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空前絶後! 第十一回! 異世界ぐるりウルティモクイズ!  作者: 袴田八峰
第七BF:ヌー マラソンクイズおそろしや

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ノックは三回。ゆっくりと 4


 結果として、李野くんは李野くんだった。


 それが分かった瞬間、胸の奥に溜まっていた得体の知れない不安が、ほんの少しだけほどけた気がした。


「やははー。流石に一人で過ごすには心細すぎましてなー」


 後頭部をぽりぽり搔きながら、キューは星を崩す。


 その仕草も、その声色も、間違いなく李野くんのそれだ。

 ……それでも完全には安心できない。

 このホテルでは、それっぽい何かが一番信用できないと、疑心暗鬼に陥っている。


「フロントを頼ろうにもミイラや骨だしね」


 垂須さんが打ち出したキューで、三日月が角度を変えた。


 乾いた音が、妙に大きく響く。

 遊戯室の広さのせいか、それとも静けさのせいか。


「あと、いるね絶対。あのフロントの、空いてた方の窓口。あそこ。確実に。何かが」


 あの光景を思い出しただけで、背筋がじわりと冷える。

 誰もいないはずの窓口で、勝手に動く羽ペン。

 音もなく、ただ、何かを記録し続ける動き。


 ……あれは見てはいけない類のものだ。


 で、俺のキューで三日月を半月に変えて……


「ミスショット!」


「この距離で外すかぁ?」


 自分でも笑えるくらい、力加減が狂っていた。

 指先が微妙に震えている。


 なんだろうね、このビリヤードもどき。


 台とキューはビリヤードその物なのに、ボールが一個も無くて。

 あるのは星、月、太陽。

 丸くもなければ、質量も曖昧で、当たったときの感触も妙に柔らかい。

 ルールとか全然わかんないけどテキトーに遊んでる。


 所詮は時間つぶし。


 怖い想いに押しつぶされないように、気持ちを入れずに上っ面で楽しいフリしてるだけだから。


 何も言わずともそういう共通認識、持ってるだけだから。


 三人とも、分かっている。

 これは遊びじゃない。

 やり過ごすための行為だ。


 沈黙が続いたら、何かが入り込んでくる気がするから。

 だから音を出す。会話をする。笑う。

 そうすることでなんとか、正気を繋ぎ止めている。


「ところで李野はなんでボーイから締め出されたの?」


 垂須さんの質問に李野くんは照れながら答える。


「やはは。知識欲が暴走しちゃいまして」


 いつものこと。

 この一言で説明がついてしまうのが恐ろしい。


「ほら、ホラーの文脈では、怪しげな噂のあるホテルで」


 李野くんは壁際にかかっている風景画に手をかける。

 その動きに、胸がざわつく。

 やめろ、と言う前に、次の言葉が続く。


「掛け軸や絵画をめくると、その裏にお札が張られてたりするでしょう?」


 あるあるだ。

 俺と垂須さんが頷いた。

 頷いてしまった。


 それが、まずかったのかもしれない。


「で、室内の絵画をこうやってめくって」


 李野くんが絵画めくると、その後ろに『†SEAL†』と書かれた、

 どす黒く鳴動するお札があった。


 視界に入った瞬間、理解した。


 あ、やば……!


 これは「演出」じゃない。

 これは「設定」でも「ネタ」でもない。


 触れてはいけないもの。


 俺はよくない流れを直感して李野くんに手を伸ばす!

 垂須さんもダッシュタックルの姿勢!

 でもお互い一歩間に合わず!


「こうやって剥がそうとしたら、ブチ切れてしまいまして」


 ぺりっ。


 剥がした。

 剥がしてしまった。


 無造作に。

 あまりにも軽く。


『第一の禁忌:封印を解いてはならない』


 その文字が、頭の中で鐘みたいに鳴り響く。


 遅れた垂須さんのタックルは李野くんを捉えて諸共転倒。

 しかし李野くんに反応は無い。

 押し黙ったまま、仰向けに倒れたまま。

 白目を剥いたまま、動かない。


 時間が止まる。

 音が消える。


「李野……?」


 膝立ちになった垂須さんが、硬い声色で李野くんを呼ぶ。

 返事は無い。


 ただ――


 封印のお札から、何かが、入った。

 そんな確信だけがあった。


 李野くんは、まるでマリオネットのような、

 肉体科学では説明のつかない起き上がり方をして。

 女児の声で歓喜した。


「カラダ!アル!カラダ!アル!カラダ!アル!カラダ!アル!」


「「うわああああ!?」」


 理性が吹き飛んだ。

 考えるより先に体が動く。

 俺と垂須さん、もんどりうって遊戯室を脱出!


「フロントへ!」「みんなを呼ぼう!」


 いきなり意見のバッティング!

 遊戯室からは変わらず女児の声!


 追ってきているのかどうかも分からない。

 振り返る勇気なんてない。


 沈黙。

 視線の交錯。


 決断は一瞬。


「……手分けしよう」


「お気をつけて」


「君もな」


 垂須さんはフロントへ向かい、階段へダッシュ!

 俺は仲間たちが宿泊してる四階へ向かい、エレベーターへダッシュ!


 背後でまだ笑い声が響いている。


「ウレシイ!ウレシイ!ウレシイ!」


 あれはもう李野くんじゃない。


 やばい……


 やばい……


 呼吸が浅くなる。


 心臓がうるさい。


 エレベーターは既に二階。


 俺たちが最後に乗った模様。


 すかさず4のボタン。


 この数秒がやけに長い。

 閉じる音も、上昇する感覚も、全部が遅い。

 緑と黄色の光の粒が筒状になって、魔道エレベーターは四階に静かに着地。

 鉄扉の空くゆったりとした時間に苛立ちながら、

 体が潜れそうな隙間になった瞬間、廊下へ飛び出す。


 廊下へ……

 廊下じゃないな、これは。

 土壁の回廊だ。

 ぼうと青く発色するヒカリゴケ。


 一瞬で理解する。


 間違えた。

 来てはいけない場所に来た。

 エレベーターの扉も消えた。


 どこかから水の下たる音。

 ぴちゃーん。

 ぴちゃーん。

 掘り返した土の臭いと、もうすこし、甘くて不快な……

 恐らくは、腐敗臭。


『禁忌2:ありえない通路では決して後ろを振り返ってはならない』


 やっちまった!


 垂須さんと別れるんじゃなかった!


 ありえない通路に迷い込んでしまった!


 足がすくむ。

 でも止まれない。

 止まったら終わる気がする。


 立ち止まっていれば済むのか?

 朝がくれば廊下に戻るのか?


 わからない。

 何もわからない。

 ただ怖い。

 じっとしていることに耐えられない。

 あと五分もここで立ち竦んでいたら、俺は頭をかきむしって絶叫してしまう自信がある。


 だから進もう。

 前へ。

 ゴールがそこにあることを信じて。


 歩き出す。

 一歩、二歩。


 カリカリカリ。

 背後で何かを削る音。

 振り返ってはならない。


 ふぅぅぅぅう。

 すぐ後ろから俺の耳に吹きかけられる息。

 振り返ってはならない。


「市籠もう安心だ! こっちへ来い!」


 垂須さんが呼び止める。

 振り返ってはならない。


「どっきり大成功! ははは! やっぱりお前は新人類だわ」


 黄石が嘲る。

 振り返ってはならない。


「市籠くん~~、見捨てないでくだされ~~」


 李野くんが縋りつく。

 振り返ってはならない。


 理屈では分かっている。

 全部偽物だ。

 全部罠だ。

 でも、声は本物すぎる。


 振り返ってはならない。


 記憶と結びついている。

 心を揺さぶってくる。

 脳みそをかき乱してくる。


 振り返ってはならない。


 振り返ってはならない!


「ああーーーーーーっ!」


 俺は耐えきれず猛ダッシュ!


 走って、走って。

 振り切って、振り切って。

 足音も、声も、全部置き去りにする勢いで。


 そうして、やっと見えて来た。

 行く先にぼうっと光る、やさしい形。

 女神様。

 あそこがゴールだ!

 あそこまで行けば、彼女に縋りつけば!

 俺は助かる!


 そう信じるしかなかった。

 走って、走って。

 振り切って、振り切って。

 ついに俺は女神さまにたどり着いた。


「よく耐えぬきまシたね」


 サンタフェさん……

 あなたはジェネリック女神なんかじゃなく、オリジン女神だったのですね……!


 涙があふれて止まらない。

 光が溢れて止まらない。

 ああ、俺は今、生きている!

 死なずに済んだ!

 圧倒的な幸福感と感謝!


 闇と土の通路は消え去り、雲と光の回廊が現れる。

 現実が戻ってきた。

 救われた。

 試練を耐え抜いた!


「ほら、もう大丈夫でスよ。道を戻られたらホテルまで一直線でス」


 慈愛に満ちた笑みでサンタフェ様が背後を指す。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 俺はサンタフェ様に二礼二拍手一礼すると、今来た道を振り返る。


 土とヒカリゴケの回廊。


 その瞬間。


 頭の中で何かが弾けた。


 あ。


 今。


「はい、ざーんねーーーん」


 背後でサンタフェ様の嘲笑が聞こえた。


 ――暗転。


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