇跡の状態、そしてもう一人の男も腹に深々と穴が空いている。ロックドラゴンの爪に刺されたのかもしれない。
ハティならロックドラゴンを一撃で倒せる事がわかった。『絶対必中』で全てヘッドショットする自信もある。
ただハティを撃った反動が予想以上にデカすぎる。
『拳神』の身体補正と『痛覚鈍化』があっても痛みを伴う痺れが左手に残っている。
連射は不可能。
そう結論を出した俺の後ろから、ユールルの声がした。
「任せて」
シェリアさんに降ろされ、装備したテニスラケットくらいの杖に魔力を通して、戦闘用の大きさにしたユールルが呪文を紡いだ。
「[燃え盛れ、万物を祓う聖火よ]」
ユールルの中に渦巻く魔力に反応した空気が、彼女を中心に動き出す。
髪を靡かせ詠唱を始めるユールルを守るようにシェリアさんが弓を構えた。
「[集いし標よ、立ち塞がる一切を灰燼に帰せ]」
莫大な魔力を肌で感じながら、クロユリと俺はロックドラゴンから離れ、五人組の冒険者に駆け寄る。
「大丈夫ですか? いま薬を出します」
バッグの中のエリクサーを複製して、瀕死の若い女の子と、中年の男性にぶっかける。
「[記せ破壊の権化、万象の王]」
みるみるうちに傷が癒え、体が再生していく様子に残りの冒険者が驚いている。
クロユリはロックドラゴンとユールルの魔法から全員を守るために、『影技』で向こうが透けて見える程に薄い防御結界を全方位展開して俺を見た。
その意味を理解して、地面から上を全て覆う半球上の闇に『絶壁付与』を施す。
それと同時に、ユールルが破滅を振り撒いた。
「[覇道を歩みし汝が眼前、等しく滅ぼし全てを焼け]! 『ノワール・インフェルノ』!」
シェリアさんがユールルの後ろに飛び、同時にユールルの杖から膨大な量の黒い業火が放たれる。
濁流の如く辺りを飲み込む黒炎が、その熱量を持って破壊の限りを尽くす。
ロックドラゴンに炎が触れた側から、岩の鱗が炭化して崩れ落ち、瞬く間に命を奪っていった。
ほんの十秒ほどで全てのロックドラゴンが真っ黒な炭になり、漆黒の炎は霧散する。
フェアリーランクの冒険者が数人がかりで一匹倒すと言われているロックドラゴンを、たったの一撃で十九匹も焼き殺した本人は、その光景に放心していた。
「本当に感謝する。あなた方が居なければ我々は全滅していた」
未だにその場に座り込み、放心を続けるユールルを置いて、五人組の冒険者が俺達に頭を下げた。
息を吹き返した女の子とオッサンも一緒だ。
「ありがとう。治療までしてくれて本当にありがとう!」
半身を潰されていた女の子が、目を潤ませて何度も頭を下げるので、それに釣られて皆がずっとペコペコしていた。
「気にしないでください。俺らもロックドラゴン探していたんで」
エリクサーの効果で、瀕死だった癖に一番元気になっている女の子がとうとう泣き出したから、言い訳のように言葉を並べた。
それでも泣きながらお礼と謝罪を繰り返す女の子が、一緒に瀕死だったオッサンの鎧の隙間から服を引っ張って涙を拭いた。
「うぇぇぇえん! 絶対死んだと思ったもぉん! 良かったよぉ生きてるよぉ······!」
本当に怖かったんだろうな。体潰されてたんだもんな。
瀕死仲間のオッサンが泣いてる女の子を宥める中、リーダーっぽい青年が話を続けた。
「せめて、治療に使われたポーションの代金を払いたい。あんなに強いポーションだったんだ、高い物だろう?」
そう言って皮袋の財布を取り出されるけど、正直困る。
金プレート三枚、つまり金貨三百枚のエリクサーだよ?
「いや、手持ちに余裕があっただけなんで、ホントに気にしないでください」
「そんな、アレだけ効果の高いポーションを無償では頂けない」
「そうだよぉ······! 生きてるもぉん······! お金で買えるなら買うよぉ······!」
宥められていた女の子が俺に飛び付いてきて、また泣き始めるから本当にどうしたらいいか分からなくなってしまった。
「あの、本当に大丈夫なんで」
命を助けたから金プレート出しな、なんてヤクザみたいな事したくない。
使ったポーションがエリクサーだなんてバレたら向こうも生きた心地がしないはずだ。
借金などさせたくないし、せっかく助けたのに社会的に殺しては意味が無い。
何とか言い訳を考えていると、一番後ろにいた帽子を被る女の子が、俺を見て真っ青になっていた。
俺がそれに首を傾げると、リーダーもそれに気付いて財布を出したまま女の子を呼んだ。
「プリム? どうしたんだ?」
リーダーが呼んだその名を聞いて、今度は俺が青くなった。
え、待って、プリムって聞いたこと有るよ?
「·········きみ、もしかして狐人·····?」
バレたく無かったポーションの値段をガッチリ読み取った女の子が、帽子を取る。
晒された頭には、可愛らしい狐の耳がピコピコしていた。
「はい。ラシール・プリムと言います。ご指摘の通り狐人です」
名前が似てる。家名も一緒。
「······もしかして、ルシールさんの家族······、ですか?」
その名前に目を見開いた女の子が、ゆっくり頷いた。
「ルシールは私の姉です。ご存知なのですか?」
なんとルシールさんの妹君だったとは。
言われてみれば、似てる。
タレ目も全体的に柔らかい印象も、クリーム色の髪もルシールさんそっくりだった。
「ルーちゃんの妹さんなんですか! 初めまして、僕はクロユリです!」
皆を守っていたクロユリをまだ全員が怖がっている中、それを気にしないでラシールに駆け寄るクロユリ。
「えっと、ルーちゃん?」
「はい、ルシールなのでルーちゃんなんです。僕はクーちゃんって呼ばれてますよ」
ルシールさんの家族に会えて嬉しそうなクロユリに、戸惑うラシールがオドオドしてる。
雰囲気は似ているけど、性格はルシールさんと違うのかな。
とても大人しい女の子と言う印象を受けた。
「あの、ジンさん。ポーションに付いては触れない方がいいと思います」
懐くクロユリをひとまず置いて、リーダーの青年に意見を出すラシールは、俺の心を読んで助け舟を出してくれた。
いや単純に金プレートの借金が嫌なのかもしれないけど。
「なんだと? そうは行かないだろう? コチラは命を救われたんだ。有り金全部置いていってもいい程だぞ」
「例えばですけど、その有り金全部でも足りなかったらどうします?」
よく見ると、アーマーが付いているスカートの中に狐の尻尾があった。
それをゆっくり揺らして、彼女は可能性の話を始める。
「いま使われたポーションが、例えばソーマやエリキシル、エリクサー等の神薬だった場合、ジンさんはどうしますか?」
話の様子を見るに、彼女はフォクシーの先天性スキルの事を隠している事がわかった。
事情を知っていれば、俺の心を晒せばこんな説得要らないもんな。
「神薬!? そんな、払える訳が無いじゃないか! どれもこれも銀プレートですら買えない最高級ポーションだぞ!?」
エリクサーの他にも、同じくらい凄いポーションが有るんだね。
ソーマとエリキシルね。覚えた。
「はい。払えませんよね? 本当に神薬かは知りませんけど、アレだけの効果のポーションです。私は払えないと思います」
「だが、しかし!」
「金プレートなんて借金した場合、私達は生きていけますか? 彼は私達を助けてくれました。その彼に私達を殺させるのは不義理じゃありませんか?」
そう! それが俺の言いたかった事!
せっかく助けたのに借金地獄になんて送りたくない。
感謝するなら、そのまま恩を感じてくれているだけでいい。
ラシールに説得されて唸る青年、ジンは、やがて観念して項垂れた。
「·········わかった。その意見に従おう。ただ教えてくれ。あのポーションは何だったんだ? 本当に神薬だったのか?」
「あははは、まぁ、えっと、エリクサーです」
諦めてくれたので、一応教えてあげる。
それを聞いたラシール以外の全員が青くなって、女の子がまた泣き始めた。
「うぇぇぇえん! 神薬まで使って助けてくれたよぉ! 勇者様だよぉー!」
ここでも勇者とか呼ばれるのホントに勘弁して下さい。
一撃でロックドラゴンの群れを消し炭にした勇者なら後ろでまだ放心してるからさ。
「この恩は忘れない。また会うことが有れば必ず報いよう」
そう言って全員が改めて名乗ってくれた。
リーダーのジンさん。副リーダーのベルメットさん。泣きまくっていた女の子がキュリアーツ。瀕死だったオッサンがダルオスさん。
そして狐人のラシール。
ダルオス以外は全員がかなり若くて、最年少がキュリアーツで十五歳だった。
ラシールは十七で俺と同い年。
ジンさんとベルメットさんは二十歳で、ダルオスさんが四十五歳だと言う。
キュリアーツが俺の袖を握って一緒に帰ろうと提案するけど、どうやらお互い拠点が違うらしい。
「俺達はレイジガルドから来たんで、そっちに帰ります」
何より馬車に乗ったオバチャンを待たせている。
「我々はイーリスハイルからだ。もし立ち寄る事が有れば是非声を掛けてくれ」
まだ粘るキュリアーツを引き剥がして、お互い手を振って別れた。
この道の反対にイーリスハイルへ行ける街道が有るのだとか。
来た道を戻り砂漠に出る頃には、日が沈む寸前だった。
やばいやばい早く帰ろう。
クロユリの指示でシェリアさんから魂の抜けたユールルを受け取り、背中に座らせた。
「ユールルさん、せめてしがみついて下さいね」
ユールルが落ちないように、クロユリの首に抱き着いたのを確認してから、急いで馬車を目指して峡谷に通じる道を抜ける。
どんどん暗くなっていく中を進み、峡谷を抜けるて馬車が見えてくると、後ろから俺達以外の足音がした。
とててててててて。
とても聞き覚えのある足音だった。
「あの、まってくださーい」
俺達の後に峡谷を抜けてきたのは、狐耳を帽子で隠す女の子、ラシールだった。
クロユリには取り敢えず、ユールルを馬車にぶち込んでくれと頼んで、シェリアさんと俺で彼女を待つ。
「はぁ、はぁ、追いつきました······」
少し汗ばんで、肩で息をしながら走る速度を緩めるラシールは、俺達の前までくると膝に手を付いた。
「ラシールさん? どうしたの?」
彼女は向こうのパーティでイーリスハイルから来たから、こっちの道からは帰れない。
この岩山はイーリスハイルとレイジガルドの国境に跨る場所らしく、ここを超えないと帝国には行けないと言う。
一応砂漠から迂回する街道が正規ルートらしいけど、そっちは馬車で一日かけて迂回するから専ら貴族達しか使わないのだとか。
「あの、私もレイジガルドに連れて行ってくださいませんか? ·········姉に会いたいんです」
そう涙ぐむラシールだが、良いのだろうか?
拠点がイーリスハイルだったなら、少なからず荷物などもそっちに有るだろうし、ジンさんのパーティも放ったらかしじゃないか。
「私は元々、姉を探して旅している時にあのパーティに入れてもらいました。事情を知っているジンさんには、姉がレイジガルドに居ると伝える、皆が快く送り出してくれました」
彼女によると、狐人の里はレイジガルドからはもちろん、イーリスハイルからも遠い山に囲まれた森の中にあり、そこから国や街を辿ってここまで来たのだと。
ラシールさんは光属性の魔法適性があり、回復系の魔法が多少使えた事からイーリスハイルに来る二つ前の国で、ジンさんのパーティに入れてもらったと言う。
「お願いします。旅に出て三年、やっと姉を知る人に出会えたんです」
俺としては全然構わないのだけど、無理を頼む様に深々と腰を折るラシールさん。
そしてユールルを馬車に入れたクロユリが戻ってきてオバチャンからの伝言を聞く。
「一人増えるなら銅貨二枚追加だそうですよ。一人追加分の待機料金はオマケしてくれるそうです」
それを聞いたラシールさんは、冒険者用のスカートからお金を出した。
別に追加料金くらい奢っても良かったんだけど。
「いえ、お願いをしているのはコチラですから」
シェリアさんも特に嫌な顔をしないので、取り敢えず同行する事にする。
馬車まで行き、ラシールがオバチャンに銅貨を渡してやっと帰れる。
ちなみにロックドラゴンの素材は俺がジンさんとエリクサーのやり取りしてる間にシェリアさんがやっておいてくれた。
全部丸焦げで、使えそうな証明部位を探すのに苦労したと零された。
「まぁ、内臓系の素材は結構無事だったし、数が多いからね。今回はいい稼ぎになったわよ」
ロックドラゴンの素材の所有権は当然ながら俺達の総取りだった。
ジンさん達にも分けようとしたら、「神薬まで使ってもらってソレでは、申し訳なさ過ぎる」と辞退された。
むぅ。ロックドラゴンの群れに襲われて装備もボロボロだろうし、補填してあげたかったんだけど。
「気にしすぎよ。アレだけの数に襲われて皆五体満足で帰れるのよ? 装備の損害なんて無いのと同じだわ」
馬車に乗り込みながらシェリアさんにそう諭された。
日が沈む寸前に馬車が進み始めると、ユールルがやっと我に帰る。
そしてすぐに俺にしがみついた。
「ふぁぁ!? なに!? どうしたの!?」
「マモルくん! 他の属性の事も教えて! お願い!」
さっきも女の子に泣かれたばかりなのに、今度はユールルが泣き始めた。
今日は一体何なんだよ!?
「マモルくんの言う通りにしたら、魔法が馬鹿みたいに強くなったよ! マモルくん雷と氷も分かるっていってたよね!?」
必死なユールルに変わってシェリアさんが教えてくれる。
「ユールルの『ノワール・インフェルノ』は、間違ってもあの数のロックドラゴンを皆殺しに出来る様な魔法じゃ無かったわ。少なく見積もっても五倍は威力が上がっていたのよ」
どうやら、魔法のイメージに酸素を混ぜると連鎖反応して威力が膨れ上がる仮定は正解だったようだ。
「アタシは詳しくないけど、ユールルが言うには雷と氷の魔法は使える人が現在この世に居ないみたいなの。開発した先人を除いて今まで、呪文を読んでも誰もイメージが出来ないから発動しないみたいなのよ」
教えられた魔法の仕組みは、呪文が魔法を撃ち出す銃を作り上げ、イメージを弾丸にする物に思えた。
その弾丸が少しもイメージ出来なければ弾が撃てないのだろう。
「お願い! 雷は風の、氷は水のロストスペルって言われてる究極の魔法なの! 短文の低級呪文でさえ、他の属性の上級呪文に匹敵するって言われている伝説の魔法なの!」
俺の服をビロンビロンになるまで引っ張るユールルを、シェリアさんが引き剥がす。
「まずはお礼を言いなさいよ。彼のおかけで火属性は強くなったんでしょ? アンタさっきから本当に欲しがってばっかりよ」
火属性が強くなり、伝説とまで言われる呪文を使える可能性に喜び、しかしそれがすぐに使えないもどかしさに複雑な顔で泣きじゃくるユールル。
「これで、これでやっと家族を見返せるよ······!」
本当にそれだけを求めていままで生きてきたのだろう。
剣の家に生まれて、魔法に愛され魅入られた女の子は、シェリアさんに抱かれながら涙を流し続けた。




