犯人は「愛し合う二人を引き裂かないで」などと供述しており…
『行っちゃう』
鳥ちゃんが俺の肩の上で項垂れる。
その小さな体重が、やけに重く感じた。
軽いはずなんだ。
羽だってあるし、風の精霊だし、物理的な重さなんてほとんど無いはずなのに。
それでも、そこに「いる」っていう事実が心理的な重さとなって、胸に沈む。
あっちではハナさんが号泣してる。
さっきまで笑ってたのに。
兎型精霊をぎゅっと抱きしめて、子供みたいに声を上げて泣いてる。
ああいう感情の出し方が出来る人、ちょっと羨ましい。
『行っちゃうんだ』
鳥ちゃんが俺の瞳を目線で射抜いてくる。
逃げ場がない。
真正面から、まっすぐに。
問い詰めるでも、責めるでもなくて。
ただ、確認するように。
そっちでは茂侍が静かに涙を流している。
あいつ、あんな顔するんだな。
理屈の塊みたいなやつが。
昨日まで「?」しか浮かんでなかった顔で、ちゃんと泣けるんだな。
『私を置いて』
鳥ちゃんが俺の首筋に寄り添ってくる。
ひやりとした感触。
温度は無いはずなのに、確かに触れている。
その曖昧さが、余計に離れがたさを増幅させる。
あっちでもこっちでもすすり泣きが聞こえてくる。
森全体が、静かに湿っていくような音。
葉擦れの音と混じって、誰のものか分からない涙の気配が漂っていた。
「誠に残酷なことをしてしまったと、頭を下げさせていただきたい」
閑君が鎮痛な声で謝罪する。
その声は、カメラを意識したものじゃない。
少なくとも今この瞬間は。
純粋に、やってしまった側の人間の声だった。
「我々スタッフは面白い画を撮りたい余り、君たちが抱くに至った絆という物を軽視してしまった」
軽視、ね。
まあ、否定はできない。
でもそれを言うなら、俺たちだって同じだ。
最初は企画だった。
ネタだった。
ここまで繋がるだなんて、誰も思ってなかった。
「恨んじゃいないっス! だってこのクイズが無かったら、俺はこいつに会えなかったんスから! そっちの方がよっぽど悲しいっす!」
衒い無いボーイの言葉に俺たちは深く共感する。
ほんと、こういうとこなんだよな。
あいつは何も考えてないようで、核心だけをまっすぐ突いてくる。
出会わなければ、別れも無かった。
でも、それは良かったことじゃない。
出会ったからこそ、今がある。
ボーイのボーイ性ゆえの言動は、時に大人たちの胸を打つ。
ズルいよな。
ああいうの。
計算じゃないから、余計に。
「そういって頂けると助かります。明日の朝のお別れまで、どうか心置きなく交流を」
そうして俺と鳥ちゃんは、語らいの場をハンモックに移し。
夜の森は、昼とは全然違う顔をしていた。
光はほとんど無いのに、不思議と暗くない。
どこかで発光する菌類とか、虫とか、精霊とか。
ぼんやりとした灯りが、空間の輪郭だけを優しくなぞっている。
ハンモックがゆっくり揺れる。
規則的じゃない、でも心地いいリズム。
夜通し、名残を惜しみ合った。
俺って人間がどんな生き方をしてきたか話したり。
大した話じゃない。
でも、鳥ちゃんはちゃんと聞いてくれた。
途中で遮ることもなく、茶化すこともなく。
鳥ちゃんって精霊がどうやって生まれたか聞いたり。
風の流れの中で生まれたとか。
意志が集まって形になったとか。
正直よく分からない話も多かったけど、それでも存在の輪郭は感じられた。
こっちが気を抜いたころに、定住とか、再訪とか、名付けとか。
しれっと言質を取ろうとしてくるから、気は抜けなかったけど。
ずるいよな、こいつも。
真顔でそういうこと言うんだもん。
それでも。
俺と鳥ちゃんは。
朝露に白む森の陽だまりで、確かに笑顔でお別れできたんだ。
泣かなかった。
少なくとも、その時は。
ちゃんと手を振って。
ちゃんと「またな」って言って。
ちゃんと、終われたはずだった。
それなのに。
ウルティモってやつは。
いや、こればっかりは制作陣を責めるのは酷だな。
問題は長老や精霊たちに見送られて、観光バスに乗り込もうとした、その直前に発生した。
「この中に一人」
閑君が、バスの扉を閉めて、こう切り出した。
声色も表情も極めてシリアス。
嫌な予感しかしない。
「精霊をす巻きにしてキャリーバックに詰め込んだ方がいます」
「「「モーリーお前!」」」
即答だった。
全員一致だった。
「どどどうしてみんな私のせいにするの? わわわ私は何にもやってない! 潔白だ! 弁護士を呼んで!」
いやお前しかいないだろ。
どう考えても。
モーリーは既にスタッフに取り押さえられ、キャリーバッグを奪われている。
あまりにも手際がいい。
思い切りもいいし要らん嘘までつく。
日本でもなんか前科あるだろこいつ。
「バッグの鍵を出してください」
「やめて! 乙女の秘密を探るのは! エッチスケッチワンタッチ!」
状況の深刻さと語彙の軽さが釣り合ってない。
「ふざけるのはおよしなさい。これは既に国際問題なのですよ?」
「流石に時空の大精霊様を連れ去られてしまいますと、森がファッキンヒューマンどもに荒らされてしまいますので……」
長老まで困り顔。
あの人が崩れるって相当だぞ。
椰子泉さんがモーリーを羽交い絞めにする中、女性スタッフのまさぐり行為の上で、下着の合間からバッグのキーを発見成功。
ボーイの前かがみ姿勢をやさしくスルーしてあげながら、ついにバッグが開かれた。
『むー!むー!』
……お姫様精霊、目隠しと猿轡まで噛まされてた。
凍り付く空気。
息を飲む一同。
これはもう。
事案を超えて犯罪だ。
「精霊拉致罪ってどのくらいの刑期だろ?」
「森の生存に関わる最重要精霊のようですからなぁ…… 処され方が選べるとよいですな」
李野くんの声は静かだった。
でも内容は全然穏やかじゃない。
「ヤダヤダお゛わ゛がれ゛ヤダァァアア!! おびめざばもわ゛だじどいっじょにいだいっでい゛っでる! あ゛い゛じあ゛う゛ぶだりを゛びぎざがな゛いでェェエエ!」
毎度の顔面崩壊。
さっきまでのしんみり空気、完全に粉砕。
時空の大精霊様はあぶくと化して縄抜けし、ぺこりと皆に頭を下げた。
『茶番に付き合って頂きありがとうございます』
茶番って!?
こっちは割と本気で行く末来し方に想いを馳せてたんだけど!?
『モーリーのあまりのダダのコネぶりに、ついつい絆されて付き合ってしまったわたしが悪いのです』
いや優しいなこの人。
規模がでかいだけで、普通にいい人だ。
「いがな゛い゛でェおびめざば~~」
『ここは私の顔に免じて、モーリーの分割土壌刑は許してやってください』
「ぶん……!?」
空気が凍る。
言葉の響きが怖すぎる。
泣き崩れてたモーリーすら一瞬で真顔になる恐ろしい響きの刑罰!
「大精霊様がそのファッキン日本人をお庇いになるなら是非も無し」
長老、あっさり引いた。
でも引いただけであって、無かったことにはなってない気がする。
「捕縛!」
閑君の号令一下、スタッフは大精霊様拉致グッズでモーリーを拘束し。
俺たちはコトが蒸し返される前にスタコラサッサとバスに乗り込んで。
「撤収!」
振り返る余裕もなかった。
いや、あったのかもしれないけど。
誰も振り返らなかった。
余りにも締まらない格好で、スピリットフォレストを後にした。
「モーリーには責任を取らせるべきじゃ?」
「むー!むー!」
「大使館とか国際刑事とかマターになるし、番組進行止まっちゃうから……」
鳥ちゃん……
くそっ、思い出してもしんみりできないじゃないか!
心のフィルムに収められた鳥ちゃんは、真っすぐに俺を睨んでいた。




