一次予選通過者ガイダンス 3
ドアを開けた瞬間、空気が変わった。
さっきまでの会議室のざわつきが、きれいに切り取られてる。
小さな机が一つ。
向こう側に―― 閑君総合プロデューサー。
さっき栞を読み上げてたやつ。
近くで見ると、印象が違う。
背は高くない。むしろ低い。
でも、詰まってる。
肩幅と首の太さで、全体がぎゅっと固まってる感じ。
白髪交じりの短髪。
無駄がない。
そして顔。
輪郭がごつくて、目と口が前に出てる。
カミツキガメ、って言葉が浮かぶ。
静かに噛みついてくるタイプ。
その横に、ビデオカメラ。
赤いランプが回ってる。
――やっぱりか。
座るように促されて、椅子に腰を下ろす。
机の上には紙とペン。
閑君は紙を見ていない。
こっちを見たまま、ペンを持っている。
「この面談の目的は、あなたという人間を知ることにあります」
いきなり結論から来る。
声は一定。
上がりもしないし、下がりもしない。
丁寧なのに、温度がない。
「では、始めます」
ペンが動く。
紙面を見ないまま。
カリカリ、と音がする。
視線はずっとこっち。
「なぜ、このクイズに参加したのですか」
「えっと…… 友人に誘われて」
「そのご友人のお名前は」
「港ヶ陸穂積です」
「彼はクイズ経験者ですね」
「はい」
「あなたは?」
「……経験ないです」
ペンが止まらない。
目も逸れない。
「では、なぜ参加したのですか」
「いや…… だから、誘われて」
「断らなかった理由をお聞きしています」
かぶせてくる。
間を与えない。
「……なんとなく、です」
「なんとなくとは、どういう意味でしょうか」
来た。
この感じ。
言葉を逃がさない。
「……深く考えてなかった、というか」
「考えないことを選択された、という理解でよろしいですか」
「いや、選んだというよりは……」
うまく言えない。
でも待ってくれない。
「君は就職活動中だとおっしゃっていましたね」
「はい」
「順調でしょうか」
「……あまり」
「それはなぜですか」
短い。
でも逃げられない。
「面接が…… うまくいかなくて」
「具体的には、どのように」
「その……」
詰まる。
視線が揺れる。
でも戻される。
あの目に。
乾いた目。
「現在も同様に見受けられますが」
静かに刺してくる。
「……はい」
肯定するしかない。
ペンが走る。
紙は見ていない。
それでも書いている。
どうやって書いてるんだ、これ。
「あなたは、自分をどういう人間だと認識していますか」
また来た。
大きいやつ。
「……普通、だと思います」
「普通とは、どのような意味でしょうか」
さっきと同じ。
でも同じじゃない。
ぐるぐる回る。
「特に……特徴がないというか」
「先ほどは考えないとおっしゃっていましたね」
拾ってくる。
「それは特徴ではありませんか」
逃がさない。
「……そうかもしれません」
「では、あなたは「考えないことを選ぶ人間」という認識でよろしいですか」
言い方を固定される。
違う気もする。
でも否定できない。
「……わかりません」
「わからないとは、一体なぜですか?」
終わらない。
同じ場所を、少しずつ削られる。
取調室ってこんな感じなんだろうな。
知らないけど。
同じ質問。
違う角度。
少しでもズレると、そこを突かれる。
「先ほどの回答と、微妙に異なっていますね」
やっぱり来る。
どこでズレたのか、自分でも曖昧だ。
でもズレてるらしい。
直そうとすると、また別の言葉で詰められる。
ループ。
カメラの赤いランプが、やけに目に入る。
音は、ペンの音だけ。
カリカリ、カリカリ。
逃げ場がない。
「あなたは、自分をどういう人間だと認識していますか」
また同じ質問。
何回目だこれ。
頭の中が少しずつ擦り切れてる。
考えるのが面倒になる。
言葉を選ぶのも、整えるのも。
俺はマジで返答してたつもり。
俺の中から言葉を絞り出してたつもり。
でも、それが通じないのなら。
それが気に入らないっていうのなら。
他人が張ったレッテルを。
おっさんどもが理解できない若者をより分けたカテゴリで。
自分を定義するしか、ないじゃんさ。
「……新人類、ですかね」
一瞬、空気がわずかに揺れた。
ほんの一瞬だけ、閑君の眉がぴくっと動く。
でも、それだけ。
表情は変わらない。
目も変わらない。
ペンも止まらない。
「新人類とは、どのような定義でしょうか」
それでもか。
お前らマスコミが仕訳けたであろう流行語でも、終わらせてくれないか。
普通に続けてくる。
なかったことみたいに。
いや、ちゃんと拾ってる。
逃がしてない。
新人類って言葉を。
お前がどう受け止めて。
どう理解しているのか。
そこまで掘り下げてくる。
掘り下げさせにくる。
「なんか、こう…… やる気がないっていうか」
「やる気がない状態を指すのですか」
「いや…… そういうわけでもなくて」
説明できない。
でも突っ込まれる。
いつも通り。
そこからまたループに戻る。
質問。
回答。
否定。
再質問。
繰り返し。
頭が重くなる。
言葉を選ぶのが面倒になる。
でも選ばないと突っ込まれる。
また選ぶ。
また違うと言われる。
ああ、疲れる。
ドームで立って、歩いて、叫んで。
黄石に目をつけられて。
やっと終わったと思ったらこれだ。
帰りたい。
家に帰って、何も考えずに寝たい。
ぼんやりしたい。
「――気を抜かないでください」
同じトーン。
でも、はっきり届く。
逃げかけた意識を引き戻される。
ああ、逃がしてくれない。
もう、取り繕う余裕がない。
言葉を整える気力もない。
そのまま出る。
「……俺、逃げてる方だと思います」
ぽろっと出た。
出しちゃいけないやつが。
いけないやつなのに。
一旦零れちゃったら。
もう、止める気力がない。
「何から逃げているのですか」
「……責任、とか」
後さんと塩湖さんの顔が浮かぶ。
「先ほど、同席されていた方の影響でしょうか」
「……はい」
短くなる。
言葉が雑になる。
でも直せない。
「ちゃんと…… 背負ってる感じで」
「それに対して、君は」
「無理だなって…… 思って」
息が少し荒い。
疲れてる。
「逃げている、と」
「……はい」
「それをあなたは、どのように感じますか?」
「……情けないな、って」
そのまま出る。
考える余裕がない。
閑君は黙る。
ペンだけが動く。
視線は変わらない。
ずっとこっち。
そして、やってきた。
この取り調べが始まってから、初めての沈黙が。
時間が伸びる。
やがて、閑君が口を開く。
「君は、本当に普通の青年なのですね」
評価なのか、ただの確認なのか。
わからない。
ペンの音が、止んだ。
「いい素材です」
――素材。
一瞬引っかかる。
でも考える余裕がない。
頭がぼんやりしてる。
「以上です。戻っていただいて構いません」
終わり。
急に。
圧がふっと消える。
立ち上がると、足が重い。
ドアに手をかける。
開ける。
「失礼しました」
廊下の空気が軽い。
やっと出られた感じ。
*
会議室に戻ると、さっきまでの熱気が嘘みたいに引いていた。
机と椅子だけが残ってる。
文化祭の後みたいな静けさ。
その中で、一人だけ残ってるやつがいた。
港ヶ陸穂積。
俺をこんなところに引きずり込んだ元凶。
「おーい」
穂積が、こっちに手を振ってる。
それだけで、少し楽になる。
近づくと、向こうが笑う。
「遅かったな」
「いや……長くて」
椅子に腰を下ろす。
力が抜ける。
なんか、助けられた感じがする。
差し出されたスポーツドリンクを、一気に飲み干す。
「どうだった?」
「取り調べみたいだった」
「は?」
素で返される。
「同じこと何回も聞かれてさ。答え違うと突っ込まれるし」
「マジで?」
眉をひそめる。
「俺んとこ、普通だったけどな」
「普通?」
「通り一遍。軽く経歴聞かれて終わり」
拍子抜けした顔。
「ディレクターっぽい人でさ。まだ20代じゃないのかって感じの」
なるほど。
差がある。
「そっちはクイズ経験者多かった?」
「ほとんどそうだな」
やっぱり。
仕分けられてる。
あの面談も、その一環。
――選別。
まあ、いいか。
考えても仕方ない。
「帰るか」
「だな」
二人で外に出る。
夜の空気。
少し涼しい。
パーカー持ってくれば良かった。
歩きながら、穂積が言う。
「あ、そうだ」
「ん?」
「六日後、空いてるだろ?」
「たぶん」
「関西のクイズソサエティーがさ、予選突破者集めて強化合宿やるんだよ」
「クイズソサエティー?」
「荒火が立ち上げた…… まあ学校の枠を排したクイズ研究会みたいなもんだよ」
「ほーん」
「お前も参加な。荒火も了承済み」
軽いノリで強引。
いつも通りの事後承諾。
少し考える。
面倒くさい。
でも断る理由もない。
断る方が面倒くさい。
「……まあ、暇だしな」
「決まりな」
穂積が笑う。
楽しそうに。
俺も笑う。
楽しいわけじゃないけど。
穂積がここいいてくれるから。
俺はまだ、笑顔が作れてる。
――流されてるな、俺。
でもまあ、今はそれでいいか。
たぶん。
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音楽立身ファンタジー『トルバドーれ!』もよろしければ。
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