光の都と猫と騎士2
「それで? ミルキュートがなんかやらかしたんだろ?」
リバーシで全員返り討ちにした俺は、先ほど聞こえていた話を掘り返す。
聞こえてきた内容は、ミルキュートが守護獣の件で帝国に使者として赴く事が決まり、治安がレイジガルドと比べて凄まじく悪い帝国でミルキュートを守り切れる護衛がクラウンランクの俺くらいしか居ないと言う事。
そしてミルキュートはそれを狙って立候補した節がある事だ。
「ああ、魔獣と人間の関係は難しい。先駆者が居るなら話しを聞くべきと使者をたてる事になったんだが、ミルキュート様が立候補してな。国王の娘の意見だ、封殺できる貴族なんて居やしない」
ギリムリーズが疲れた顔でミルキュートを睨むけど、気にした風もなく当の姫様はニコニコしてクロユリにケーキを食べさせている。
「ミルキュートさんは、マモルさんのお嫁さんになる場合三人目になるんですけど、立場的には大丈夫なんですか?」
クロユリがもぐもぐとケーキを食べながら、フォークを持ったミルキュートに問いかける。
クロユリの疑問も当たり前で、冒険者の嫁の一番下など、一国の姫としては最悪の嫁ぎ先だろう。
国王にしたって、本当なら俺を王家に抱え込みたいはずだし。
「逆にお聞きしても? わたくしが勇者様と結ばれてもクロユリさんはお気になさらないのですか?」
不安そうな顔をするミルキュートに、クロユリはニコニコして頷いた。
「ルーちゃんは嫌がると思いますし、何よりマモルさんの気持ちが一番大事ですけど、僕はミルキュートさんがお嫁さんになっても大丈夫ですよ。僕だってまさか、狼なのに受け入れてもらえるなんて思いませんでしたから」
「·········クロユリさん!」
感激してクロユリに抱き着くミルキュート。それを見てロッテンマーズも口を開いた。
「確かに下手な貴族より断然話せるな。どのブラックウルフもそうなのか?」
先ほどのミルキュートの言葉を拾ってきたロッテンマーズはクロユリに聞く。
「そうですね。群れの同胞は長の影響で殆どが物静かで交流を好みます」
「例外もいるけどな。俺なんて服をダメにされたし」
元の世界から着てきたポリエステル製のロンティーは、袖がズタズタにされてもう着れない。
いや複製で同じ布を増やして袖だけ作り直せばいけるか?
「城の執務室で会ったクロユリ嬢の兄だろう? フタツキ以外には大人しかったぞ?」
やっぱり俺だけが嫌いなのかアイツ。
「ふぅん。なんだが俺だけ取り残された感じがするな。例の魚を獲る催しに無理矢理にでも参加すれば良かったよ」
腕を組んだまま苦い顔をするロッテンマーズは、姿勢を崩して紅茶を飲んでから、また沈んでいた話題を掘り返した。
「で、姫様はどうするんだ? 護衛を彼に頼むのかい?」
「もちろん。そのつもりですわ」
どうやらクラウンクエストとして俺に直接依頼が発行されるらしい。
ミルキュートに距離を縮められる事を無視すれば、ジェネから頼まれている世直しの為にも、他の国に行くのは吝かではない。
「それよりフタツキの爵位勲章の件が問題だ。婚約者の存在を強調しても、ミルキュート様が諦めていない姿勢だから他の貴族もそれに倣う気だ」
ギリムリーズの発案でルシールさんとクロユリにも同じ爵位勲章が与えられる事になっている。
爵位勲章はその欠点として、勲章を与えられた者以外には効果がないのだとか。
例えば俺が爵位勲章を得ても、その妻や子供が出来たとしても爵位が有るのは俺だけで、家族は平民のまま。
だから爵位を持っている俺の妻としては、平民と言う立場のせいで他の貴族が割り込んでくると弾き出される可能性もあると言う。
そこに婚約者であるルシールさんとクロユリにも爵位勲章を与えることで、割り込みを防ぎミルキュートも黙らせる事がギリムリーズの目的だった。
しかし、国王を除くとこの国のトップであるミルキュートが、まだ俺との婚姻を狙っている事で他の貴族にも付け入る隙を晒しているのが現状らしい。
「君も面倒な人に好かれたね。いっそ諦めて娶っちゃえば? 彼女多分尽くす方だよ?」
そうは言うが、俺はルシールさんとクロユリの上に彼女を据えるつもりは無いから、結局ミルキュートは冒険者の第三夫人って事になってしまう。
「俺は嫌だよ。大した気持ちも無くそんな事したくないんだ。ミルキュートにも失礼だと思うしね」
可愛いし、もしルシールさんとクロユリが居なかったらコロッといっていたとは思う。でも先に出会ったのはルシールさんとクロユリで、ミルキュートに何言われたところで少し嬉しい程度なのだ。
「そう言うところも素敵ですわ。ねぇクロユリさんもそう思いますわよね」
「はい。自分の事と同じくらい他を想える素敵な人ですよ。僕はマモルさんが大好きです」
隣のクロユリが頬擦りして甘えてくるのを受け入れ頭を撫でる。
羨ましそうに見ているミルキュートをあえて見ないようにして、クロユリの毛並みを優しく撫で続ける。
「そうして見ると、獣趣味と言う言葉で貶めるのが不当だと確かに思えるね。ギリムリーズと姫様が怒ったのもやっと分かった」
ロッテンマーズは何か思うところがある様で、複雑な表情をしていた。
懐かしむ様な、悲しむ様な、でも嬉しそうな顔だ。
「ロッテンマーズさんは、心許せる相手が欲しいんですか?」
きっと心を覗いただろうクロユリの言葉に、ロッテンマーズが驚いた。
「ロッテンマーズ、フタツキの婚約者はクロユリ嬢ともう一人、ルシール嬢がいるのだが、その人は心を読めるスキルを持っているんだ。クロユリ嬢もそれをシルバーで持っている」
「心を読むだって? そんなスキル聞いたことないぞ。ホントなのか?」
フォクシーは希少種族で、そのスキルと一緒に秘匿されているとルシールさんが言っていたな。
思い出す俺の隣の隣、クロユリの向こう側でミルキュートの目が光を失った。
「本当ですわ。あの方はお母様にわたくしの心の内を全て晒しましたもの。晒されたわたくし自身が断言いたします」
遠い目で虚空を目詰めるミルキュートは、「クロユリさんも同じスキルが使えたんですのね」と更に光を失った。
「ホントはルーちゃんとマモルさんを取り合うのに、不利になりたくなくて交渉したんです。けど、結局どっちもマモルさんが受け入れてくれたんです」
それを聞いて、その頃から俺を想っていてくれた事を知った。
「なんでルシールさんはクロユリさんにスキルを渡したんでしょうね。独占した方が勇者様を攻めやすいと思いますのに」
「ルーちゃんはそもそも、僕ごとマモルさんと恋仲になるつもりだったみたいですよ」
「あら、なら何故わたくしはダメなのでしょう?」
クロユリとミルキュートが俺の話題なのに俺が入れない話を展開して、いたたまれなくなる。
ギリムリーズとロッテンマーズはまだオセロに興じていて、俺はフラムスールさんと手持ち無沙汰だった。
「なんでも、僕とルーちゃんは『同じ傷がある』から良いんだって言ってました」
「·········傷、ですか?」
「はい。ルーちゃんは心を読めるスキルのせいで辛い思いをしてきました。僕も群れの中で色々ありまして、マモルさんに会って心を救われたんです」
ルシールさんとクロユリが、なぜ俺なんかを好きになってくれたのか、初めて聞いて照れ臭くなる。
「ブラックウルフは群れで生き、群れを優先する性質のせいで個性が薄いんです。その中で個性を強く持ってしまった僕は、同胞の行動に疑問を持つようになりました」
クロユリとクロガネの親はもう亡くなっていて、リルフが育ててくれた事や、リルフが病気の感染を恐れて自分の身を犠牲にして群れを生かそうとした事。
そして親の様に思っているリルフのその命懸けの行動を踏み躙る同胞の行動が嫌で仕方なかった事。
リルフを見つけた時の気持ち、俺に名前を貰った時の気持ち、自分だけの髪飾りを貰った時の気持ち。
滔々と語るクロユリは、宝物を愛でる様だった。
「ルーちゃんも似た様な感じで、マモルさんが大好きなんです。それがルーちゃんの言う『同じ傷』なんだと思います」
話しを聞いていたギリムリーズとフラムスールさんは涙ぐみ、ロッテンマーズも目を閉じていた。
ミルキュートは一人だけ、悔しそうな顔で俯いて震えていた。
「·········確かにわたくしは、勇者様を読み物語に出てくる英雄に重ねて好きになりました。今のお話を聞いて、自分の気持ちの軽さに自分で失望してしまいましたわ」
ハンカチを取り出し涙を拭うミルキュートの手に、クロユリが前足を乗っけた。
静かに首を振り、ミルキュートの目を見詰める。
「違いますよ。きっかけが軽いだけで、想いまで軽いなんて決めては勿体ないですよ。僕はマモルさんを想っているミルキュートさんの心の中、好きでしたよ? まっすぐで暖かくて、とても楽しそうにしていた食事会の時のミルキュートさんも」
ふにふにと肉球でミルキュートの手を押すクロユリに、涙を流す彼女が抱き着く。
言葉も無く、ただ抱き着いて震えているミルキュートをクロユリは優しく撫でていた。
「·········本当にできたブラックウルフだね。改めて獣趣味と言ったことを取り消そう。この子は大切にするべきだ」
俺とクロユリに謝罪をして頷いているロッテンマーズ。
分かってくれたなら良いんだ。
「本当に、大切にするべきだよ。俺は君が羨ましくなった。こんなにも心を許され、心を許せる相手がいる事に」
さっきクロユリが言った事だろうか、彼にはそんな相手が身近にいない事が伺える表情だった。
「ロッテンマーズ、近く国王がブラックウルフを迎え入れる。そうしたらクロユリ嬢の様な者も居るかもしれないぞ?」
「·········そうだね。この子程ではなくても、信頼できそうなブラックウルフに会えることを祈るよ」
お土産にケーキをホールで三つ程購入し、四人と別れ城下町に戻った。
別れる時にフラムスールさんとギリムリーズにリバーシをあげる。
一度宿に戻り、部屋に届いていたいつもの服に着替えてから冒険者ギルドを目指す。
歩きながらスコルに弾を入れて『自動複製』を施し、軽く動作確認もした。
ギルトには、作ったばかりで試し撃ちもしていないスコルとハティを使う為に、討伐系のクエストを受けようと向かっている。
動作自体は多分問題無い筈なので、ハティは威力でスコルは消音性の確認がしたかった。
ギルドに到着すると、未だに俺の噂が健在なのか騒がしかった冒険者達が一斉に黙る。
これにも慣れるしかないと開き直り、今日は割れない列を避けて、カウンターに直接行く。
列を捌く十人のギルドのお姉さんの真ん中に、今日も可愛いルシールさんがいて軽く手を振られる。
ケルキュルさんはクロユリをチラチラ見ていた。
誰も居ないカウンターに寄りかかり、中に居る男性職員を呼んでケーキの箱を三つとも差し入れだと渡した。
訳が分からない顔をしている男性職員を、ケルキュルさんが冒険者を捌きながら蹴飛ばした。
「さっさと貰いなさいよ。貴族街のケーキなんて私達食べる機会ないんだから!」
やはり女性は甘い物が好きみたい。
城下町のデザートなんて冷やした果実に蜂蜜を掛けた程度なので、喜んでもらえるなら何よりだった。
余程食べたいのか、カウンターに並ぶ女性職員は全員が結託して、十本あった冒険者の列を八本まで減らした。
ルシールさんとケルキュルさんがフリーになり、女性職員の視線が怖くてケーキの箱を開けられない男性職員をケルキュルさんが押し退ける。
彼女が薄い木製の箱を開けると、中にはナイフで等分されているケーキが入っていて、たまらず顔を綻ばせた。
「差し入れありがとうございます。女性はみんなフタツキさんを心の中で褒め殺してますよぅ」
こっちに来たルシールさんに言われて見ると、数人の受付嬢は冒険者に見えないカウンターの下で、俺には見える様に親指を立てていた。
「喜んでもらえたなら良かった。今度はルシールさんもお店で食べようね」
受付に立たない男性職員は、全員がケーキにあり付けている。
デザートに縁が無いのか、口に入れて驚いている人と、あからさまに嫌な顔をしている人が居た。
あー、まぁ苦手な人も居るよね。
ルシールさんに手を振ってカウンターから掲示板に移動する。
討伐系のクエストを探すけど、どれが良いのか良く分からない。
まだブラックウルフとコクリルバードとドラゴンにしか遭遇していないから、試し撃ちの相手に相応しい魔獣がピンとこないのだ。
誰かに聞こうにも、なんか距離を取られてる。
俺の周りだけ二人分くらいのスペースを開けられている。
もしかしなくても、クラウンランクのせいだよねー。
どうした物かと悩んでいると、見知った人に肩を叩かれた。
「やぁ、マモルくんじゃないか。おっすー」
声の主はユールルだった。
後ろにはシェリアさんも居た。
「マモルくんクラウンランクになったんだってー? 掲示板見てなにしているの?」
「えっと、新武器を試したいんですけど、俺魔獣はブラックウルフとドラゴンにしか会ったことないので分からないんです」
頭をかいて苦笑いすると、シェリアさんが一緒に何か行くかと誘ってくれた。
「いいねー! コッチも魔法の練習したいし、結構大物行っちゃう?」
ハティの威力を確かめる為にも、獲物は大きい方が俺も嬉しかった。
フェアリーランクの依頼書からロックドラゴンとヘヴィバードを三匹づつ討伐する物を一枚取る。
「あれ、お二人はストーンランクですよね? フェアリーランクの依頼って受けていいんですか?」
ランクと同じクエストしか受けられないと教わった俺は首を傾げる。
「本来はそうよ。ただ私達はすでにストーンランクのままロックドラゴンとヘヴィバードを討伐した事があるから、そういう場合は受けられるのよ」
「へ? ドラゴンを倒したならお二人はドラゴンランクじゃ無いんですか?」
ますます訳が分からない俺に、ユールルは吹き出してしまった。
「マモルくん、ロックドラゴンはドラゴンじゃないんだよ。ドラゴンって名前を持ってる大トカゲさ」
「トカゲって言うより亀じゃない? あの甲羅無かったらだいぶ楽だもの」
話を聞くと、ロックドラゴンは岩のような鱗を備え、岩のような甲羅を付けた亀と蜥蜴を混ぜたような魔獣らしい。
「ドラゴンランクってのは本当に伊達じゃないのよ。君はスグにクラウンになったから分からないかもしれないけど、フェアリーとドラゴンの壁はとても分厚いの」
三人で列に並びながら、魔獣の事を聞く。
ヘヴィバードとロックドラゴンは同じくらいの大きさの大型魔獣で、教えられたイメージを元の世界に戻すと、重戦車くらいのサイズっぽい。
「ヘヴィバードは巨大化し過ぎて、鳥なのに飛べないのよ」
俺の頭の中でズングリムックリした鶏のイメージになってしまった。
そうして戦いのセオリーとかを教わっている間に、列の先頭に来ていた。
「いらっしゃいませ。担当させて頂きますフェルメアです。差し入れありがとうございました」
名乗ったセミロングの金髪を揺らす受付嬢、フェルメアさんは素晴らしい笑顔で挨拶をしてくれる。
そんなにケーキ嬉しかったのかな。
はやく食べれるといいね。
ユールルに差し入れの事を聞かれたので、カウンターの奥を指さして説明すると、シェリアさんとユールルは目を輝かせた。
「なにあれー!? おいしそー!」
「街じゃ確かに見ないわね。貴族のお菓子?」
フェルメアさん越しに視線を受けたケルキュルさんが苦笑いして会釈した。
フェルメアさんが手早く依頼の処理を行う中、隣の受付嬢がルシールさんと交代して弾む足取りでケーキに向かって行くのが見えた。
「ああ、早く食べたい······!」
必要事項に凄まじい速度でペンを走らせるフェルメアさんがチラチラと後ろを見ている。
一応全員分あるはずだけど、空気を読まない男性職員がお代わりしようと手を伸ばしていた。
ケルキュルさんに叩かれてたけど、流石にお代わりされたら全員に行き渡るか不安だった。
「これで依頼受注が出来ました。ご無事のお帰りをお待ちしておりますケーキ」
心が漏れて語尾に欲望がくっついている金髪の女性に見送られ、列の横を歩いてギルドから出た。
「あれワタシも食べたいよ! マモルくん買ってきて?」
「辞めなさいよユールル。歳下の男の子にタカるなんてみっともないわよ」
まだケーキに後ろ髪引かれるユールルをシェリアが宥める。
話を聞くと二人とも二十四らしい。
随分若く見えたけど、かなりお姉さんだった。
街を出る前に、門の近くにある馬車を出している店に向かう。
「ロックドラゴンもヘヴィバードも、森には居ないからね」
俺一人なら多分、クロユリに乗せてもらえばあっと言う間に着くんだろうけど、三人も乗ったらクロユリが潰れてしまう。
二人の後ろを付いていくと、大通りを丸焼き屋の反対の路地に入り、馬の看板がかかる小さな小屋にたどり着く。
馬の一頭すら見当たらない肋屋なんですが。
「おっちゃん。ディル峡谷に馬車一台」
「あいよー。門の外でまっとれー」
ユールルが小屋の中に居る禿げた老人に要件を簡潔に伝えると、老人はホワイトボードの様な板に何か書く。
するとその文字の下に別の文が浮かび上がる。
通信機的な魔具か?
あれの小型版とか無いのかな。めっちゃ欲しい。
ぼけーっとその様子を見ていた俺の肩をシェリアが叩く。
「ほら、行くわよ?」
門の外に出て、ワルシザルの串家で魚を買って食べながら、馬車を待つ。
「それも美味しそーだね。でも一本銀貨一枚って高くない?」
銀貨が五千円札とほぼ等価だから、この串焼き五千円なんだよな。確かに高いけど、元の世界の高級牛にも匹敵する味だから多分ボッタクリではない。
「アンタいい加減にしなさいよ。クラウンランクにタカる悪女なんてレッテル貼られて見なさい。パーティ解消するわよ」
「わぁー!? だめだめ! シェリアに居なくなられたら冒険者できないよ!?」
シェリアに抱き着いくユールルにクロユリが笑いだし、和やかな時間が過ぎていく。
やがて十五分くらい待っていると、一台の馬車が門から出てきた。
さっきの小屋にあった看板と同じマークが書かれている白い幌馬車で、二頭の馬が繋がれている。
「アンタらがディル峡谷行きの冒険者かい?」
手綱を握る茶色の甚平を着たふくよかなオバチャンがニカッと笑ってきた。
肝っ玉母ちゃんって感じだな。
「そうよ。三人と一匹、ディル峡谷まで」
三人は見えても、一匹が見えなくてキョロキョロするオバチャンに、クロユリがクロークを解除した。
急に現れたクロユリにビックリするけど、すぐに俺のパートナーだと理解してくれた。
「じゃぁ銅貨八枚だね。往復するなら待機代も含めて銀貨二枚だよ」
うげ、交通費だけで一万もするのかよ。
クエスト報酬が銀貨六枚だったから、馬車代引いて三人で割ると銀貨一枚と銅貨三枚弱だぞ。
「いいのよ。討伐証明の部位以外は別途で報酬が出るの」
シェリアさんが言うには、討伐した証明をする部位を剥ぎ取った後、高額で売れる部位も別で剥ぐのだとか。
丸ごと持って帰ればロックドラゴン一匹金貨三枚は稼げるけど、乗せられる馬車が無いから残りは放置するのだとか。
「なんか勿体ないですね。リルフが居れば持って帰れるのにな」
リルフは影の中に物を入れておけるスキルを持っていた。
専用の馬車が無くてもリルフが居ればロックドラゴンもヘヴィバードも丸っと持ち帰れるのに。
残念に思いながらオバチャンに銀貨二枚を渡して幌馬車に乗り込む。
日差しを幌が遮り、風通しも良いため結構涼しかった。
そして馬車が動き出して景色が動く。
その様子がなんだかたまらなく楽しく思えて、テンションが上がった。
そうだよこう言うのだろ冒険者ってさ。異世界召喚ってさ。
森の中に召喚されてドラゴンに喧嘩を売ったけど、コッチが先だよ。
馬車に揺られて冒険しに行くのが先だったんだよ。
今更ながらに異世界を冒険すると言う喜びにうち震える。
「到着まで暇ですね? 何かお話します?」
クロユリが行儀よく座って提案すると、シェリアが頷いた。
「ディル峡谷は遠いからね。討伐に時間をかけると日を跨ぐわよ」
「うわ、ルシールさんに何も言ってないから速攻倒さなきゃ」
イザとなったらレクシールに使った技も使う事を辞さない。
「ところでクロユリちゃん。どこまで行ったの?」
ユールルが楽しそうにクロユリに抱き着いた。反動で馬車が揺れたが誰も気にしない。
「えーと、僕とルーちゃんがマモルさんと婚約出来ました!」
いったい何の話かと思ったら、クロユリの言葉で俺が吹き出した。
ホントに何の話してんの!?
「うひょー! マモルくんやるじゃんかー!」
「へー? 君狼もイケたのね」
ニヤニヤしてる二人の視線から逃れるためにクロユリの後ろに行って丸くなる。
なんで、なんで急にこんな話しになるの?
「クロユリちゃん良かったねー! マモルくんがイケる人で!」
「ありがとうございます。でもルーちゃんにも迷惑掛けそうなので、僕が人間に変身出来る方法が見付かるまでお嫁さんになれないんです」
散々からかわれ、顔が真っ赤になった俺を玩具にしていた二人から解放される頃には、日が大分傾いていた。
ホントに討伐を速攻終わらせないと日が暮れる。
「任せといてー! イザとなったらワタシが魔法で全部吹き飛ばすから!」
「全部吹き飛ばしたら討伐証明出来ないじゃない」
ユールルは毎日魔法の特訓をしていて、威力だけならかなりの物らしい。
「火属性をもう少し強くしたいんだけどさー、これ以上イメージの仕方が分からないんだー」
「イメージ?」
「うん。魔法はね、詠唱式······。いわゆる呪文を唱える事で発生するのは分かるよね?」
分かるよね?って言われても、俺魔法見たことないんだよなぁ。
「それで、呪文を唱えると魔法その物は完成するんだけど、その威力は術者のイメージに拠るんだ」
例えば、炎を放射する魔法を使う時に、術者のイメージで火炎放射する魔法や火の玉を連射する魔法になったり、差が出るのだとか。
「おおよその形は呪文で決まるんだけど、その中身は術者としての魔法に対する理解度が影響するんだ」
ユールルは、とにかく魔力を吸って大きく強くと漠然にイメージして使っているけど、そのイメージでは限界が来てるらしい。
「んー、炎を強くするって言っても、酸素増やすくらいしか無いよなー」
燃料を増やすより酸素を増やす方が火が強くなったと思う。
そんな事を口に出した俺に、ユールルは縋るような目をした。
「サンソ? マモルくん何か思い付いてるの?」
袖を引っ張る彼女は、さっきまでの楽しそうな雰囲気など微塵も無く、ただ必死さだけは伝わる。
装備している大きめのポーチから、指揮棒みたいな物と薄汚れた小さな羊皮紙の手帳を取り出して渡された。
「これ、素質のない人でも低級火属性魔法が使える魔具なの。これでマモルくんの一番強い火のイメージでこの詠唱式を唱えてみて欲しい」
手帳を開くと、中にはビッシリと魔法の研究が乗っていた。
その中の一文を指さされ、言われた通りにしてみる。
馬車の一番後ろに行き、外に向けて指揮棒型の杖を構えてイメージを固めた。
酸素調整なんてクソ喰らえ。ありったけの酸素を食わせたバーナーを頭に思い浮かべて口を開く。
「[火よ灯れ]」
その途端、杖の先から三十センチ程の火柱が出る。
体の中から何かが抜け落ちていく感覚と共に、杖から迸る炎が空気に熱を伝え、俺を襲ってくる。
「うぉっふ!?」
危うく杖を落としそうになるけど、その前に俺の中の抜け落ちる何かが空になって、同時に火が消えた。
そして急に体が怠くなって、気持ち悪くなる。
尋常じゃない気持ち悪さに、バッグからエリクサーを複製して一気飲みした。
「ぷは······。なんだ今の。きっつ······」
エリクサーの効果で、体の怠さも何かが抜け落ちた感覚も無くなったが、いったい何だったんだ今の。
アレかな、魔力的な物を使い切った症状だろうか。
だとしたら、俺の魔力少なくね!?
「······なに、今の?」
声に振り向くと、泣き顔のユールルが居た。
信じられない物を見た顔で、幌馬車の中を四つん這いで近付いてくる。
「なんでただの着火魔法であんな威力になるの!? マモルくん何したの!?」
必死な顔で俺に縋りつくユールルの様子は普通じゃ無かった。
いつも飄々としていた彼女は居らず、代わりにただ希う女の子が居た。
「教えて! 何を思えばそうなるの!?」
あまりの豹変に狼狽えてしまう俺に、抱き着く様に縋るユールル。
そして全てを知っているだろうシェリアさんが俺からユールルを引き剥がす。
「いい加減にしなって。さっきから欲しがってばっかりじゃない。ちゃんと彼にも説明しなさいよ」
引き剥がしたユールルの頭を軽く叩いてため息を吐くシェリアさんは、俺に頭を下げた。
「·········ごめんねマモルくん」
ユールルも少し落ち着いて、しょんぼりした顔で頭を下げた。
「いや、大丈夫ですし、教えるのも構いませんから、泣かないでください」
さっきまで皆で楽しくしていたのに、急に泣かれると困ってしまう。
杖と手帳を彼女に返して、先に事情を説明してもらう。
ユールルは元々、家族代々剣士として生きて来た家庭に生まれた。
しかしそんな家庭にユールルが持って生まれたスキルは『魔導補正』。
魔力を増幅し、魔法の適性を上げる先天性のレアスキルだった。
当然物心ついたユールルが興味を示したのも剣では無かった。
剣士の家系で魔法使いとして産まれてきたユールルは、大事にされ無かったらしい。
彼女は魔法に生きた。魔法の為に生きた。
剣を強要される家を飛び出し、自ら冒険者として生計を立て、魔法学校にも入学したのだと。
「ワタシは、自分が魔法使いとして産まれたことを誇りたいんだ。だから強くなりたい。家族なんて鼻で笑えるくらいに、圧倒的な魔法使いになりたいんだ」
普段からは想像も出来ない覚悟を宿した瞳に、心が揺れた。
「わかった。ユールルには俺の知る限りの『原子論』を教える」




