黒狼の意志2
消毒液、包帯······はもう使い切るつもりで行こう。ガーゼも同じく。
「おい」
釣り針と釣り糸で傷口縫えねぇかな。皮膚病っぽい浅く広い傷だから無理か。
「···おい」
まずは消毒液をぶっかけて、それから普通にガーゼと包帯でいいのか?
「···おい人間!」
「なんだようっさいな!」
再三呼び掛けても答えない俺に、狼は遂に怒鳴った。
「どういうつもりだ!? 何が目的だ!」
「あ? 目的ってだから治療が目的なんだろ」
「そう言う事じゃない!」
声を荒らげる狼。なんか要領を得ないな。なんだってんだ。
「人間が魔獣の治療なんてどういうつもりだと聞いているのだ!」
「怪我してるから治療してる以外に何があるんだこの野郎!」
「だからそう言う事じゃないだろう!」
「じゃぁどういう事だってんだよ!?」
遂には俺までキレ気味に怒鳴ってた。
暫く言い合いしていると、何となく察し始めた。これはあれだな。異世界お決まりの人間とその他の溝とかそんなんだろ。
「アンタの知ってる人間がとうかは知らんよ。俺以外の人間はアンタの思ってる通りなのかもしれんけどさ、俺はそんな知らんよ。一緒にすんな」
いい加減治療を始める。消毒液をぶっかけてー。
「そんな言葉信じらィィィイイイイ痛いだろうがぁあ!」
「ゴフェ!」
殴られた。ゴールデンレトリーバーの三倍は有ろうかと言う巨躯から繰り出される左フックが俺の腹部にぶちかまされる。
すっ飛んで転がって後ろの木に激突して止まる。
「うがぁぁぁ痛いだろバカヤロぉぉぉぉ!」
その場で殴られた腹を抱えながらゴロゴロ地面を転がり抗議する。ダメージは『絶対防御』で無いのだが、やっぱり痛みは無効化されない。
「こっちのセリフだ人間! ぐ、なんだこれは!? 何を私にかけた!? 毒か!?」
「消毒液だよ! 弱い毒を消すためにかける物で、最初に染みて痛いって教えただろ!」
ぐぅ痛い、『絶対防御』が無かったら木に激突したダメージで多分瀕死だよ。
ひとしきりゴロゴロしたあと、いい加減起き上がって、狼に近寄ってガーゼと包帯を取り出す。
「こんどはなんだ!」
「包帯とガーゼだよ。これで傷口を覆ってそれ以上酷くならないようにするんだ」
殴られるかと思ったけど、消毒液が痛いだけで、毒のような効果がない事に気付いたのだろう。
「いや、と言うか人間、なぜ貴様無事なのだ?」
殴られた事を言っているんだろうか?
「頑丈なんだよ」
白のカード。スキルホルダーとか何とか書いてあったし、スキルカードとでも呼ぼうか。
スキルカードの存在が、この世界の常識なのか異端なのかも分からない。隠しはしないが濁しておいた方がいいだろ。
「私はこれでも、ブラックウルフの長だそ。頑丈だから耐えられるとかそんなものじゃ無いはずだ。貴様何者なんだ」
異世界人です。って信じてくれんのかね?
「今はそれより治療が先だろ。ほら足上げて」
器用にくるくる包帯とガーゼを巻いていく。この包帯意外と量あったな。でも足りなさそう。
「あ、そうだ。[コピー]」
三つ目の包帯をぎゅぎゅっと手に詰め込んで、何とか握り込む。そしてスキルを発動させて包帯を複製する。
「···珍しいスキルだな」
俺の手を見ていた狼が、そう呟く。おや、スキルっていうのは結構一般的なものなのかね。
「さっき無傷だったのもスキルだよ。痛みを消せないのが難点だけど」
治療を続けていると、だんだんと狼のテンションも下がり、やがて先ほどの小さく荒い弱々しい息になる。
「これでよし」
幾つか包帯とガーゼを複製して、何とか出来た。役に立つなこのスキル。チート率は低めなのかな。痒いところに手が届く感じ。
「···········」
狼が息を荒く、こちらを見据えてくる。興奮させ過ぎたかな。悪いことしたかも。
カラビナに付いてるコンビニ袋からホットスナック、揚げ鶏を取り出して袋から出す。
「これ食いなよ」
体力回復させる為にも、この揚げ鳥を食べてもらおう。
「これは、なんだ? 見た事がないぞ」
「見たことないって、そもそも人と関わりあるのかよ?」
こんな森の中だ。人と関わりが無いなら人の食べ物ならなんだって見たことないだろ。
「······無くは、無い···じゃなければ人の言葉など不要だろう」
確かに。
「毒じゃ無いだろうな?」
「治療してから毒殺って、意味不明すぎんだろ」
低く唸り、様子を見ていた狼だが、興味があるのか、俺が袋から取り出した揚げ鶏を口にする。
「······知らない味だが、悪く······、無いな」
ゆっくりと咀嚼して、嚥下する。その様子に安堵した。体大きいから、この程度じゃ焼け石に水だろうけど、無いよりずっといいだろ。そこそこカロリーあるはずだしね。
二個目を取り出した差し出す。それも手渡しで口に入れて、三つ目を取り出した。
「貴様の食料だろう? すべて寄越す気か?」
言われて気付いたけど、これこっちの世界でラス一の揚げ鳥なんだよな······。
いや、ここで引っ込めるとか女々しい。あ、まった。
これ何とかコピー出来ないかな。握り込めないけどさ。 小さく切ってから量産?手がベタベタになるけどしょうがないだろ。
何とか抜け道無いかな、とカードを取り出してテキストをスクロールする。 するとまた文面が若干変わってるのに気が付く。
『完全複製』
属性アクティブ
スキルホルダーの手に握れる物を反対の手に複製する
アクティブ式[コピー]
契約者:双月 護
スキルレベル:2
「スキルホルダーの手に握れる物を反対の手に複製する? さっきは握り込める物だったのに、違いはなんだ?スキルレベルも上がってる?」
握りこまなくていい? 握りさえすれば対象になる?
揚げ鳥を紙袋に戻し、少し潰す感じになるが握ってみる。親指と中指がくっ付いて、一応握れてる。もちろん握り込めていない。
「[コピー]!」
反対の手に、紙袋ごと複製された揚げ鳥が生まれる。やべぇ、食料問題も解決したぞこれ。
そのままコピーを連発。二十個くらい揚げ鳥を量産してから、その辺の茂みの大きめの葉っぱをちぎって下に敷く。
その上に次々揚げ鶏を袋から開けていく。
「貴様のスキルは、便利だな。森で容易く生きていけるだろう」
「永住する気は無いけどね」
こんどは遠慮すること無く、狼も葉っぱの上の揚げ鳥をむっしゃむっしゃと食べ始めた。
すっかり冷めてしまっても、まぁそこそこ美味しい揚げ鶏をその後も適当にコピーして食べていく。胸焼けしない若さに感謝。
静かに一人と一匹の夕食が続く中、微かな虫の鳴き声を遮り狼が話しかけてきた。
「なぜ助けた?」
そう言えば最初っからそればっかりだったな。
「そんなに不思議か? 目の前でくっそ可愛いモフモフが血で汚れて弱ってんだぞ? 助けるだろ普通に」
俺はケモナーだもん。
「かわっ!? 何を言っているのだ貴様は!」
めっちゃ動揺し始める狼。いや可愛いもんよ。
犬や猫にも顔付き等差がある。例えば柴犬を一匹一匹見て回ると差が分からないが、ズラーっと横並びに十匹も並べて同時に見てみると、結構違うものなのだ。
人間に分かりづらいだけで、ちゃんと個性が有るのだ。
目の前の狼は、それはもう可愛い。
包帯グルングルン巻いてるから分かりにくいが、毛並みも凄い。
光を一切反射せずに閉じ込めてしまうような深い黒。それなのに艶はハッキリ分かる不思議な毛並み。
顔付きは真っ黒なシベリアンハスキーの様で愛嬌があり、その中で唯一銀色の光を放つ瞳が神秘的な雰囲気を付加している。
尖った耳の裏面辺りは毛が多く、髪の毛みたいで整った綺麗な顔立ちに可愛さをプラスしていた。
ケモナー歓喜のご尊顔だよこれ。
「俺、狼とか狐とか、犬とか猫とか大好きなのよ。傷だらけの狼を助けない選択肢なんて無いね」
俺の言葉を聞きながら、銀色の視線が俺を捉え続けてる。
全てを見透かしそうな銀色。真実を語ったが、もし嘘ならすぐに見抜かれそうな、洗練された瞳。
やがて深くため息をついて、狼が口を開く。
「貴様は変わっているんだな」
弱々しい声音から、すこし回復したように力強さが戻った声で、そう言われる。
すぐに街を目指す当初の予定を遥か彼方に投げ捨てて、俺は狼を看病しながら森で少し生活することにした。
やはり皮膚の傷は病気の様で、大分進行しているようだ。
「私の名前はリルフ。昔森に来た人間がそう名付けた」
夜が明け、自己紹介をするとリルフがそう名乗った。
リルフはこの森に住むブラックウルフと言う魔獣の長なのだそうだ。
しかし病に侵され、群れに感染させないように、次の長を決めて群れを離れたらしい。
ブラックウルフは魔獣の中でもなかなか強い方で、普通の人は絶対敵わないレベルだそうだ。
この世界には冒険者のギルドがあり、そこの中級の手練が5人以上揃ってやっと単独のブラックウルフを狩れるらしい。
しかし、ブラックウルフは基本群れで生活するため、人間にとってはアンタッチャブルな魔獣の一種なのだと。
いろいろ聞いているうちに、疑問が湧いてくる。
「リルフ、随分と人間に詳しいんだな?」
初対面のあのセリフ。要は永眠させてやろうか?って事だった。人間が嫌いなのかと思っていたから、人間に詳しかったり、人に名付けられているのが不思議だ。
そう聞くと、バツの悪そうな顔をするリルフが答えた。
「私に名前を付けた人間が、フタツキの様な変わり者でな。いろいろ聞かせてきたのだ」
名前を付けた癖に、自分は名乗らなかったらしい。リルフも、「おい」とか「人間」って呼べば済んだから気にしなかったようだ。
「そいつは、何しに森に?」
「さぁな。気まぐれだったんじゃないか」
ブラックウルフが住む森には、基本的に人間は近付かない。群れのブラックウルフに見付かったら勝てないからだ。
ブラックウルフとしては、人間の徒党を組んだ時の力を知っているから、見掛けても襲ってこない限り何もしないそうなんだが、種族としては凄まじい能力だから触らぬ神になんとやら、って事なんだろうな。
それから軽く仮眠を取った。そして起きた後、リルフに聞いた近くの川に来ていた。今日の食料調達だ。
川に着くと、近くの木にサバイバルナイフで最後の目印を付けて、バッグから振り出し式のコンパクトロッドとコンパクトリールを取り出し、慣れた手付きで仕掛けを付け始める。
来る途中ちょこちょこ目立つ所に印を付けてきたから迷わないで帰れるだろう。
川を見ると、十五メートル位の川幅がある立派な川だ。縁の下五センチくらいの所に水面があり、薄い緑色の水が流れてる。汚れているのかとも思ったけど、透明度はまぁまぁある。何か別の要因で緑色なのかも知れない。
深さもそこそこ。でもイメージしてたより流れが緩やかだった。
これなら浮き付けてもいいかな。
手早く仕掛けをセットして、疑似餌の切れ端を付ける。疑似餌は細く小さ目に、小さいミミズのようにカットしてある。
川の中心くらいに仕掛けを投げ込む。
餌が落ち、浮きが安定した瞬間、浮きが沈む。
入れ食いはいいねぇ!人の来ない川最高!
すぐに竿を上げて、合わせる。 こうする事で魚の口に針を刺すのだ。
「お? 結構引くな。でかいのか?」
元の世界なら、釣りをする時に専用のネットも持って行くが、異世界には流石に邪魔なので置いてきた。だからあまり大物過ぎても抜き上げられなくて困るんだよなぁ。
ばじゃばしゃと魚と格闘して三分くらい、粘るなぁと思いながら何とか岸に寄せる。
三十五センチくらいの魚が見えてきた。この大きさなら抜き上げられるけど、このサイズであそこまで粘ったのか?
「異世界の魚すげぇな」
そのまま抜きあげると、水面から出た瞬間魚の色が薄緑から薄紅へとガラッと変わる。
あまりの変化に魚を落としそうだった。
暴れる魚を、川に来る途中歩きながら作った草をよりあわせた簡単な紐を、薄紅色の魚の両方のエラに通して口から出して、紐を近くの木に吊るす。
それからまた川に仕掛けを投げ入れる。そしてまたすぐに浮きが沈む。
「入れ食い最高!」
「スキルで増やせるから、少しだけ取ってくるのでは無かったのか?」
ジト目のリルフに言われる。
「いやー、楽しくなっちゃって」
俺の手には十匹ほどの薄紅色の魚が吊るされてる。
この魚、匂いが薄いわ引きが強いわ入れ食いだわで、十匹も釣ってしまった。ホントは二匹程度で帰る予定だったんだけど。
「話より遅いから、魔獣にでも襲われたのかと思ったぞ」
ため息と共に大きな狼、リルフが脱力したように丸まってしまう。家犬みたい。
「心配してくれたん?」
「ふん···」
そっぽ向いたしまった。
そこから、石を組んで薪を集め、松ぼっくりのような木の実と、藁っぽい枯れ草をほくち代わりに入れて、 ファイアスターターで火を付ける。
徐々に火が強くなり、立派な焚き火になる。
サバイバルナイフで腸を取り出した薄紅色の魚を、落ちてる枝をナイフで削った串に打って焚き火に刺す。
時間は昼頃っぽいな。
「ちょっと寝床作りたいから、火の番しててくれる? 焦げそうだったら呼んで」
リルフにそう言う置いて、良さそうな場所でロープを取り出した。
リルフが寄りかかっている大木。その前にリルフと焚き火。
焚き火を挟んでリルフの正面にある大木の根本に、ひらべったい岩があった。
この岩、なんと若干柔らかいんだわ。
昨日リルフと揚げ鶏食べ終わったあと、何の気なしに座ってみたら少しふかふかしててビックリしたよね。
なんか魔獣の擬態?とかかなって思ってリルフに聞いたら、別に珍しい物でも無い岩なんだと。
なんでそんな事も知らないんだ?と怪しげな顔をされたけど、知らないものは知らない。
この岩の横に拾ってきた太めの木の枝を刺していく。
四方を囲って、補強して、縛る。枝と枝を繋いで縛って、簡易テントの様な骨組みが出来上がげ、あとは釣りに行く時に見つけた葉っぱをー······。
「フタツキ、焦げるぞ」
「ダメダメダメダメ!」
急いで焚き火に戻る。
薄紅色の魚は、焚き火で炙ることにより、川魚特有の生臭さなど微塵も感じない、それはそれは素晴らしい香りを放っていた。
「······フタツキ、早く食うぞ」
リルフがもはや魚しか見ていない。
俺も魚しか見てない。いやズリぃよこの匂い。なんだよ。魚特有の旨みを含んだ油と、ジューシーそうな牛肉の香りもするぞ。
味が想像出来ない。
「フタツキ! 早く!」
焚き火から少し離した場所に指し直してから、数本の串を手に持つ。
「[コピー]」
三本一気に握っていたから、三本ずつ増えていく。例によって皿は葉っぱだ。
どんどん増やしてどんどん串を抜く。じゃんじゃん並ぶ焼き魚にかぶりつくリルフ。
「······フタツキ、これ凄まじいぞ」
暫く咀嚼して、やっと嚥下したリルフが半ば方針状態でそう言う。
若干口調が砕けたリルフ。それほど迄にインパクトがあったのか。
とりあえず俺も食おう。
複製用の串を残して、残りを串のままかぶりつく。
「フタツキ、明日も頼むぞ」
まだ会って二日なのだが、このほっくほくのリルフは多分レアなのだろうと思う。
「あぁ、群れが移動してなきゃ簡単に釣れると思うよ」
俺はテントの残りを仕上げながら、快諾した。
魚の味は結論から言うと「ヤバイ」の一言に尽きた。
まず、匂いの通り牛肉の様な味がした。
肉質も魚と牛肉の半々と言ったところで、どうやら純粋な魚ではないのかもしれない。
牛肉の旨み。魚の油。そして完全に別物の食感。
調味料など不要とばかりに口の中を旨みと風味で暴れ回る。ほっくりジューシーな肉。
臭みも全くなく、リルフと心ゆくままにコピー&イートしていたら、周りが魚の骨と串だらけになっていた。
そんな事を思い出しながら、最後にトランプのエースの様な形の葉っぱを骨組みに数枚ずらしながら乗せて寝床は完成した。
リルフはご機嫌で、腹いっぱい食べて体力も戻りつつあるのか、出会った場所から一歩も動いていなかったのに、今では俺の寝床の隣まで歩いてきていた。
「肉を焼くと言う人間の文化は、理解出来なかったのだが、今日は思い知った。あれは凄まじいな」
「そうなー、あれはちょっと美味すぎる」
人間が食材に火を通すのは、細菌や寄生虫など衛生面を気にしての事だと思うが、それは置いておこう。
「あの魚は、私達ブラックウルフも時折口にするが、あまり美味くなかったのだ」
なんでも、あの川は寒い時期でも凍らず、水温も変わらないと言う。そのため、食料の枯渇する冬などでも安定して食料が手に入るのだとか。
あの薄緑の水の効果なのか。水温が維持されるから冬など川から湯気が出っぱなしになるらしい。
と言うか四季があるのかここ。
「飢えなくても済むのだから有難い話なのだが、なにぶん美味くない。ブラックウルフでもすすんで食べる個体は居なかったよ」
リルフは俺が魚を持ってきた時、正直ガッカリしたらしい。
そんな経緯からか、焼くことによって劇的に美味くなった魚に俺よりも驚いていたみたいだ。
俺は初めて食べるから、ただ物凄く美味いだけだもんな。
「我々も自ら火を起こせる魔獣だったら、何時でも食えるのか······」
そんな事を呟きながら、リルフが俺を見る。
「フタツキ、森に永住しないか?」
「しないってば」
随分気に入られたようだ。いや、気に入ったのは魚の方か。
それから、眠くなるまでは色々聞いた。
俺はまだこの世界に来て2日目。本来なら街に行って情報など集めて自分の立ち位置を決め始めなければ行けない時間を、俺は森でサバイバルして狼と語り合っているのだ。今手に入る情報だけでも全部欲しい。
「フタツキは、不思議な道具を持っているのに、当たり前の事を全然知らないのだな」
もう疑うような視線は全く無いが、不思議は不思議なのだろう。
リルフからの情報をまとめると、この森自体は大きいのだが、森さえ抜ければ人の街も近くにあるのだと。
この世界は異世界召喚のお決まりの文明レベルで、魔法が存在する。その魔法が文明の発展を阻害してるきらいが有るみたいだ。
そして、魔法とは別にある不思議な力。
「スキル、か」
「スキルには、先天性と後天性があり、先天性は所謂種族としてのスキルだ」
つまり、例えばドラゴンであれば、火を吐くスキルを先天的に全員が持っていて、後は後天的に追加のスキルを個体ごとに持っている。
「だいたいその解釈であっている」
さらに、後天性スキルは言わば個人技の集大成で、剣士が剣技を磨くと剣技に関わるスキルが身に付いたりするのだとか。
「だから、後天性か先天性かは、スキルの効果でだいたい分かるのだ。火を吐くスキルなんて後天的に身に付けられないだろう?」
そりゃそうだ。
「まぁ絶対ではないのだが。例えば生まれながらに後天的に身に付けるスキルを持っていたとしたら、それは後天性スキルを先天的に持っている、所謂天才なのだろう。後は特殊な環境で育ち、先天性スキルを後天的に得てしまう事も無いじゃ無い」
その辺ややこしいな。
先天性スキルと後天性スキルは、断然先天性スキルの方が強いのだとか。
「フタツキの持っているスキルカードに、スキルレベルと言うものが有るだろう?」
先天的にスキルを持っていると、当然生まれた時からそのスキルと一緒に育つわけで、スキルレベルが上がりやすい。
スキルはそのスキルを使い込み、本人の理解度が進むことでレベルが上がるのだとか。
ただ乱発すれば良い訳では無いらしい。
「スキルカードと言うものは、スキルホルダーが死ぬ時に魂から剥離するゴールドと、生きたままスキルの一部を剥離するシルバーがある」
不意に、リルフの視線が俺の尻にむく。
「私は白いスキルカード等見たこと無かったが······」
揚げ鶏を複製する時に、俺はリルフの前で『完全複製』を取り出している。
「あー···頑丈になる方は、黒···なんだけど」
「聞いたことが無いな」
リルフが俺の目を見る。もうすっかり暗くなった森の中で、銀色の美しい瞳が真っ直ぐに見つめてくる。なぜ助けたのか、静かに聞いた時と同じように。
「フタツキ、貴様は何者なんだ?」
怒っているのではない。前回のように疑っているのでもない。純粋な問い。
答えるべきだと思った。あの瞳には嘘を付きたくない。
「あんまり長くはしないけど、話聞いてくれる?」
次の日の朝。俺はまたも釣りに来ていた。
リルフによると、あの魚は頭さえ取らなければ、絶命しても傷むのが遅いのだとか。
朝から常温で保存しても余裕で夜まで鮮度を保つらしい。
一日くらいなら常温でも傷まないって、おいおいお前は異世界チートの主人公かよ。
沢山簡単に連れて焼くだけで蕩けるほど美味しく、その上傷みにくい。神食材かよ。
リルフも少し動ける様になってきた様で、今日は起きてから包帯も替えて消毒し直した。
それから「魚だけだと、人間には良くないんだろう?」と言って、今日は木の実を取ってきてくれるらしい。葉っぱで簡単なバッグを作ったら咥えて行った。
······昨日寝る前に話した事に、リルフは目を見開いたが、疑いはしなかった。
魔獣に対する態度や、常識を知らないところ。不思議な道具を持っているところも、すべてそれで説明が付いてしまうのだから、むしろ納得と言った様子だった。
初めて会った相手がリルフで良かったな。
今日は入れ食いとは行かず、数を釣るのに時間がかかった。現在十五匹くらい。そろそろ良いかな。
魚を一旦全部木に吊るし、竿を片付け始める。
すべて片付け、最後に竿を仕舞おうとした時に、対岸の茂みから音がし始めた。
ガサガサと、何かが茂みをかき分けて来るような音。
川を挟んでこちら側は、あまり草が無く、代わりに向こう側は俺の身長くらいの草がビッシリ生えていて、川から一メートル離れたところから繁っていた。
少し緊張する。ヤバイ魔獣とかだったらどうしよう。
まだ異世界三日目。魔獣は、と言うか陸上生物は未だにリルフしか見たことが無いぞ。
ガサッ···
そして茂みから出てきたのは、二頭の黒い狼、ブラックウルフだった。
本人に聞いてないんだけど、多分リルフって雌だと思うんだよね。で、目の前の二頭はどちらも雄って顔してる。
て言うか若干股間にブラブラしてる物が見えてんだよね。
リルフは自分を長だと言った。なるほど、確かにリルフは長だったのだろう。目の間のブラックウルフと大きさが違う。
リルフがゴールデンレトリーバーの三倍くらいなのに対して、前に居るブラックウルフはゴールデンレトリーバーの二倍前後だ。
「·········」
ブラックウルフが、二頭ともこちらを凝視している。なんか様子がおかしい。
竿を仕舞おうとしてた手が動かせない。変なプレッシャーを感じる。
やがて値踏みが終わったかのように、俺から見て右のブラックウルフが口を開く。
何か話があるのかな、と少し安心してしまった。そんな気が緩んだ瞬間、左のブラックウルフが一気に川を飛び越えた。
「んな!?」
「······!?」
俺と、右に居たブラックウルフまでビックリしてるのが分かった。
飛び掛ってくる左のブラックウルフは、見事十五メートル川幅を難なく飛び越え、二つ目の跳躍で俺に牙を剥いた。
「グルルルルァァァア!!」
「ちょ、ま!?」
咄嗟に手に持っていた釣竿で防御しそうになる。が、これはだめだ。
俺自身は『絶対防御』があるけど、釣竿にはそんなの無い。異界から持ってきた唯一無二のアイテムである。壊されたら複製しても意味がない。壊れた状態で複製されるだろう。
すぐに竿とは反対の腕を突き出し、ブラックウルフに噛ませる。『絶対防御』があるからダメージは無い。ただ死ぬほど痛いだけだ!
死ぬほど痛いだけだよ!
「グルァァア!」
「痛い痛い痛い痛い痛いぅわぁぁあ!?」
信じられないくらい痛い。なんでこの痛みで腕千切れてないの?
「待てって! ブラックウルフは言葉が通じるだろ!? 話聞けって!」
血走った目で必死に俺の腕を喰いちぎろうとするブラックウルフ。ダメダメダメダメまじで痛いの!
リルフの家族かも知れないけど、これはやむを得ないだろう。バッグの外付けカバーからサバイバルナイフを抜く。
でも、リルフどんな顔するかなー、って考えると、ナイフを振り下ろせなくなる。
元気になってきたのに、落ち込ませたくない。
『絶対防御』のおかげで、いまだ服や装備以外は無傷。しかし痛覚はフルスロットル。
痛みで脂汗が出てくる中、リルフ来てくれないかなーなんて考えながら、痛みが限界を迎える。
「んの······、いい加減に」
「いい加減にしなさい馬鹿兄貴!」
残った右側のブラックウルフが突っ込んで来た。
物理的に。
鈍い音がしたなと思ったら、俺の目の前には血走った目ではなく、銀の目の狼がそこに居た。
「愚兄が申し訳りません」
リルフと同じ銀の瞳が、俺を見抜く。
その口から言葉が舞う。
「人間さん。少しだけお話よろしいですか?」
頷くしか無かった。




