第六BF:スピリットフォレスト 2
「精霊は等級で分類されます。皆さんの精霊は何級ですか?」
簡単すぎる問題。
耳に入った瞬間、思考するまでもない。
知識というより、記憶の確認。
しかも答えは全員が知ってる。
精霊ドッグカフェで長老から聞いてる。
あの時の空気。
ハーブティーの香りと、あの妙にフランクな長老の語り口。
あれがそのまま、この場に繋がっている。
「「いけ」」「「「「「ゴー」」」」」「「お願い」」
「ママ」「ホイ!」「ガンホー!」「ヤッ!」
銘々が瞬時に号令を下す。
声のトーンも、命令の仕方も、バラバラ。
それぞれが築いた関係性が、そのまま言葉に出ている。
俺はゴーの内の一人。
短く、鋭く。
余計なニュアンスを削ぎ落とした指示。
指示から1.5秒でボタンを押せる。
鳥ちゃんなら行ける!
ワンポイント先取!
そう思っていた。
だが、どっこい他の連中も一筋縄ではいかなかった。
墨市氏の影が音も無く伸びる!
地面を滑るように、いや――地面そのものが動いているみたいに。
質量を感じさせない速さで、一直線に伸びていく。
垂須さんのバッファローが猛牛ダッシュ!
地面が震える。
質量の暴力。
踏み込みの一歩ごとに、土がえぐれる。
モーリーの眠る王女様はお腹がガバッと開いて中からシャボンの泡が……
おお! おお!(語彙喪失)
あれはもう移動じゃない。
空間に干渉してる何かだ。
泡が弾けるたびに、位置がズレてる気がする。
それに続いてわんわんコンビや、飛翔するフクロウと茂侍のママ、体格差は歴然なのに、なぜか横並びのカンガルー&ウサギのぴょんぴょんコンビ。
速度も手段もバラバラ。
でも、目指す先は一つ。
早押しボタン。
時間にして3秒未満の出来事。
視界が追いつかない。
脳が処理を拒否するレベルの情報量。
そんな凄まじい連中を制したのは。
「はい、衿衣さん」
「中級」
ぴんぽん。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
衿衣が伸ばした肩から手の甲までをカタパルトにして射出された、スピアフィッシュのレーザーだった。
動作に無駄がない。
溜めも、躊躇もない。
一秒未満。
圧倒的な速度。
他の精霊たちが走る中で、あれだけが撃ち出された。
競技の土俵が違う。
衿衣は興奮することなく、奢ることなく。
左腕を解答席に真っすぐ伸ばすと、魚精霊はその上に再装填された。
まるで何事もなかったかのように。
ただの作業のように。
今の1問はサービス問題だったのだろう。
俺たち挑戦者にではなく、視聴者に対しての。
精霊たちが一斉にダッシュ!
その映像を見せる為に。
1問1問に、きっとこうした意図がある。
演出。
見せ場。
そして、その裏にある本質。
あ、ワンポイント後日談。
オンエアの時はスローモーションになってましたので、
その辺はご安心を。
ウルティモスタッフはTV界上澄みのバラエティ巧者です。
閑話休題。
『鳥ちゃん他の連中はどうだった?』
『魚は論外。影と牛は互角。あとは勝てる』
頼もしいお言葉で。
分析が早い。
しかも的確。
だったらあとは俺次第。
なにも一抜けしようと思わなければ、勝ち抜けだけなら十分勝機はある筈だ。
欲を出さなければいい。
勝ちに行くんじゃない。
負けないように動く。
「問題。アメリカとの貿易摩擦によって結ばれたスーパーNSK――」
国際問題か。
一気に空気が変わる。
さっきまでの見せ場から、知識の領域へ。
記憶の底をさらう。
断片だけはある。
聞いたことのあるような無いような。
英字新聞で読んだことあるような無いような。
『押す?』
『押さない』
ここでの判断が明暗を分ける。
押せばチャンス。
でも外せば――あの「わっしょい」。
迷っている間に二頭…… いや、二匹の精霊が走り出した。
ヤシガニと鼠。
ミニ精霊ナンバーワンとツーのタイマン勝負。
ヤシガニは全力で頑張って走っている雰囲気は伝わるが、如何せん遅い。
でも、その一歩一歩は確実だ。
「このNSKは「日本も少しは考えてよ」ですが、ピックアップされた3品目とは何か?」
頭の中でピースが揃う。
あ、わかるわ。
オレンジと米と牛肉だわ。
でも、もう間に合わない。
判断が数歩遅れた。
その数歩が致命的。
サイズ感でいうとヤシガニのハサミ一撃で真っ二つになってしまいそうな鼠が、ラップタイム8秒ほどでボタンに到着し――走り去る。
「あれぇ!?」
大渓さんの困惑を残して。
鼠はそのまま黄石の司会台に飛び上がって。
「チュ?」
小首を傾げてボタンを探し出した。
……ああ。
そういうことか。
速いだけじゃダメなんだ。
俺と鳥ちゃんにとっては当たり前に判断のつく位置指定も、
精霊との親和量や精霊そのものの理解力によっては難題になるわけか。
「そっちじゃなくて、手前手前!」
大渓さんの声に鼠が振り返った時にはもう遅い。
ヤシガニのハサミが早押しボタンをポーンしていた。
力技。
遅くても、正確に。
「椰子泉さん!」
「牛肉、コメ、オレンジ」
ぴんぽん!
「椰子泉さん1ポイント!」
「あちゃー……」
片手で両目を覆って天を仰ぐ大渓さん。
速さと正確さ。
その両立がどれだけ難しいか。
今の一問で、嫌というほど理解させられた。
このクイズ、波乱の予感がするな。
「問題。異世界には太陽が二つ――」
なんてタイムリーな問題。
「ママ」
この時点で茂侍が勝負をかけた。
他にもいくつか号令が下され、計六体ほどの精霊が飛び出していた。
一歩抜きんでているのは墨市氏の影。
「あることから――」
しかし、ボタンに到達しても押しはしない。
やがて茂侍のママやわんわん二匹も追いついた。
上空に旋回する知的フクロウと幾千万の夢のあぶく。
それが皆、ボタンの手前でピタリと止まる。
成程。
ああいう戦略か。
とりあえず回答権を取りに行き、分かった瞬間にボタンを押すと。
ヤシガニはえっほえっほと、ようやく道半ば。
「太陽の影が発生することがありますが――」
フクロウが急降下して回答権をかっさらう!
ポーン!
李野くんのハットから感嘆符が起き上がる!
「李野くん!」
「フェンデミラー現象」
ブー!
「問題は最後まで聞きなさい。これを異世界では何と呼ぶ? だ。あんたの答えは地球上での呼び名でしょ!?」
「やはー。早とちってしまいました。行ってまいります」
李野くんはすっとハットを脱ぐと、スキップでも踏んでるみたいに軽やかに精霊わっしょいペナルティを受けに行く。
「困りましたなー」
声弾んでるぞ。
お前…… さては体験したかったんだな?
精霊わっしょいを!




