京都クイズ合宿 3
明けて、翌朝。
合宿の最後は、ぐるりウルティモの基本――
早押しボタンによる実戦訓練だった。
枯山水の上に、据え付けられた四台のボタン。
え枯山水!?
いいのかよぐちゃぐちゃにして。
ああ、これを後で整えるのもまた修行なのね。
了解。
昨日の大声測定機とは違って、こっちは妙に現実感がある。
テレビで見たやつと、同じ形だ。
「オンエアの反応速度により近づけました!」
「よくやった」
「勿体なきお言葉!」
……。
お前らはもうそのまま結婚してしまえ。
茂侍と荒火のやり取りを横目で見ながら、俺は適当に距離を取る。
その近くでは、白樫部長と李野くんが、真剣な顔でボタンをいじっていた。
「手のひらで軽く包んで……こう、押し出すように」
「うわ、手のひらの皮痛っ!」
「これは手のひらというより、親指の付け根に近い場所で……」
「でもここぞって時に真上からバシッと叩きつけるのにも憧れますぞ」
「かっこいいですからね」
「異議なし」
「異議なし」
……なるほどなー。
技術論。
クイズに、こんな方向性あるんだ。
俺も試しに、言われた通りにボタンを触ってみる。
包み込むように、軽く。
――カチ。
思ったより、硬い。
というか、角が当たる。
これ、長時間やったら普通に痛くなるやつだ。
じゃあ、と今度は真上から。
――バン。
こっちは痛みはない。
でも、なんか雑だ。
「今更手のひらの皮、厚くできませんしなー」
「軍手嵌めたらダメですかね?」
いや、それは反則なんじゃないか。
たぶん。
でも、こいつら本気で検討してる顔だ。
「よし。3P勝ち抜けで入れ替わり。200問連続で合宿〆るぞ」
「「「おー!」」」
軽い掛け声。
でも、その直後の空気は、軽くない。
早押し台に、四人が並ぶ。
荒火。
穂積。
白樫部長。
見たことあるような顔。
誰だ、あいつ。
えーと?
ああ、ナンバーツーとか言ってたやつか。
地味だな。
地味通り越して忍んでるな。
「おお、壮観!」
「東西王者に次席と白樫。合宿上位揃い踏みじゃないですか!」
いや、三人しか分からん。
地味なあいつはマジナンバーツーだったのか。
「炎鳥が参加できなかったのが悔やまれる!」
なんか聞き覚えある苗字のような……
あ、赤門の部長か。
四問目ではお世話になりました。
あいつも一次予選突破してたんだな。
「問題!」
声が響く。
問題読み上げは、この寺の住職さん。
こいつもソサエティー社会人の部の一員らしい。
どうりで気前よく会場を貸してくれたわけだ。
昨日、俺の肩を容赦なく叩いてきた張本人が、今は妙にノリノリで問題を読み上げている。
テンポがいい。
いや、速い。
ビシバシドッカン、って擬音が頭に浮かぶくらい、勢いがある。
――バン!
――ピンポン!
――バン!
――ピンポン!
ボタンを叩く音が重なる。
正解を告げるチャイムが響く。
反応が早い。
いや、早いとかじゃない。
予測してる。
問題の途中で押して、正解してる。
なんだこれ。
俺、今まで「本気だな」って思ってたけど。
全然違う。
甘かった。
こいつら、戦ってる。
クイズなのに。
オリンピックの決勝みたいに。
相撲取りが立ち合う直前みたいに。
空気が張り詰めてる。
「よし、一抜けだ」
荒火が、涼しい顔で言う。
なんだその余裕。
「ちっ……くしょう!」
穂積が、拳で台を叩いた。
……マジか。
あいつが、こんな顔するのか。
ちょっとだけ、意外だ。
でも同時に、妙に納得もする。
あれ、待てよ。
待て待て待て。
順番が来たら、俺もやるの、アレ?
あんな血走った奴らに交じって?
クイズのボタン、今日初めて見たような俺が?
聞いてない。
あんな風にできっこない。
荒火の空いた席に、茂侍が入る。
そのまま回転。
穂積が抜ける。
知らないやつも抜ける。
茂侍も。
部長も。
穴が空いて、埋まって、また空く。
流れ続ける。
止まらない。
で――
「よっしゃ三連続ポイント!」
誰かの声。
気づいたら、俺が前に立っていた。
あれ。
いつの間に。
波名真が抜けて、その穴に、俺が入ったらしい。
なんか、耳鳴りがする。
キーン、って。
あと、ちょっと、くらくらする。
これ、俺の息か?
やけに荒い。
いかん。
なんか、変だ。
場の空気に、飲まれてる。
太陽が、やけに明るい。
熱い。
でも、汗は出てない。
心臓だけが、やたらと速い。
足元が安定しない。
立ってるよな、俺。
視界が狭い。
指先が遠い。
坊さんが、何か言ってる。
聞き取れない。
音だけが、ばらばらに入ってくる。
バシ。
ギン。
ドカ。
ピン。
ポン。
息。
怒声。
光。
熱。
歓声。
ため息。
……なんだこれ。
なんで俺、ここにいるんだろ。
なんで立ってるんだろ。
何してたんだっけ。
今、誰かが肩を叩かなかったか?
こいつ、誰だっけ。
そんなに揺するなよ。
……あ、もう揺れてないな。
まだ、周りは騒がしい。
喉、渇いたな。
座っちゃダメかな。
なんか―― 遠い。
全部、向こう側の出来事。
*
結果。
200問のクイズは終わった。
俺は、40問目から最後まで、そこに立っていた。
一席を独占して。
まわりが五周もしてるのに。
動かず。
何もせず。
「置物かよ」
荒火の低い声。
その目が、まっすぐこっちを見ている。
冷たい。
というか、興味がない。
価値がないものを見る目だ。
俺は、反射的に視線を逸らす。
逃げるみたいに。
いや、実際逃げてるんだけど。
俺は。
一問も答えられなかった。
それどころか。
一度もボタンを押せなかった。
ただの一度も。
「勝負の場に立つ資格ねえよお前。ウルティモ、辞退しろよ」
淡々とした声。
怒ってるわけでもない。
ただ、事実を言ってるだけ、みたいな。
「荒火。俺の友達、バカにしないでくれるか?」
横から、穂積。
ちょっとだけ、強い声。
「そうですぞ。この場の熱気と殺伐さに緊張してしまっただけで。慣れてしまえば市籠くんはできる男なのですよ」
白樫部長まで。
……やめろよ。
そういうの。
余計、きつい。
「どうだかな」
荒火は、それだけ言った。
それ以上、興味がないみたいに。
寄って来た坊主と何事かを話し始めた。
終わり。
俺は、何も言えなかった。
言い返すとか、そういう以前に。
言葉が出てこない。
勝負。
勝負、か。
……別に。
悔しくは、なかった。
ただ。
なんか。
情けなかった。
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