京都クイズ合宿 2
夜の本堂は、昼間とは別の顔をしていた。
昼は紙と鉛筆の音で満ちていたのに、今は寝袋と布団が無秩序に広がっている。
雑魚寝ってやつだ。
修学旅行を思い出すような、思い出さないような。
ただ違うのは、その中央。
みんなが端に布団を寄せたせいで、ぽっかり空いたスペースに――
「「「「おおおっ」」」」
妙な歓声が上がった。
どどん、と置かれている機械。
なんかの実験装置みたいな箱に、マイクがついてるだけの簡単なものだ。
でも、その場の空気は完全に「新兵器導入」だった。
で、誰かが言う。
「大声測定機です」
……は?
大声測定機?
なにそれ。
初めて聞いた単語なんだけど。
「キング! 工学部の奴らの尻を叩いて、ようやく完成までこぎつけました!」
「ご苦労だったな、茂侍」
「恐縮です我が王!」
おー、お目目きらきらだわ。
この茂侍ってやつ、マジで荒火を尊敬してるんだな。
まるで舎弟だ。
いや、舎弟っていうか、家臣というか。
とにかく、あの黒革の塊に向ける視線が、完全に信者のそれだ。
「そいじゃあ早速」
と、誰かが前に出ようとした瞬間。
「勝手に触るなボーイ!」
「ボーイって呼ぶな!」
ああ、あいつか。
昼間、警策で叩かれまくってた波名真。
ひょこっと機械に手を伸ばしただけで、烈火の勢いで茂侍に止められてる。
で、ボーイ。
それ、あだ名か?
ぷぷ。
名は体を表すって、こういうことか。
「さ、わが王よ、第一声を、高らかに」
「わかった」
成程。
茂侍は、最初の一声を荒火にやらせたかったわけだ。
なんというか、分かりやすい。
あいつにとっては、それが一番のご褒美なんだろうな。
ところで。
「ねえ白樫部長」
「なんですかな?」
「大声測定機って、何につかうの?」
――ざわっ。
空気が、一瞬で変わった。
あれ。
そんなに変なこと聞いたか?
「えっ何言ってんのあいつ」
「予選突破者だろ?」
ひそひそ声が、やけに耳につく。
関西の連中だ。
なんだよ、その「常識だろ」みたいな顔。
知らねえもんは知らねえよ。
テレビ、そんなに見てないし。
「ぐるりウルティモにはですな、必ず【大声クイズ】があるのですよ」
白樫部長が、いつもの調子で説明してくれる。
「早押しボタンの代わりに、声に反応する装置なのです」
成程。
ボタンの代わりが声。
だから、大声測定機。
分かりやすい。
そして、めんどくさい。
勝ち進んだ先の形式まで、もう対策してるわけか。
先まで考えてるなー。
本気で勝ちにきてるんだなー。
……いや、今日一日で何度も思い知らされてるけど。
「我がソサエティーに栄光あれ!」
ポーン!
「ティー」くらいで、荒火の頭上――正確には機械のランプが弾けた。
感嘆符みたいに光る。
通った、ってことか。
声、通るな。
腹から出てる。
なんか、舞台役者でもいけそうな響きだ。
「茂侍、設定甘いんじゃないか?」
「このくらいの感度でいいと思いますが……キングが凄すぎるんですよ」
「そうか」
キング。
その呼び方にも、だいぶ慣れてきた自分がちょっと嫌だ。
荒火は、さっさとお立ち台から降りる。
で、次に目を向けたのが――
「港ヶ陸、やれ」
いきなり命令形。
「あんたに命令されるいわれはないんだがな」
即、返す。
「王の御指名を何と心得る!」
「抑えろ茂侍」
「……は」
え、なにこのやり取り。
荒火が命令するのも変だし、穂積が噛みつくのも変だし。
茂侍はもう……怖い。
この三角関係、バランスがおかしい。
「じゃあ俺が!」
空気を読まずに飛び出すのは、やっぱり波名真。
チャレンジ精神だけは一流だ。
よく見ると袖から零れる二の腕に筋肉がぎゅっと詰まっている。
あと、肩とか胸板も小さい体に似合わない厚みが感じられる。
明らかな遊びじゃない鍛錬の跡。
マジでなんでこいつ、ここにいるんだろうな?
「お前は【ボーイ】で」
「【俺はボーイだ】だろ?」
「【ボーイって呼ぶな!】はどうだ?」
「それいい」
「ありそう」
「「「採用」」」
なんだこの会議。
妙にスムーズに決まったぞ。
「んじゃ行っちゃうよ……ボーイって呼ぶな!」
しーん。
「ボーイって呼ぶな!」
しーん。
「ボーイ!って!呼ぶな!」
しーん。
……あ、ダメだこれ。
「成程、設定は甘くなかったな」
「やっぱキングはすげえよ」
結論早いな。
「波名真。語尾を伸ばしてみろ」
「ボーイってよぶなああああーーーーーッ!」
ポン!
「あ、通った」
「流石は我が王!」
茂侍、ほんとにブレないな。
「なるほどな」
「完全にわかった」
周りも妙に納得している。
さっきまで笑ってたのに、切り替えが早い。
「じゃあ交代、俺俺、俺やりたい!」
「ひとり2分な」
「早口言葉系は不利よな」
「でもクワさん次第だしな、絶叫ワードは」
「聞き取れない発音してても、勢いがあれば判定OKになるケース、多いよ」
だんだん、それっぽい議論になってきた。
ただの大声大会じゃなくて、ちゃんと攻略対象として見てる。
「では予選通過者を参加番号順で」
進行も、やけにスムーズだ。
こういうとこ、やっぱり慣れてる。
そこからは、なんというか。
普通に楽しかった。
いや、楽しいって言うと語弊があるな。
戦闘意欲よりもワクワク感が上に立ったというか、肩の力が一段抜けたというか。
これなら俺でも空気を共有できる感じ。
「補欠合格してしまいましたー!」
声の小さい白樫部長が頑張ってる。
感嘆符が立つのに10回くらいかかった。
でも楽しそう。
「クイズ作家になりたーい!」
李野くんも声が小さい。
部長程の時間はかからなかったけど。
やっぱり楽しそう。
「男は黙ってテクノカット!」
穂積はまさかの髪型押し。
おまえそこ、こだわりのポイントだったのかよ。
「一応ナンバーツーなんです」
え、誰?
「それがキングの願いなら!」
ホント茂侍はブレないな。
就職してからはどうするつもりなんだろう。
妙な一体感。
文化祭の準備の夜、みたいなやつ。
で。
当然のように、順番が回ってくる。
「お前は【それなりに】な」
「それしか無い」
「絶対そうなる」
「おいしいもんな、テレビ的に」
「やれ、天馬」
あーもー。
部長も穂積も、完全に乗っかってる。
畜生同調圧力!
こういうときだけ団結するなよ。
仕方ない。
一歩前に出る。
マイクの前。
昼間のペーパーとは別の緊張感。
でもまあ、やることは単純だ。
腹から声を出す。
語尾を力強く伸ばす。
それだけ。
「それなりにーーーーーーーッ!」
ポーン。
……一発で通った。
なんだ。
意外と、いけるじゃないか。




