京都クイズ合宿 1
嵐山の寺は、観光パンフに載るような顔をしているくせに、中に入ると完全に別の競技会場だった。
畳の匂いがやけに生々しくて、床板は嫌に硬くて、座布団はなんだか湿ってて。
窓の外の竹林が妙に整いすぎていて、逆に落ち着かない。
で、俺は今、そのど真ん中で、足を組んでいる。
正直に言うと、座禅ってもっと静かな罰ゲームだと思っていた。
動いてない。
少なくとも、俺の自己申告では。
でも。
――トン。
肩に、細い棒が優しく触れた。
またか。
反射的に頭を下げる。
――パン!
乾いた音が、やけに響く。
これで何度目だろう。
痛み自体は、まあ、部活のしごきとかに比べたら大したことない。
問題はそこじゃない。
なんで当たるのかが分からない。
俺、動いてないぞ。
たぶん。
いや、動いてないはずだ。
「あいたっ!」
二つ隣から、間抜けな声が上がる。
波名真―― たしかそんな名前だったか。
大学一年だとか言ってた、ちびっこくて元気溌溂なクイズプレーヤー。
あいつが警策食らうの、もう十回目くらいじゃないか。
さっきから、まるで反復横跳びみたいに打たれてる。
そう、反復横跳びな。
波名真は左のライン。
そんで俺が右のライン。
――トン。
また来た。
肩に、優しく触れる感触。
いやいやいや。
だから動いてないって。
呼吸も整えてるし、雑念も……
まあ多少はあるけど、そんなの全員あるだろ。
むしろ、これで無心になれるやつのほうが信用できない。
なんでこの坊さん、人の心の乱れを読むんだよ。
テレビのドッキリじゃないんだから。
――パン!
思考ごと、叩き割られた。
その反動で、ほんの少しだけ視線が横に流れる。
で、見えた。
荒火徹童。
あの黒革の塊。
寺で本職を背に座禅組んでるのにやっぱりオール黒革。
男は黒に染まれというテーゼ。
姿勢が、やたらと安定している。
というか、動いてないとかそういう次元じゃない。
あいつだけ、最初から「完成形」を置いてきたみたいな座り方をしている。
背筋が一本の棒みたいに通っていて、呼吸も外からじゃほとんど分からない。
さっきから一度も、警策が触れてない。
いや、触れる気配すらない。
……おいおい。
あの見た目で、精神まで仕上がってるのかよ。
ちょっと反則だろ、それ。
さらにその向こう。
港ヶ陸穂積。
こっちも負けてない。
背筋は自然に伸びていて、肩の力も抜けている。
無理して作ってる感じがないのに、崩れない。
しかも、こいつも一度も叩かれてない。
なんだこの東西対決。
片や黒革のライオン、片やテクノカットの優等生。
どっちも、静かに勝ってる。
で、俺と波名真だけが定期的に処理されている。
……なんか、ポジションが雑だな。
そういえば。
この二人の関係、どっかで聞いた。
京都へ向かう新幹線の中で、白樫部長がぽつっと言ってたやつだ。
『港ヶ陸と荒火は、いわば東西の雄なのです』
あのときは、正直ピンと来てなかった。
雄って言われても、動物園の話じゃないんだからって感じだった。
『港ヶ陸は個人で戦うタイプですが、荒火は違います。関西のクイズ界そのものを背負っているのです』
背負うって、どういう意味だ。
そんなもん、サークルの延長線上だろ。
――と思っていた。
『彼は、「王」を自称しているのですよ』
キング?
マジかよ。
きょうび、少年漫画でももっと捻った二つ名をつけるぞ。
二十歳過ぎてそれは、ちょっと痛いだろ。
就活の面接で言ったら、確実に落とされるやつだ。
……って、そのときは軽く流した。
でも。
合宿が始まって、すぐに分かった。
ああ、これは。
王かどうかはともかく。
少なくとも、支配者ではあるな、と。
駅前での合宿集合の時。
関西の連中が、自然とあいつの周りに集まっていた。
指示しているわけでもないのに、動きが揃う。
問題の議論も、最終的にはあいつの一言で収まる。
誰も逆らわない。
いや、逆らう必要がないって顔をしてる。
納得してるんだ、あの采配に。
「関西でやっている」どころじゃない。
あれはもう、「関西を支配している」の間違いだ。
謙遜にもほどがある。
……まあ、本人は別に謙遜してない気もするけど。
――パン!
また現実に戻される。
そろそろ肩の感覚が無くなってきたんですがねぇ!?
*
昼飯時。
写経室は、さっきの静寂が嘘みたいに騒がしい。
墨の匂いと、カップ麺の湯気と、紙の擦れる音が混ざって、なんかもう、修行なのか文化祭なのか分からない空間になっている。
俺はというと、膝の上に弁当箱を置いて、箸を動かしながら、問題用紙をめくっている。
……めくっているだけ、と言ったほうが正確かもしれない。
頭の中が、さっきの警策みたいに、軽くしびれてる。
「上の空だな」
横から、いつもの声。
穂積は、すでに三枚目のペーパーに入っている。
箸の動きと、鉛筆の動きが同時に成立してるあたり、なんかもう人種が違う。
「というか、しんどい」
正直に言うと、ちょっと楽になる。
「もう二百問近くやってるぞ、これ」
「機内四百問対策だ。まずは頭の持久力をつけないとな」
さらっと言うけど、その「四百問」って数字、普通の生活ではまず遭遇しない単位だと思う。
「こんなの、もう競技だろ」
「遊びでないのは確かだな」
穂積は、少しだけ笑った。
こういう顔を見ると、こいつは本気なんだな、と分かる。
分かるけど、こっちはまだ、そこまで温度が上がってない。
いや、上げる気がないというか。
上がらないだろうな、と予想済みというか。
「どうですか、その百問は」
背後から声。
振り向くと、瓶底眼鏡の色白な男が立っていた。
寝不足なのか、元からなのか判断に困る白さ。
瓶底眼鏡の向こうで瞳が歪んでいる。
「どうですかって……」
難しいかどうか、ってことか。
難しい。
そりゃ難しい。
でも、それだけじゃない。
問題文をもう一度見直す。
前半で「この流れならこの質問だろ」と思わせておいて、後半でひっくり返す。
なのに、日本語としてはちゃんと通ってる。
なんか、嫌らしい。
いや、違うな。
手が込んでる。
「設問の言い回しが厳しい。前半で予想した質問と違うのに、文章として破綻してない」
まあ、飽きない程度には面白いよね、問題。
かならずどこか捻ってる。
なんて。
口に出してから、ちょっとだけ後悔する。
なんか、通ぶった感じになってないか。
俺、クイズ素人なのに。
このクイズ猛者であろう男に向かって。
でもまあ、事実だし。
「関東の雄のご友人にそう評して頂けるとは光栄。励みになりますな」
顔色の悪い男が、軽く頭を下げた。
「あなたは?」
「あ、初めましてででしたね。私は李野。李野幸節と申します」
やけに丁寧だ。
「ご丁寧にどうも。市籠天馬です」
名乗り返すと、横から穂積が口を挟む。
「市籠、今日のこの問題な、三百問はこの李野が作ってるんだ」
「……さんびゃく?」
思わず、声が裏返る。
いや、待て。
冷静に考えろ。
誰かが問題を作らないと、クイズなんて成立しない。
当たり前の話だ。
当たり前なんだけど、数字にされると急に現実味が出る。
三百問。
それ、ほぼ一日分の俺の苦行じゃないか。
「私、クイズ作家目指してまして」
李野くんは、さらっと言った。
そういう商売もあるのか。
テレビの向こう側の人間、って感じだ。
「俺たちが修行に集中できるのも、作家の皆さんのお蔭なんだ」
穂積が、珍しく真面目な顔で言う。
こういうところ、ちゃんと筋通してくるんだよな。
「縁の下の力持ちですね」
俺が言うと、李野くんは少しだけ照れた。
「では、サポートとして合宿に参加を?」
李野という男は整っていない後ろ頭をぽりぽりと掻くと。
「やはは…… それが私、通っちゃいまして。補欠合格」
「おお」
素直に声が出る。
「補欠七番目だったんで、どうかなーとドキドキしてたんですけど、結果として一緒に旅ができるようです」
旅、ね。
まだその言葉に、実感がついてこない。
「お手柔らかに、李野くん」
「こちらこそ」
軽く会釈を交わす。
穏やかな雰囲気の男だ。
殺気立ってないというか、体温が熱すぎないというか。
なんかこいつとは友達になれる気がする。
周りでは、まだペンの音が止まらない。
カリカリ、カリカリと、一定のリズム。
まるで、全員で同じテープを巻き戻してるみたいだ。
その中で、俺だけがちょっとだけ再生速度を間違えてる。
そんな感じ。
……まあ、いいか。
とりあえず、目の前の四択を埋める。
それくらいなら、今の俺でもできる。
7/18日は10話~12話までを投稿
12話投稿は19:40
音楽立身ファンタジー『トルバドーれ!』もよろしければ
https://ncode.syosetu.com/n8904lw/
全154話予約投稿済み




