◆ペナ仕置き:スピリットフォレスト◆
新聞にしろゴシップ紙にしろ、構造は変わらない。
特ダネとはつまるところ暴露。
見えざる闇に光を当てて見えたものを引っ掴んで記事にする。
だから。
社会正義の御旗を堂々振りかざした記事であったとしても。
社会悪としての民意断罪を受けた対象者は自業自得だとしても。
その周辺の、無辜の者たちにまで影響が及ぶことは、ままある。
いや。
影響が及ばないことはない。
だから、恨まれる。
だから、罵られる。
始めの頃は平気だった。
私は面の皮が厚い方だし、責任転嫁も棚上げも使いどころを知っている。
入社から十年。
私は折れることなく、保った。
保ったのだが……
蓄積された小さな罪悪感が十年分の重量を以て、私を押しつぶそうとしていることには気づいていた。
あと数年。
このまま走れば、自分は潰れる。
先輩記者のように。
後輩記者のように。
そんな、将来に不安を感じていた折だ。
ぐるりウルティモ、エントリー開始の情報を得たのは。
途端、目眩いた。
卒業記念旅行。
無理してバイト代全額を突っ込んで、二泊のオランシェ旅行を敢行した時の事が。
現在地を見失い、時間を視覚で感じた転移門。
天高く輝く二つの太陽。
白い海に桃色の砂浜。
圧倒的な不安感と解放感。
――そういえば、旅なんてそれ以来してないな。
今の自分に必要なのは休養。
仕事から離れて深呼吸する時間。
現実からの物理的な距離。
私はデスクに勧められた心療内科の受診を断ると、かわりに目いっぱいの有給を申請した。
そして、旅の中でわだかまっていた心の澱が緩やかに溶けていくのを実感し。
ブン屋としての自分を捨てられないことを発見し。
取り寄せていた新聞で巨大にして広範囲な疑獄の発生を知り。
日本に帰る、決心をした。
さて。
なんで長々と私が自分語りをしていたかというとだ。
走馬灯がくるくる回っているからなんだ。
「あっ、手が滑った!?」
「馬鹿お前!?」
「お顔に当たっちゃう!」
目の前にはスローモーションで私の顔面を貫こうとする鏃。
これがペナ仕置きだっていうんだからぐるりウルティモは本当に怖い。
というよりTVってメディアのバラエティという免罪符を得た悪ノリが怖い。
だって私取材したことあるからね。
ガマン大会で火傷で死亡事故起こしたのをもみ消した事件を。
上の方での取引があったせいで記事にはできなかったけど。
そういったTV局直属の悪行制作班と比して、ぐるりウルティモの企画・制作を請け負ってる「いっぽんどっこ」ってお堅くて、倫理を守ってるほうの制作会社だと思ってたのにな。
調査が足りなかったな。
エルフと言えば精霊か弓矢か焼き菓子。
本編で精霊はたっぷり見せたから、ペナ仕置きとして弓矢が来るだろうとは半ば予想もしていたけれど。
まさか、頭にリンゴを乗せて、ウィリアムテルの卵たちの練習台にされるなんて。
ああ、そうこうしている間に水飴のように伸びた時間を突き破って、鏃が眉間に向かって来るよ。
避ければいいって?
馬鹿なことを言っちゃいけない。
子供たちの身長に合わせて、腰から下は地面に埋められている。
トレントの根っこの拘束付きで。
まあ死にはしないだろう。
即死でなければ瞬時に回復可能なのは、ペガサス牧場での毛利井さんを見て知ってるしね。
そういう意味では安心。
いや怖い。
死なないだけで痛いのは間違いない。
これ倫理どうなの?
怪我させても治したからノーカンってダメでしょ?
あなたたち日本生まれの日本育ちだよね?
あーーっ!
本当の危地には人間の本性が露出するというけれど!
あーーっ!
私ってこんなに余裕をなくしてしまう人間だったんだ!
ついに鏃は私の額に影を写した。
体感十秒。
実時間コンマ数秒。
なんで練習用の弓矢なのに鏃丸めてないの!?
「…………っ!!」
「シュー」
メダルプレゼンターの女性がぶっきらぼうに短い言葉を口にした途端、眉間接触寸前の矢が、空気に弾かれて明後日の方向に飛んで行った。
「軸腕がブレた。お兄さん用の弓を使うから筋力が足りなくなる」
「うっ」
「背伸びしないで子供用の弓をつかうこと」
「はーい」
悪びれてない。
私に対する謝罪も無い。
「じゃあ、次の子」
プレゼンターさんは淡々と、次なる子供に射撃を促す。
え?
今の一撃で終わりじゃない?
え?
あと十人は居るように見えるんだけれど?
「はっ。はっ。はっ。はっ。」
酸素が。
酸素が足りない。
「なんだなんだ大渓さん。もっと派手にビビってくれないとつまらないじゃないか!」
ここまで黙ってこっちをニヤニヤ見て居たクワさんが、ようやくコメントを取りに来た。
いや…… 派手とかさ。
そりゃ、演技できる状況ならしてますよ?
マスコミの末席を汚す者として、ショーの成立には協力もするさ。
だけど…… わかるでしょ?
私いま、本当に余裕がないんだよ!
「いやぁ、私は恐ろしいときほど固まっちゃう性質なので」
だから、余裕の無さをそのままコメント。
クワさんは特にコメントに反応しないで、今度はプレゼンターさんに向き直った。
「プレゼンターさんは弓矢の教育教官なんだって?」
「そうだけど?」
「じゃあ、こうやって被害の出そうな誤射を弾くのもお仕事なんだ?」
「そうだけど? 何が言いたいわけ?」
クワさんが回りくどく語る。
どこか嘲弄の意思を感じさせる笑みを張り付けて。
それを察してあからさまに苛立つ教官さん。
「ところで教官さん。あなた何本の矢までなら撃ち落とせるんだい?」
あっ……!
「子供たちの腕なら、五本は堅いけど?」
これか!
ここまではデモンストレーションで、本番の仕置きはここからか!
本当に頭どうかしてるぞウルティモスタッフ!
「そうかー。教官であっても五本止まりなのかー」
「挑発はやめようかクワさん」
「いやね、エルフのアーチャーで指導教官なんだからもっと、こう…… いやゴメン。現実を知らないが故の買い被りなんだ。現実は五本止まり。うん、ちょっと期待が外れてしまっただけ」
この男は、本当に、もう……!
市籠くんが反射的に噛みついちゃう気持ち、よくわかるよ!
「……大事を取っただけ。最初から本気なら十本いける」
「冷静になってくれないか指導教官さん」
「よし、じゃあ十本行ってみよう!」
「目に物見せてやる」
*
「大渓! よく戻って来てくれた!」
「デスク、私はどこに取材を掛ければ?」
「スジもんとの繋がりも出て来てな…… 復帰早々キツイ現場だが、雛鳥会幹部のインタビュー、行けるか?」
「ええ、問題ないです」
「……なんか肝が据わったか、大渓?」
「真の命の危機を知りますとね。単なる暴力や脅しなんて怖くなくなるんですよ…… ふふふ」
「お前、クイズ旅行で異世界に行ってたんだよな? 鉄火場じゃなくて?」
「その二つはね、デスク。両立しちゃうんですよ。恐ろしいことに」




