第十二話
第十二話:天光の神託と神威の眼
未攻略大ダンジョン『黒銀の地下神殿』での超効率的なレベリングと、大量の希少魔導鉱石の回収を無事に終えた琴陵姉妹。
サイエス側の『琴陵ファミリア』の拠点である子爵邸では、レベル30以上に到達して覚醒した三十五名のスタッフたちが、それぞれの持ち場でテキパキと夜間検品や翌日の開店準備を進めていた。
「よし……サイエス側の夜の業務引き継ぎは完了ね。宥子、一度日本へ戻るわよ」
「はーいっ! みんな、明日もよろしくね〜!」
二人が子爵邸の最奥にあるプライベートルームのドアを締め、固く鍵をかけた瞬間――
「スキル『境界渡り』――発動!」
宥子の可憐な声とともに、二人の視界が眩い極彩色の光幕に包まれた。
視界が歪み、金属音のような心地よい高周波が耳朶を打つ。直後、生々しい土とダンジョンの焦げ臭い匂いは消え去り、馴染み深い畳の匂いと、下町の湿った夜風の香りが鼻腔をくすぐった。
東京の下町、築四十年・木造アパート『若草荘』の二階、六畳一間。
壁掛け時計の針は、前回の出発時刻からわずか十数分しか進んでいなかった。
「ふはぁ〜っ! やっぱり若草荘の畳は落ち着くなぁ……!」
宥子が畳の上に大の字になってゴロゴロと転がり、首元の白蛇『紅白』と『赤白』も嬉しそうに六畳間の柱を登っていく。
「ふぅ……サイエス側で丸二日以上ダンジョンを攻略してレベルを上げても、こっちではたったの十五分。本当に都合の良い時間圧縮率ね」
容子は上着を脱いでハンガーに掛けると、部屋の隅にある小さな仏壇のろうそくに火を灯し、線香を立てた。琴陵の家に代々伝わる、先祖と神々への日課の報告だ。
線香の静かな煙が部屋に立ち上った――その時だった。
部屋の中に置いてあった、宥子のクラフト作業用の蜜蝋キャンドルが一斉に、ぽっと自然発火した。
「えっ……!? 容子、キャンドルが……!?」
「油断しないで!」
容子は即座に低姿勢をとり、右手を腰の『パルス・ブレイカー』へ滑らせた。
だが、殺気や敵意は一切感じられない。
それどころか、部屋全体がまるで早朝の澄み切った太陽の光に包まれたかのような、温かく、神聖で、圧倒的な神威の波動に満たされていった。
空間の真ん中に、ゆらゆらと黄金の光の粒子が集まり、一輪の大輪の蓮の花のような光輪が浮かび上がる。
その光の渦の向こうから、凛とした、だがどこか母親のような温かみを持つ、美しく澄み渡った女性の声が二人の脳内に直接響きわたった。
『――我が愛しき子ら、琴陵の双子、容子、そして宥子よ――』
宥子が目を丸くして、畳の上に正座し直した。
「こ、この声……! 天照様……!?」
『いかにも。我が名は天照。……異界サイエスにおいて、我が名を騙り、その神威を不当に吸い上げようとした不敬なる自称神アーラマンユの企み……その構造を早期に見抜き、破砕の手立てを整えし汝らの働き、実に見事であった』
光輪の中から、微かな神託の波動が二人の全身を包み込んでいく。
容子は息を呑み、静かに頭を下げた。
「天照大御神様……。私たちは、ただ自分たちの生活と身内を守るために、合理的な自衛行動をとったに過ぎません」
『ふふ……相変わらず理に厳格な子ですね、容子。だが、汝らがサイエスで構築した兵站と、不敬の祠の構造解析は、巡り巡って我が神威が削ぎ落とされるのを未然に防ぎ、日本とサイエス双方の因果の歪みを正す大きな功績となったのです』
光輪から、二筋の眩い黄金の光の糸線が伸び、容子と宥子の額へとそっと触れた。
『我が感謝と励ましとして、汝らに微かな神託と、新たなる『神威の加護』を授けましょう』
【天照大神の『微かな神託』を受信しました】
【琴陵容子・琴陵宥子に新たな固有能力が覚醒します】
『容子よ。汝には、理を見通すその眼をさらに昇華させ、次元の隔たりを越えて希少素材や空間の歪みを察知する『神威構造解析・天眼』を授けます』
【固有スキル『構造解析・弱点看破』が『神威構造解析・天眼(Lv1)』へ進化しました!】
・効果:半径一キロメートル以内の希少魔導鉱石、古代アーティファクト、および空間の歪み(隠された隠し部屋やダンジョンの隠しルート)を壁や地層を透過してリアルタイムでマップ化・視覚化する。
『宥子よ。汝には、あらゆる良き因縁を引き寄せ、良質な素材や幸運な出会いを空間から手繰り寄せる『天光の縁手』を授けます』
【固有スキル『森羅万象の縁結び』が『天光の縁手(Lv1)』へ進化しました!】
・効果:探索中、周囲に存在する最高品質の素材やハーブ、希少ドロップアイテムを、吸い寄せるように優先的に発見・引き寄せるパッシブ効果。
『二人の子らよ。焦る必要はありません。焦らず、急がず、自らの足元と仲間を大切にしながら歩みなさい。時が満ちたその日まで……我が温かな光が、常に汝らとともにありますように――』
黄金の光輪が、温かな余韻を残して静かに消えていった。
部屋を照らしていた蜜蝋キャンドルの炎が優しく揺れ、六畳間には澄み切った清らかな気が満ち満ちていた。
「……すご……ぃ……」
宥子が胸の前で手を合わせ、感極まったようにぽろぽろと涙をこぼした。
「天照様……すっごく温かかったねぇ、容子……!」
「ええ……」
容子は自らの手を見つめ、静かにメガネの位置を押し上げた。
視界の右上に、従来の青いシステムウィンドウとは一線を画す、神聖な黄金の縁取りが施された新しいステータス画面がポップアップしていた。
【個体識別名:琴陵容子】
【職業:縁切り師(未覚醒) / 次元機工士】
【レベル:15(日本側換算) / 38(サイエス側実効レベル)】
【固有スキル:『境界渡り』『神威構造解析・天眼(Lv1)』『現代機工適性(極)』】
(『天眼』……。透過マップ表示に加えて、深層の希少素材や空間の歪みまでリアルタイムで3D表示されるようになったわね……)
容子が試しにアパートの床を見下ろすと、視界が透過し、若草荘の地下深く――東京の地下に眠る地層や古井戸の跡、さらには部屋の壁の奥にある配線の構造までが、完璧な立体ホログラムのようにクリアに浮き彫りになった。
「これは……探索効率も、工房でのクラフト精度も、次元の違うレベルへ跳ね上がるわね」
宥子も自分の手を握ったり開いたりしながら、嬉しそうに叫んだ。
「容子! 私の手、なんかキラキラしてるよ! これがあれば、サイエスでもっとすごい極上のハーブや、綺麗な宝石がいっぱい見つけられそう!」
「そうね。天照大神様からの最高のプレゼントよ」
容子は満足げに口角を釣り上げると、ノートパソコンを開いて秋葉原のショップの最新在庫データを表示させた。
「さあ、神託と新しいスキルも授かったことだし、明日からの日本側での買い出し計画をアップデートするわよ」
「えぇっ!? 今から買い出しの準備!? 容子、少し休もうよ〜!」
「休んでる暇はないわ。天照大神様も『足元と仲間を大切にしながら歩みなさい』とおっしゃっていたでしょ? サイエスの三十五人のファミリアのために、もっと美味しい食材と、高精度な化学分析装置を仕入れていくわよ」
「はーいっ! じゃあ私、秋葉原に行ったら美味しい和スイーツ食べたい!」
「買い出しのついでなら許可するわ。……ただし、荷物持ちはちゃんと手伝いなさいね」
「やったぁぁぁっ!」
日本の最高神・天照大神からの温かな加護と、新たな『神威の眼』を手に入れた琴陵姉妹。
現代科学の理、異世界の魔導、そして日本の神々の護りを背に受けた二人の双子の美味しく、逞しく、そして圧倒的な次元超越ライフは、これからもどこまでも鮮やかに続いていくのだった。




