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空前絶後! 第十一回! 異世界ぐるりウルティモクイズ!  作者: 袴田八峰
第七BF:ヌー マラソンクイズおそろしや

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ノックは三回。ゆっくりと 3


 はっと気づいた。


「俺、デザートにツルル食べるの忘れてた!?」


 口から出た言葉が、やけに現実離れしていた。

 さっきまで胸の奥に渦巻いていたものと、あまりにも温度差がある。


「やっと再起動したと思ったらそれか」


 同室の垂須さんが苦笑する。


 その声を聞いて、ようやく自分が「ここ」に戻ってきた実感が湧いた。

 重たい霧の中から、ふっと顔を出したみたいな感覚だ。


「再起動とは?」


「だって市籠、夕食から戻ってきたらじっと固まっちゃって、全然反応しないんだもん。僕はもしかしたら君が魂を抜かれちゃったんじゃないかって、マジで心配したんだよ」


 あー、そういえば。


 思い返そうとすると、記憶の輪郭が曖昧だ。

 ぼやけてる。

 夕食会場を出てからここまで、一本の線で繋がっていない。


『ノックは三回、ゆっくりと』


 あの一言。

 ハナさんの囁きだけが、妙に鮮明に残っている。

 それを境に、現実が夢に侵食されたみたいだった。


 どうやって部屋まで戻ったのか。

 誰と何を話したのか。

 断片的にしか思い出せない。


 あのハナさんが。

 ハナさんなのに。

 あんな声で。

 あんな距離で。


 あんな……


「おーい市籠、市籠?」


「はっ、失礼」


「いや本気で心配になって来たよ。随行医さんのとこに行こうか?」


「大丈夫ですよ大丈夫。心当たりあります」


 言いながらも、その心当たりの正体が自分でもよく分かっていないのが、少し怖かった。


「その心当たりってホラー的なやつ?」


「違くて」


「あ。あーあー」


 急に納得声の垂須の兄貴。


「衿衣ちゃん絡みか!」


 ニアピン!


 そうだ、俺には衿衣がいたんだよ!

 この世界に来てから、いや、一次予選で後ろ姿を見つけたときから。

 ずっと印象が消えなくて、忘れられなくて。

 意思が強くて、でも不器用過ぎて、危なっかしくて、放っておけなくて。

 で。

 ぶっちゃけ惹かれてる。


 それなのに。


『ノックは三回、ゆっくりと』。


 ハナさんの誘惑に揺れること自体が不誠実!

 ……誘惑なのか?

 流れ的には間違いなく誘惑。

 俺はその様にあの事件を受け止めてる。

 だから今までフリーズしてた。


 でもハナさんだ。

 あの人のことだ。

 結果的にズコーってなる展開も十分考えられる。

 むしろそっちの方が自然ですらある。


 考えられるが……


『ノックは三回、ゆっくりと』


 あの声音。

 耳元で、吐息が触れる距離で囁かれた、あの一言。

 軽さも、冗談も、一切含まれていなかった。

 むしろ逆だ。

 重かった。

 静かで、じっとりして、それでいて妙に熱を帯びていて。

 こんなにも背筋が凍える声で。

 男女の情が一切絡まない、なんてことは無いはず。


 そう思ってしまう。

 思ってしまう自分がいる。


「そっかー。愛だの恋だのに集中できる若さがまだあるんだなー。21歳には」


「垂須さんだって三つ上だけじゃないですか」


「そういう恋愛集中力? 想いに向き合う持久力? それが年々失われてくのを実感しててさ。淋しいことに」


 冗談めかした言い方だけど、その言葉にはどこか実感が滲んでいた。


 現実を知っている人の言葉だ。

 そういうものなのか。

 恋とか愛とかって、時間と一緒に摩耗していくものなのか。


「生活に追われてるとさ。どうしても。やっぱり精神的な余裕って大事だよな」


 精神的な余裕、か。

 その余裕は本来、衿衣で埋め尽くされているべきだ。

 他の誰でもない。

 ハナさんはともだちなんだ。


 楽しくて、距離が近くて、時々振り回されるけど。

 それ以上でもそれ以下でもないはずだ。


 なのに。


『ノックは三回。ゆっくりと』


 あの、たった一言で。

 俺の中の余白が、上書きされてしまった。

 脳が痺れてしまった。


 どうなのこれ?


 俺が浮気性ってこと?


 行けそうな方にふらっと行っちゃう人間だったと?


 いやいやいやいや。

 そんな単純な話じゃない。


 これは多分、「好奇心」だ。

 未知への恐怖と、同時に引き寄せられる感覚。

 あの声の奥にあったもの。

 ハナさんらしからぬ雰囲気。

 その真実を確かめないままではいられない。


 じゃないと。

 囁きがひっかかりとなって。

 明日からハナさんと「ともだち!」出来なくなってしまう。

 今まで頑張って意識しないようにしてたのに、

 これからは逐一女性として意識してしまうようになる。

 なってしまうような気がする。


 うー、わからん!


 頭の中で理屈をこねても、結論は出ない。

 でも、一つだけ確かなことがある。


 24時。


 行かなくちゃいけない。

 あの場で断らなかった以上、どうあれ。

 どんな気持ちであれ。

 どんな結果が待つにせよ。

 行かなくちゃいけない。


 逃げるのは違う。

 それだけは分かる。


 行った先で待っている何かに対して。

 誠実に。

 誠意を持って。

 冷静に対応しなくてはならない。


 コンコン。


 思考の静寂を切り裂くノックが二回。

 続いて心細そうな声が聞こえてきた。


「市籠くん、垂須さん。入れてもらえません?」


 李野くんの声。

 空気が一変した。

 さっきまでの内面のぐるぐるが、一気に現実に引き戻される。


「李野くんどうした――」


 立ち上がり扉を開けようとした俺の手を、垂須さんが止めた。


「招き入れてはならない」


 真剣な顔で、首を左右に振る。

 その目に、さっきまでの軽さはない。

 宿るのははっきりとした警戒心。


「え、でも李野くんだし」


「確かに。李野くんの《《声は》》しているな」


 真剣な表情、崩れず。


「《《声は》》しているって……」


 コンコン。


「開けてくだされー」


 その声は、どう聞いても李野くんだ。

 聞き慣れた、穏やかな声音。


 でも。


 だからこそ、逆に。


 嫌な違和感が、じわりと胸の奥に広がる。


 息を殺す、俺と垂須さん。

 嫌な感覚は無い。

 恐怖で身体が硬直するような感じでもない。

 でも。

 李野くんだと判断できる要素はこの扉越しの「声」しかないというのも事実。


 コンコン。


「ボーイに締め出されてしまいましてな。ほとぼりが冷めるまで入れていただけませんかな?」


 コンコン。


「キングには断られてしまい、墨市には居留守を使われてしまって……やはは。困っておるのですよ」


 他の連中も招き入れには警戒している模様。

 それが余計にこの状況の異常さを強調する。


「……どうします?」


「ここは無視だろ」


 即答。

 迷いがない。


「でも誰にも入れて貰えないって」


「クイ研の連中ですら招き入れなかった。君はこの点をもっと重視すべきだよ」


「……確かに」


 合理的な判断だ。

 身を守る上では正しい。

 サンタフェさんにウインクが無かった。

 その事も懸念事項の一つ。


 でも。


 コンコン。


「やはりサンタフェさんのルールを気にされておられますか……私は私なのですが……」


 その声に混じる、わずかな寂しさ。

 それが、心を揺らす。


 俺は折衷案を取ることにした。


「2階に遊戯室があったろ?」


「ビリヤードっぽい台がありましたな」


「あそこで時間を潰さないか? 先に行って、扉を開けたまま待っててくれ」


「成程。わかりましたぞ。お気遣い感謝です」


 声と共に李野くんが廊下を歩き去る気配。

 その足音が遠ざかっていく。

 それを、しばらく二人で黙って聞いていた。

 完全に聞こえなくなってから、ようやく息を吐く。


「と、いうわけで。俺は今から遊戯室に行ってきますけど。垂須さんはどうします?」


「僕が残っちゃったら、帰って来た君を招き入れられないだろう? 行くよ、僕も」


「すみません、勝手しちゃって」


「いいよいいよ。李野は話せるクイ研だ。僕だって放っておきたくはないからさ」


 こうして。

 垂須さんの協力の下、俺たちは遊戯室へと向かう。


 廊下に出ると、空気が少しひんやりしていた。

 さっきまで感じていた、あの内側の熱とは違う冷たさ。

 静まり返ったホテル。

 どこかで何かが蠢いているような、そんな錯覚を覚える。


 それでも、足は止めない。

 一歩一歩、確かめるように進む。


 頭の片隅では、別のことがずっと渦巻いている。


 ハナさん。

 あの声。

 あの約束。


 遊戯室に行って。

 時間を潰して。


 それから――


 時刻は21時。


 約束の時間は24時。


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