第六BF:スピリットフォレスト 4
ドラマだったら感動の〆に入ってくれそうなシーンから、およそ10問後。
場の空気は、確実に変わっていた。
さっきまでの笑い声や軽口は、どこか遠くへ押しやられて。
残っているのは、乾いた緊張と、結果だけを求める静けさ。
やっぱりウルティモなので。
しょせんウルティモなので。
勝負の世界は、甘くなかった。
問題が読み上げられるたびに、精霊たちは即座に動き出す。
もう誰も様子見なんてしない。
「問題。」の一言が、合図だ。
考える前に走らせる。
それが、この場で生き残るための前提条件になっていた。
そうして、一人勝ち抜け。
二人勝ち抜け。
……残り三人。
俺はまだ、解答席にいる。
「どーした大渓さん。……っていっても鼠くんがいう事聞いてくれないとなぁ」
黄石の軽い煽り。
けれどその視線は、しっかりと状況を見抜いている。
「いやぁ。どうも精霊とは相性が悪いようで」
大渓さんは肩をすくめて答える。
いつもの調子。
声色も、表情も、変わらない。
「どーした椰子泉さん。……っていってもヤシガニちゃんがあの速度ではなぁ」
「この子を選んだんだもの。最後までこの子を信じるわ」
静かな覚悟。
遅くても、鈍くても、信じる。
その言葉には迷いがない。
「そしてどーした先生! あ、君はいつもその辺のポジションか」
『こいつむかつく』
鳥ちゃんの即答に、思わず苦笑が漏れる。
「鳥ちゃんは落ち着いて。クワさんはそういう人なの」
「その子と会話できるんだって? 精霊との相性はピカ一か。テイマー面目躍如だな」
軽口の裏で、しっかり評価してくるのがこの人の厄介なところだ。
「相性いうならあれはどう?」
勝者席。
そこにある何か。
「くかーーーー」
眠り続けるモーリーと、その上に在るもの。
あれはもう、精霊という枠で語っていいのかすら分からない。
「あれは……あのお方は…… そういうコメント振るなよ! ここカットな、編成さん!」
逃げた。
珍しく完全に逃げた。
やったぜ黄石に一泡吹かせたぜ!
なんて、無理やり気持ちを高めても。
胸の奥に沈んでいるものは、動かない。
俺。
大渓さん。
椰子泉さん。
いつメンの誰かが脱落することはもう決まっているのだから。
残された選択肢は、勝つか、落ちるか。
それだけ。
気持ちはずっしり沈んでいる。
でも、かといって。
茂侍に一日付き合ったことには、驚くほど後悔を抱かなかった。
ただ、厳しいなと。
勝負ってこういう事なんだなと。
諦念を含んだ深い理解が、胸に沈んだだけで。
「まあ、ここで落っこちちゃったほうが気楽かもな。なんせ勝ち残ったら恐ろしい恐ろしいアンデッド国家に行かなきゃならないからな!」
「いやー。でもここでのペナ仕置きも怖いなぁ。あの精霊わっしょいでも十分怖かったのに」
大渓さんが軽口を叩く。
その口調は軽い。
本当に軽い。
けれど。
彼の現在の立ち位置は、全く軽くない。
ゼロポイント。
俺と椰子泉さんはリーチ。
それでも。
顔色に焦りも怒りも恐怖も浮かんでいない。
声だっていつもと同じトーン。
椰子泉さんにすらどこか顔が引き攣ってるように見えるのに。
大渓さんは、変わらない。
軽くて、洒脱。
その「変わらなさ」が、現状に照らせば異質だった。
「問題。」
局面が切り替わる。
空気が張り詰める。
三体の精霊は同時に発進。
だが速度が全く違う。
俺の鳥ちゃんは1.5秒。
風を切るように一直線。
迷いがない。
大渓さんの鼠は8秒。
小さな足で懸命に地面を蹴る。
進む。
止まらない。
でも、速くはない。
でも、真っすぐではない。
椰子泉さんのヤシガニは20秒超。
重く、確実に。
一歩ずつ。
決して急がず。
えいほえいほ。
ただ前に進む。
「第二次野島政権下で――」
俺は悠々と問題を聞く。
時間がある。
だからこそ、考える余裕がある。
短文問題なら聞ききってから回答できる。
でも。
「――農水省が行ったボイコットをなんと言う?」
折角の短文問題が巡って来ても。
それを競争相手が到達するまでに聞き切っても。
解らん問題は答えようが無い。
野島政権っていうのが戦前にあったこと。
農水省がボイコットしたことは知ってる。
でも、それに通称がついていたことは知らない。
そしてこの手の問題を良く知るのは――
鼠がボタンに到達する。
社会面新聞記者の、大渓さんだ。
大渓さんのバディが小さな体で、全力で跳ねる。
そしてジャンプ!
ボタンが反応しない。
軽すぎるのか?
いや、精霊の質量は関係ないはずだ。
なら。
何が足りない?
チチチチチ。
タイムアップを知らせる時計音が響いてくる。
「ジャンプだ、ジャンプ。もっと高く、はい!」
大渓さんの声。
いつも通りの調子。
焦りは、見えない。
チチチ。
ぽーん!
鼠の大ジャンプが通じた。
タイムアップギリギリ。
本当に、ギリギリ。
大渓さんのハットが感嘆符を立ち上がらせる。
「大渓さん、お答えは?」
「…………」
一瞬。
二瞬。
ありえない沈黙。
「大渓さん?」
「…………あれ?」
ブッブッブッ。
短く刻まれるブザー。
解答可能時間、残りわずか。
「えっと…………ああっ」
ブッブッ。
「問題忘れちゃった!」
ブー!
空気が、わずかに歪む。
ええ!?
あの冷静な大渓さんが?
だって。
……本当に?
そこに違和感が残る。
さっきまで平静そのものだった。
焦る要素はあったはずなのに。
それが、一切表に出ていなかった。
ボタンが押される前までは。
違和感が輪郭を持つ前に、状況が進んだ。
えいほえいほのヤシガニがボタンまで到達。
遅い。
でも、確実。
ハサミを振り上げて――
ポーン!
「椰子泉さん!」
そう。
このクイズルールは連続チャレンジ可能。
誤答が出たら次の問題に進むのではなく、正答が出るまでは。
ボタンを押したい挑戦者がいる限り、一人一回、何人でも押せる。
「体は米で出来ているボイコット」
「正解! 勝ち抜けおめでとう!」
ゆえにヤシガニの打釦は有効で。
このクイズ形式において極大不利であったはずのワイズメンが、
逆境を跳ね除けて勝ち抜けた。
「ああーーーっ」
大渓さんが宙を仰ぐ。
大仰に。
その動きすら、どこか整っている。
椰子泉さんは大渓さんに、何か。
慈しむような目線を向けると。
ヤシガニを胸に抱きあげて、勝者席へと移っていった。
静かに。
誇るでもなく。
ただ、結果として。
これで一対一。
俺か、大渓さんか。
逃げ場はない。
『ねえ、鳥ちゃん』
『何?』
胸の奥に引っかかっている違和感。
それを、確認する。
『鼠くんはなんであんなに大渓さんのお願い聞かないんだろう?』
『聞いてる』
やっぱり。
そうだと思った。
あの動きは、無秩序じゃない。
動きで以って話題を提供している。
周囲を楽しませようというバラエティの文脈を感じる。
でも。
それだけじゃ説明がつかない。
大渓さんがあまりにもいつもの大渓さんらしくて。
状況においてはそれゆえ大渓さんらしくなくて。
そのズレが。
どうしても、引っかかる。
『鼠は大渓の願い通りに動いてる』
でも、結果は出ない。
そこに作為がある。
つまり、大渓さんは。
『わざと負けようとしている』




