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スキル×カード  作者: 村上 瑠留
3/35

黒狼の意志3

 

「まず、兄の非礼をお許しください」

 静かに頭を下げる弟狼。

 弟くんは黒く毛深いドーベルマンの様な顔立ちで、雰囲気は落ち着いた若い紳士と言った感じ。

 全体的な毛並みはリルフと同じで、光を吸い込む様な漆黒なのに、品のある艶が見える。

 兄貴の方は弟の体当たりで吹き飛び、俺の背後の巨木に打ち付けられて気絶していた。

「それより、話って?」

 ぐでーっと横たわる兄狼を一瞥、すぐに向き直り話を促す。

「あ、はい。ご存知かと思いますが、我々はブラックウルフ。今は病気で群れを離れた長を探して森を移動しています」

 長というのは、間違いなくリルフの事だろう。次の長候補を決めてきたって言っていたのだが、問題が起きたらしい。

「長は、病気の感染を気にして次の長候補を決めると、すぐに行方が分からなくなってしまいました」

 そして、長候補になった狼は、長の補佐としては有能だったのだが、いざ頂点にたつとポンコツだったみたいだ。

 まぁ長の補佐と実際に長になるんじゃ、そりゃ違うよな。

「長候補の指示通りに群れを動かしても、群れは飢えていくのです。敵対している魔獣も居ますし、このままでは······」

 腹ペコの今を他の魔獣に攻め込まれると、最悪壊滅の危機もあるわけだ。

「ですので、どうにか長にお戻り頂こうと、数頭の同胞でチームを組み、森の中央にある縄張りからそれぞれ方角を変えて捜索に出てきたのです」

 丁寧に説明をしてくれる弟くん。助けてくれたし、物腰も柔らかい。かなり好印象だ。

「この付近に長の痕跡を見つけたのは良いのですが、昨日の日が高い頃に、凶悪な匂いが森を包んだのです。その匂いが強すぎて匂いの元も分からず、その日の探索を断念したのです」

 昨日の時点でこの付近に居たのなら、その匂いは俺も感じたはずだ。日の高い時から探索を辞めざるを得ない凶悪な匂い?

「凶悪な匂い?」

「はい、凄まじく空腹を刺激する、飢え気味の我々には下手な毒より凶悪な匂いでした」


 あちゃー······。


 つまり、昨日の焼き魚の匂いで空腹なのに食欲が爆発して、動けなくなってしまったのか。

「アナタから長の匂いと昨日の匂い、どちらも感じられるので、是非お話を聞かせて欲しく思い接触しました」

「アイツが襲ってきたのは?」

 倒れてる兄狼に視線を投げ、問いかける。

「長に何か危害を加えたと思ったのでしょう。昨日の匂いで気も立っていましたし」

 つまり、リルフの匂いが付いてる上に、自分達を行動不能にした匂いまで漂わせた俺に対する考えが、見事に別れたのか。

 弟くんは長の手掛かりを聞こうと。

 兄は長の仇討ちの様なつもりで。

「長ってリルフの事だよね?」

 弟くんに確認を取る。すると目を輝かせて頷いてくれた。

「はい! その名を名乗るのは、我々の群れの長で間違いありません!」

「だったら、結論から言うと無事だよ。山ほど食料も提供して、簡単だけど治療もしたから」

 事実を伝えると、弟くんは目を輝かせて喜び、その後とても優しい笑顔になる。

「群れを代表して、お礼を言わせてください」

 弟くんの話だと、リルフの病気はやはり皮膚から発生し、強力な病原菌がどんどん穴を開けていくのだと。そこから体液が垂れ流され、体力を奪われる。奪われた体力で狩りもまともに行えず、ろくに食えないのでは体力も回復出来ない。

 そんな見事な悪循環に陥ってしまったリルフを群れの皆も心配したようだが、群れの掟では上の者が下の者の餌を奪っては行けないとされていて、弱っていくリルフに食べさせることが出来なかったという。

「力を持つものは群れを守る者で、害する者に身を落とさない為の掟なのですが······」

「それが今回はリルフの首を絞めたんだな」

 悲しそうに頷く弟くんの表情は、掟に縛られ、リルフが弱っていく様を見ているしか出来なかった後悔が滲んでいる。

「なので、群れの掟に縛られない、人間であるアナタが長に食料を分けてくれた事に、本当に感謝の念しかありません」

 食料を分けたと言っても、複製した奴だから別に痛手でも無いし、ここまで感謝されると少し罪悪感があるな。

「ちなみに、昨日匂いはもしかして、長にわけて頂いた食料のものなのでしょうか?」

「良かったら君も食べていく? 今日も同じやつだし、リルフにも会えるしさ」

 暗に肯定して、お誘いする。

 空腹の中を頑張ってリルフを探していたのだ。クエストクリアの御褒美にお腹いっぱい食べても罰は当たらないだろ。

「よ、よろしいのですか······?」

 リルフに会えるより、飯が食える事の方が若干嬉しそうな弟くん。むしろモフモフが増えるのは大歓迎だろ。

 快く迎えようと口を開く、が、声が出ない。出せない。

 背後から急に殺意が爆発したからだ。


 ジャリッ······


「よろしいわけ、無いだろうがぁ!」

 背後で目覚めた兄狼が叫び、先ほどと同じ様に、俺に向かって牙を剥いて飛び掛ってくる。

「辞めなさい!」

 俺の首元に迫る顎を、弟くんが右前脚でぶん殴る。

 殴られた衝撃で兄狼は軽く吹き飛ぶも、一回転して少し離れた所に着地する。

「何をする!? 人間に味方するのか!」

「この方は長に食料を分け、治療までしてくれた方です! 害する事は罷りなりません!」

 俺と兄狼の間に立ち、俺を守るように声を上げる弟くん。いい子やぁ!

「そんな証拠どこにある! 言うだけなら誰でも出来るだろう!」

 激しく言い合う二頭の狼。その話は平行線で、永遠に続きそうだ。狼だから叫ぶ事に慣れているのか大声で怒鳴り合い、その話は終わることが無い。

 三分ほど聞いていたけど、もう何か飽きたわ。もういいよ。

「あのさ、ちょっといいか?」

 このままでは夜になっても終わりそうもない。そもそも二頭ともお腹減ってんだろ? こんな事でカロリー使っていいのかよ。

「俺が嘘ついてるかどうかはさ、リルフに会ってから決めれば良くね? 会えなきゃ嘘って事だしさ」

 そもそも今話し合っても意味がない。リルフがこの場に居ないのだから証明しようも無いし、今証明しなければ行けない理由も無い。

「そうですよ! 彼の言葉が真実だった場合、彼を殺した後にどの面下げて長に会いに行くのですか!?」

 俺の言葉を追って弟くんも言葉を重ねる。『絶対防御』があるから殺されないけどね。

「ぅぐっ······」

 反論出来る材料が無いのか、吠える口が止まる。

「義理堅い長の事です。恩を受けた彼を害した我らを、長がどの様に扱うのか分からないとは言わせませんよ」

 段々と、青くなって言葉を失っていく兄狼。

「彼の言葉によると、今日も彼が長の食事を準備してくれるとの事ですが、そんな彼に牙を剥くのですか? 昨日の匂いの元だそうで、長も楽しみにしているそうですよ?」

「ぅぬぅ······」

「我々にもくださると言ってくれたのですよ? お腹減ったでしょ?」

「············」

 黙って動かなくなったので、今のうちに残りの片付けをする。と言っても竿を仕舞うだけなのだけど。

 やがて腹が決まったようで、リルフと同じように丸まって、そっぽを向く。

「勝手にしろ」

 兄狼の近くで小声で何やら説得を続けていた弟くんが、ニコニコとこちらに歩いてくる。

「話がついたので、行きましょうか」

 弟くんが爽やかに言い放つ。まぁほっといても歩き始めたら兄貴の方も付いてくるだろう。

 吊るしておいた魚をすべて背負って目印を追って帰る。

「そう言えば、名前とかあるのか?」

「いえ、同胞の中でも、名前があるのは長くらいですね。あ、逆にお名前伺っても?」

 長だから名前があるんじゃなく、例の変わり者が一方的にリルフに名前を付けただけなのか。

「俺は双月護。一応双月が家名ね。護が名前」

「家名があるという事は、マモルさんはどこかの貴族か何かなのですか?」

「違うよ」

 弟くんと歩きながら言葉をかわす。会話があると歩く道もなんか変わって見えるから不思議だ。

 後ろを見ると、兄狼が五メートルほど離れて付いてきていた。目が合うと睨まれる。

「んー、名前ないと呼びづらいな。何か付けていい?」

 頭の中でも兄狼とか弟くんとか、なんか呼びづらいし、口に出す時もっと困る。

「······名前を、······頂けるのですか?」

 キョトンとした顔で立ち止まる弟くん。

「いや、人間に名付けられるなんて嫌かも知れないから、あだ名見たいなやつでもさ」

「いえ、長の恩人に名付けてもらうなど、むしろ名誉でしょう。喜んで拝命させて頂きます」

 嬉しそうな、と言うより憧れを帯びた表情で見つめれる。リルフの名前が羨ましかったのかな。

「リルフと似た感じにする? それとも全然違う方がいい?」

 リルフを大切に思っているみたいだし、家族っぽさが出た方が嬉しいかと思ったのだけど、

「いえいえいえ、長の名前に似せるなど、若輩の我々には畏れ多い事です。出来れば違う物をお願いします」

 喜んで貰おうと思ったのに、恐縮させてしまった。むう。

 ブラックウルフ。黒色の狼。連想する言葉を頭に並べていく。

「あ、参考までに、どっちも雄だよね?」

「え? いえ、兄は雄ですが、僕は雌ですよ」

「え!? だって川の向こうにいる時、股にブラブラしてる影が見え······」

「え!? 無いですよ! 尻尾じゃないですか!?」

 黒くて分からないけど、多分赤面して慌てている。うわー、ずっと弟くんって思ってた。

「ごめん、ずっと心の中で弟くんって呼んでた···」

「············確認しますか?」

 ぷるぷる震えてる弟く······、否、妹ちゃん。罪悪感が凄まじい。

 いくら狼でも、女の子の股ぐらを確認するのはどうかと思うし。

 昨日だって犬にも個性が云々、顔付きがどうのとドヤ顔してたのだ。死にてぇ。

「なぁ、兄貴の方。一発殴ってくれ」

「はぁ?」

 歩いてきた道を戻り、兄狼に近寄っていく。さぁ殴れ。俺を罰してくれ。

「ちょ、マモルさん! 大丈夫ですからぁ!」

「それじゃ俺の気がすまん! レディに何たる無礼を···!」

 一人と二頭でわちゃわちゃする。兄狼も逆に不気味がって殴ってくれない。なぜだ!


「············フタツキ? 何事だ?」


 もう寝床の近くまで来ていたようで、焚き火跡の隣でジト目をしていた。

「リルフ! 俺を殴れ!」

 リルフに向かって走りだす。リルフはその様子をジト目で見据え、深いため息を吐く。

 残り一メートルを切った辺りでリルフの右前足が俺の腹に炸裂する。

「ゲブラッ···!」

 体が宙を舞う。くるくると回転し重力に引かれ、やがて母なる大地に激突する。

「ガッハァッ!」

「······これで満足か?」

 そう言いながら、敷いてある葉っぱを器用に左前足でずらし、落ちてくる魚の束の下に移動させる。

「長!? マモルさんが!?」

 妹ちゃんが倒れて痛みに悶える俺に駆け寄ってくる。

「なんだ、お前達。私は探すなと言い置いただろう? 何しに来たんだ」

「今はそれよりマモルさんが!?」

 肉球を備えるりょう前足で俺を揺らす妹ちゃんが涙目でリルフに訴える。

「フタツキはスキルで頑丈なのだ。痛いだけで恐らく無傷だ」

 完全に状況から置いていかれた兄狼も訳が分からないと顔に出ている。

「これで······、いいんだ······、これ······、で」

「マモルさぁぁぁぁん!?」

「フタツキ、痛みが引いたら食事にしよう。木の実は色々取ってきたぞ」

「············なんだこれ」



 痛みが引いた後は、いつも通り手早く焚き火を準備する。

 その間に妹ちゃんと兄狼がリルフに報告を済ませる。

 リルフは感染を気にして余り近寄らせなかった。消毒液がよほど効いたのか傷も驚く程に早く治ってきているし、感染はしないと思うけどね。

 なんか色々あったけど、朝から釣りに行ってたからまだ昼頃だと思うんだよね。

 夕食用の魚もある程度残しておいて、残りの腸を処理する。そしてリルフがついでに取ってきてくれていた、魔獣の棘を串代わりに魚に打っていく。

 串を打った順に焚き火に刺していく。すぐさま香ばしい匂いが漂い初めて、二頭の視線は焚き火から離れなくなる。

「これは······」

「ぐぅ、腹がぁ······」

 二頭とも空腹が限界を超えたようで、うずくまって動かなくなる。

「残りの報告は食事の後に聞こう。このままだとお前達がおかしくなりそうだ」

 昨日既に味わっているリルフは余裕がある。

「リルフ、先にその子達に食べさせていい?」

「もちろんだ。分けて貰っているのはコチラなのだから」

 快諾してくれたリルフだが、すぐに妹ちゃんが体を起こして反応する。

「待ってください! 長を差し置いて先に頂くなど出来ません!」

「でも、そんな空腹で死にそうな顔してる同胞の前で、リルフもゆっくり飯食えないと思うよ?」

 焼き上がりをみて、食えそうな串を三本ほど見繕う。

「私は既に昨日食べている。遠慮せずに食べるがいい」

「でも、量も三頭満足に食べれる程では······」

「[コピー]! ······これでいい?」

 三本を複製して串を抜く。いつもの葉っぱの上に並る。そしてまた複製。

「ッ!? え!? どうなっているんですか!?」

 一瞬で量産された魚を見て、訳が分からないと声を上げる妹ちゃん。兄狼も同じ顔をしている。

 まぁ餌が群れ単位で上手く狩れず、飢えいる狼なのだ。餌が一瞬で増えると言うのは理解出来ないだろう。

「これもスキルだよ。条件付きだけど、物を増やせるんだ」

 昨日と同じ、牛肉と魚の美味しいところだけを混ぜたような匂いが辺りを包み、二頭の胃袋に攻撃している。兄狼の方が我慢の限界みたいで、匍匐前進のような動きで葉っぱに近寄る。

「長、ではお言葉に甘えて頂きます」

「兄貴!」

「逆だぞ、我らが口にしなければ、長が食べれないのだ」

 妹ちゃんも限界だろうに、それでもリルフに遠慮して口にしようとしない。そう言う掟でもあるのかな?

「これさ、提供してるの俺だし、ここは群れの外だからさ、掟とか気にしなくていいと思うよ。なぁリルフ?」

「うむ。と言うか私も食べたいので早く食べろ。命令だ」

 命令とまで言われては逆らえないのだろう。それでもバツの悪そうに恐る恐る口にする。

 兄狼もそれに続いて二匹ほど一気に口に入れる。

「「!?」」

 二頭とも昨日のリルフそっくりの顔で咀嚼を一旦止めてほうける。

 その間に別の葉っぱの上に複製した串焼きの串抜きを十分な量ならべてリルフの前に滑らせる。

 軽く俺に頭を下げてからリルフも魚を口にする。

 昨日とは変わって次々と咥えては咀嚼し、ゴクリと嚥下してまた咥える。

 俺も自分用の串を複製して齧り付く。

 うん。やっぱり美味すぎる。

 その頃にはもうリルフに遠慮とか頭から抜け落ちているのか、二頭のブラックウルフはガツガツ食い進める。明らかに足りないみたいなのですぐ複製で増やしてあげる。

「この魚、あの不凍の川の魚ですよね? こんなに美味しかったですか······?」

「生だと美味しく無いんだってね? 俺生で食えないから知らないけど」

 兄狼の方はもう無我夢中で齧り付いている。もともと俺とは会話したく無いみたいだけど。

「ところで、フタツキ?」

「ん?」

 リルフがある程度食べると、俺を見てくる。いや、正確には俺の袖?

 何か付いているのかと思い自分の視線も袖に向ける。そこには兄狼に噛まれてズタズタになったかろうじて袖と呼ばれる布がある。

「その服の傷みはなんだ?」

 夢中で食べていた兄狼の空気が凍る。妹ちゃんも同じくだ。魚を食べようと開いた顎が閉じないまま時を止めていた。

「まさかとは思うが、どちらかに噛まれたのか?」

 ゆっくりとリルフの首が横に動き、兄妹の方を向く。

 二頭の顔色が土気色になって、兄狼なんて脂汗まで出てきた。

 あれ、狼って顔に汗腺あったっけ? 肉球だけじゃなかった?

「·········どっちだ?」

 初めて会った時の様な、低く迫力のある声で短く呟く。

 妹ちゃんはまだマシだが、兄狼はもはや口を開けたままバイブレーションしている。いやその反応は自供と一緒だって。

「掟では、自衛以外で人間を襲う事は禁止していたはずだ。ましてや私を治療までしてくれたフタツキから手を出すなど有り得ん」

 視線をゆっくりと兄狼に固定し、どんどん低く冷たくなっていく声音に、兄狼のバイブレーション機能は輪郭がボヤけるレベルになっていた。

 いやそれどうやってんの?

「·········お前がやったのか?」

 リルフが言うと同時に兄狼のバイブレーションはピタッと止まり、脂汗が滝のように流れ始める。いい加減可哀想になってきた。

「······リルフ、違うよ。俺がすっ転んだんだよ」

 嘘を付いた。まぁ多分バレてる。だって袖から兄狼の唾液の匂いがするもん。

「······いいのか? フタツキ」

 許していいのか? と言う問いだろう。軽くため息をするリルフの目をまっすぐ見て、ゆっくりと頷いてみせる。

「いいんだよ」

 リルフは黙って、俺と兄狼を交互に見る。やがて息を吐き、「ならいい」と短く答えて、また食べ始める。

 兄狼は何が起きたのか分からないと言う顔で俺とリルフを見る。

 妹ちゃんも「だから言ったじゃないですか」と小声で言って兄狼を小突く。

 俺は一度凍ってしまった空気をほぐすように魚をどんどん複製して、食べる様に促す。

 妹ちゃんは嬉しそうに、兄狼は恐る恐るといった体で食事を再開する。

 俺はリルフが取ってきてくれた木の実を手にして、齧り付く。リンゴの様な見た目なのだがピンク色で、水分が多く、味はパイナップルと桃を混ぜた様な甘味と酸味が絶妙なバランスで同居している。

 手持ちの飲料は残り水筒だけでペットボトルは空、川の水は流石に飲みたく無かったからこれは助かった。

「そう言えばリルフ、妹ちゃんに名前つけたかったんだけど、俺が名付けても問題ない?」

 先ほど俺が妹ちゃんの性別を間違えると言う問題が起きて流れてしまった話題を掘り返す。

 妹ちゃんも思い出したように顔を輝かせて喜ぶ。

「掟には名前に関しての取り決めは無い。嫌がっていなければ好きにしていい」

 妹ちゃんはむしろ喜んでいたし、つまり問題無いんだな。

「しかし、片方だけなのか? どうせだからどちらも名付けてしまったらどうだ?」

 あー、なんか兄狼の方は気にしてなかったな。確かに片方だけ名付けると言うのもおかしな話か。

「待ってください長! 人間などに名前を貰うなど···!」

「口を慎め愚か者。私を治療し、食料を分けてくれた者を、自分も食料まで貰っておきながら見下す様な発言は許さんぞ」

 リルフがまた低く唸るように言葉をぶつけると、兄狼はピタッと止まって動かなくなる。

「兄貴はどうしそう頭が悪いのですか···」

「なにおう!?」

 妹ちゃんが呆れるように兄狼を見て、兄狼も吠え返す。仲は良いみたいだね。

「嫌がらなければ、と言ったが撤回しよう。フタツキ、どちらにも名前をくれてやってくれ」

 妹ちゃんはもともと名前を欲しがっていたから、顔を綻ばすが、兄狼は明らかに嫌な顔をする。 今更だけど狼って表情筋そんなに動くの?

 リルフが兄狼を見て「命令だ。拝命しろ」と呟くと、悔しさが滲む顔で頷いた。

「先に妹ちゃんからね。さっき途中だったし」

「はい! お願いします!」

 と言っても、女の子なんだよなぁ。可愛い名前を付けてあげたいけど、自分のセンスに自信が無い。リルフと似たような感じに出来れば、ラルフとかレルフとか簡単に決まったのに。

 畏れ多いから別の系統で頼まれたから、ゼロから決めなければ行けないのだ。

 妹ちゃんを見つめて、連想するワードを頭の中に並べまくる。

 見つめられて恥ずかしいのか、もじもじしてる妹ちゃんを穴が開くほど見る。見る。見る。


 黒い。狼。優しい。丁寧。妹。可愛い。


 連想するワードが大して出て来ねぇ。

 雄だったら、黒い狼からあやかって、漆黒とかシャドーとか、いくらでも湧いてくるのに。

 妹ちゃんが見つめられ過ぎて、恥ずかしさのあまり俯いてしまい、兄狼がそれ見て殺気の篭った目を俺に向ける頃に、一つ思いついた。


「クロユリ。うん、決めた。妹ちゃんの名前はクロユリね」


 優しく可愛いもふもふ。黒く妖艶な美しさを持つ花のイメージを重ねた。

 黒百合のイメージを連想したら、もうそれ以外考えられなくなった。

「クロユリ、ですか······」

 噛み締めるように、自分でもその名を口にした。

 やがて嬉しくなったのか、何度も口に出す。自分の意識に刷り込むように。

「クロユリ、クロユリ······、クロユリ」

 嬉しさでムズムズして居るように、体をソワソワと揺らす妹ちゃん。いやクロユリが、俺に頭を下げる。

「ありがたく拝命させて頂きます」

「俺の故郷の、黒い綺麗な花の名前から取ったんだ」

 リルフが少し羨ましそうにしてる。どうしたんだ?

「リルフ?」

「ん、あぁ、いや、そんなに真剣に名前を考えて貰えたクロユリが少しな······、私の名前なんてアイツは三秒も考えなかったからな」

 アイツと言うのは、例の変わり者さんの事だろう。

 リルフも、ウルフと何かを合わせた名前なんだと思うけど、即決された当時を思い出しているのか少し複雑そうだった。

「リルフの名前だって、何か深い意味があるのかもしれないじゃないか。時間かければ良いってもんじゃないぞ?」

 昔の恋人名前を捩ったのかもしれないし。

 名付けた本人しか結局分からないんだけどね。

「あの、マモルさん、僕の名前にも、もしかして何か意味が?」

 おずおずと器用に右前脚を上げて意見する。なんかブラックウルフって凄い人間臭いよね。

「まず、優しいくて綺麗な黒って意味で同じイメージの花の名前を持ってきたんだけど、花その物に人間が込めた意味が別にあるよ。花言葉って言うんだけどね」

 花言葉なんて、俺もあまり詳しくは無いけど。とある事情から少しだけ知っている。


「黒百合の花言葉は、恋。それと、呪い」


 ある意味では正反対。ある意味では同じ意味を持つ二つの花言葉。

 一人を想い、心を注ぐという意味では恋も呪いも同じものだ。そのベクトルが正反対なだけで。

「恋と、呪い······」

 クロユリが呟く。花言葉の方は後から付いてきただけだから、そんなに気にしなくていいと思うけど、自分の名前だもんな。気になるか。

「んで、兄貴の方はクロガネな」

「早くないか!?」

 兄狼、改めクロガネは即決だった。と言うのも、クロガネの毛並みはよく見るとリルフ、クロユリと少し違って見えたのだ。

 生物的な艶と言うより、磨いた金属の様な艶なのだ。いやそう見えるってだけだが。

 黒金属、黒鉄と言う安直なネーミングだ。

「俺の故郷だと、真っ黒い鉄の事をクロガネと言うんだ。男らしくていいだろ?」

 安直だったけど、他にもクロガネにした理由がある。

 クロガネは、いまこの時まで俺を守っていたクロユリに、牙と爪を向けていない。クロユリの方はバンバン殴っていたけど、ただの一回もクロガネからは手を出していないのだ。

 そして気絶する前と後、殺気の大きさが明らかに違っていた。気絶した後の方が大きかったのだ。

 恐らく目が覚めた時に、俺とクロユリが楽しそうに喋っていたからだ。

 今も「クロガネ、クロユリ、クロガネ···」と交互に名前を呟いている。字数と語感を合わせてみたのだが、お気に召したようだ。


 そうクロガネ、お前は絶対シスコンだ。


「世界に、お前らだけの名前だ」

「······」

「か弱いクロユリを守るように立つ、鋼のクロガネ。いいねーかっこいいねー」

「ッッ······!」

 イメージにビクビクと震えているクロガネ。わっかりやすい。

 とどめを刺そうと、クロユリに囁く。

 それを聞いたクロユリが、クロガネに擦り寄り、小さく呟く。

「······クロガネ兄さん?」

 全身の毛を立て、身震いをして、時が止まったクロガネ。


 ズキュゥゥゥン!


 そんな効果音を幻聴する。堕ちたな。

「············は、拝命してやる···」

 喜びと嬉しさと、俺に対する悔しさをたたえた目で睨みながら、やっとの思いで言葉を吐いた。

「よろしくな。クロユリ、クロガネ」

「はい!」

「······けっ!」

 リルフは生暖かい目でその成り行きを見ていた。


 それから、クロガネが俺を嫌っているから必然的に、俺とクロユリ、リルフとクロガネのグループに別れて情報交換が始まる。クロガネは情報交換と言うより現状の報告の続きだ。

「マモルさんは魔法が使えないんですか? 先ほど起こした火はどうやって?」

 犬のように寝そべって、座っている俺と視線を合わせて喋るクロユリ。

「あれは、このファイアスターターって言う道具を使ったんだよ」

 バッグから取り出して見せる。手でギリギリ握れる少し大きめの筒型ファイアスターターだ。

「これは魔具ですか?」

 この世界では、原始的な火打石か火起こし器の他に、魔具と呼ばれる魔法が付与されたアイテムか、魔法で火を付けるのが一般的らしい。

「違うよ。これは中に入っている特殊な金属の働きで火を起こしているだけで、魔法は一切使われていない。火打石に近いかな?」

 火が弱くなった焚き火に牧を増やし、実演してみせる。

「こうやって中の金属を少しだけ削って、燃えやすい物にかけるんだ。その後、こうやって火花を出だして······」

 ほくちに撒かれているマグネシウムに火花が落ちる。

 激しく反応を起こし、たちまちほくちが燃え上がる。

「ふぁぁ······」

 目を丸くして見ているクロユリ。反応が可愛い。

 燃料式のライターより、こっちの方が長持ちしそうだと思って持ってきたのだが、『完全複製』があると分かってたらライターを選んでただろうな。

 まぁファイアスターターは雨の火でも使える利点が有るから、一長一短なのだけど。

 念のため、ファイアスターターも複製しておく。

 出来るだけ新品の状態で複製しておきたい。

「マモルさんの持ってる道具は、不思議ですねー」

「火打石と原理は似てるから、言うほど不思議でも無いんだよ」

「他には、他には何かありますか?」

 クロユリが楽しそうに身を乗り出してくる。言うほど珍しいアイテムは無いんだよなー。

「あ、これは珍しいかな」

 ソーラー充電式のランタン型懐中電灯。パッケージに懐中電灯とあったけどほぼランタンだよなこれ。『懐中』に入らないし。

「これは何ですか?」

「狼には必要ないと思うんだけど、人間って夜は周りが見えないじゃん? そう言う時に使うんだ」

 そう言ってスイッチを入れる。

 ここんところ、焚き火あったし夜は寝床周辺から動かないから、バッテリーはフル充電だった。

 強く光を発するランタンのくもりガラスっぽいプラスチックは、昼間だというのにしっかり眩しい。

「わわ、な、これも火を使ってるんですか? 人間の道具で見たことありますけど」

 まぁ普通のランタンなら見たこと有るだろうし、それはきっと火を使っているか、魔法なんだろうな。

「これは火じゃないんだ。ちなみに魔法でも無い。さっきのファイアスターターみたいに、中で特殊な反応を起こして光を出しているんだ」

 光ってる所を触って、熱くないことを証明してから、クロユリにも触らせてみる。

 大きな前足でぷにぷに触る。

「ふぁー、ほんとに熱く無いですね······」

 不思議だー、と関心したようにランタンを眺めるクロユリ。

 なんだろう、リルフもそうだけど、ブラックウルフって人間に興味があるのかな。

 リルフもブラックウルフが人語を喋れるのは、人間と関わりが有るからだと言ったいた気がする。

 クロユリと楽しく喋っていると、シスコン特有の殺気とリルフがこっちに来る。

「フタツキ、こっちは大体おわったぞ」

 クロガネが目で「可愛い妹に手を出したら殺す」と語るなか、リルフが状況を整理して教えてくれる。

「私が指名した長候補は、私の下に居たから優秀だったみたいだ。今は周りの信用も失う程に駄目らしい」

 リルフが戻らないと、群れが壊滅する可能性が大きいみたいで、病気が治り次第すぐに長として復帰するようだ。

「フタツキ、本当に感謝している。もしフタツキが私の足で転ばなかったら、今頃はそこで息絶えていただろう」

 そう言って、俺が転んで、リルフが横たわっていた巨木の根を見る。

「どうだフタツキ、群れまで来ないか? 歓迎するぞ」

「いいですね! マモルさん、是非僕らの縄張りにお越しください」

 クロガネだけが嫌な顔をしているが、リルフとクロユリはそれを無視して誘ってくれる。

「んー、嬉しいお誘いなんだけど、人の街とかも見てみたいんだよね」

「あー、そうか。フタツキはまだ街も見ていないのだな」

 リルフには異界から来たことを説明したから、俺がまだこの世界で人間にすら会っていない事を思い出したようだ。

 クロユリとクロガネは意味が分からないと首を傾げる。

「街を見たことがない? え、マモルさんはどこから来たのですか?」

 当然そうなるだろう。説明していいのかな。リルフはあっさり信じてくれたけど。

「······クロユリ、詮索は止めておけ。彼は私の恩人で、遠くから来たと言う事だけ分かっていればいい」

 リルフは異界の事を隠した。言わない方がいいとの判断なのだろう。クロユリも、街を見たことが無い、を遠くから旅してきたからこの辺りの街を見たことが無いのか、と勝手に都合よく解釈してくれた。

「では、長の具合もすぐに良くなるわけでもありませんし、僕達でマモルさんを街の近くまで送って差し上げるのはどうでしょう?」

 俺としてはその提案は渡りに船だった。そもそも俺はこの森に召喚された時点で途方に暮れていたのだから。

「だが、群れが危ない状況なのだろう? 誰かが話をしに戻るべきだろう」

 確かに、リルフが存命で、快方に向かっている事、治り次第群れに戻る事を伝えておいた方が良さそうだ。他の魔獣に襲われるにしても、士気は高い方がいい。

「誰がいくの?」

 俺は聞いてみたが、選択肢は決まっていた。

 リルフは完治してから戻るのだし、その情報をリルフ本人が伝えに行くとか意味不明すぎる。

 残る選択肢はクロユリとクロガネ、だが俺を街に送ると言う任務で適性を考えると、ここに残るのはクロユリだろう。

「クロガネ兄さんですよね?」

「クロガネだろな」

「待ってくれ! 妹をこんな人間と一緒になど! 何か間違いでも起ったら!」

 シスコンが吠える。いやいや、間違いってなにさ。

「ブラックウルフと人間で間違いも何も無いだろう。クロガネ、どうしたのだ? お前はもう少し思慮深った筈だが?」

 え? 思慮深ったの? 俺と会って今この瞬間まで、コイツ全て脊髄反射で動いてるよ?

「クロガネ兄さん! へ、変なこと言わないでください!」

「いいや! 今のクロユリはあの時と同じだ! 大猪狩の倅といい仲だった時と同じく顔してー···」

 クロガネの言葉が止まる。理由は分かる。クロユリからのプレッシャーが膨れ上がったからだ。

「···············クロガネ兄さん、僕、違うって、言ってるよね?」

 絶対零度の声音が周りの温度を下げていく。

 リルフさえもクロユリから一歩下がり、身震いしている。

 全てのプレッシャーを浴びているクロガネは、今日何度目か分からない土気色の顔をしている。

 いやまぁ真っ黒なんだけどね。

「あの時も、僕、違うって、言ったよね? それなのに、あの子にも、怒鳴り散らして、ねぇ兄さん?」

 俺が名前を付けてから、兄貴から兄さんに呼び方が変わっている。と言うかそう呼ぶように言ったのは俺なんだけど。

「クロユリ、ちが、俺はお前の事が······!」

「···············行って」

「待て···! まだ話は!」

「·····················行け」

 もう空気の冷たさがやばい。リルフも若干震えている。俺も寒い。何これスキル?

 俺は耐えられなくてリルフの隣まで歩いて毛並みに抱きつく。はぁあったかモフモフ。

 結局クロユリのプレッシャーに抵抗出来なくなったクロガネが負けて、連絡係として出発する。

「人間、クロユリにもし何かした······」

「·········兄さん」

 最後の抵抗で俺に釘を刺そうとしたクロガネに、クロユリがとどめを刺す。

 涙目で森を走っていくクロガネに俺は思わず合掌する。

 しばらくするとクロユリもいつもの雰囲気に戻り、申し訳無さそうな顔で謝ってくる。

「兄が無礼を、重ねて謝罪させてください」

「クロユリが大事なんだろ。大丈夫だよ。いい兄貴じゃないか」

 少し照れて、俺の言葉を肯定も否定もしなかったクロユリ。やっぱり仲はいいんだね。


「あ、マモルさん! 違うんですよ! 大猪狩の倅さんとは、ただの友で! 狩りの仕方とかを喋ったりするだけで! べつに番とかいい仲とかそんな事なくて!」


 急に思い出したように言葉を並べ立てるクロユリ。なになにどうしたの。


「クロユリ落ち着いて? どうしたん? て言うか大猪狩って誰よ。名前無いんじゃ無かったの?」

 あわわわ、と慌ててるクロユリじゃなくリルフに聞く。

「大猪狩は、人間で言うところのあだ名や称号と言ったものだ。棘猪と言う魔獣の長を狩った同胞を称えたものだ」

 あー、ドラゴンスレイヤーとかゴーストバスターみたいな感じか。

 で、その倅とクロユリが仲良かったと。

「別にいいじゃん。仲良いことは悪いことじゃないだろ?」

「それは······、そう、なんですが······」

 気まずそうなクロユリ。え、俺なんかミスった?

「·········クロユリ」

「······はい」

「はぁ······、止めはしない。だが苦労するぞ? 人間と魔獣、種族が違うと言う程度の話じゃないのだから」

「お、長······、けしてその様な······」

 またクロユリがあわわわと慌て始める。

 首を傾げる俺と、まだ慌ててるクロユリを置いて、リルフがゆっくり歩き始める。

「ほら、行くぞ」


 二頭と一人、街を目指して歩き始める。



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