茂侍裁 3
「どうだ、市籠」
茂侍が立ち上がる。
手は土で汚れている。
だがその表情は、変わらない。
さっきまでと同じ、理を求める顔。
――やっぱり、そうか。
ほんの少しだけ期待していた自分が、どこかにいた。
この土の感触。
あの「繋がる」感覚。
土に協力してもらってるという気づき。
それが、少しでも伝わっていたらって。
でも。
目の前にあるのは、いつもの茂侍だ。
揺らがない。
変わらない。
だからこそ、ここまで来たんだろうけど。
俺は一度、植えた苗木に目を落とした。
……ちゃんと、いる。
さっきまで「置かれていた」だけの苗が、今は「そこに在る」。
ただ刺さっているんじゃない。
この場所に、受け入れられている。
土に馴染んでる。
土と苗木の命がつながって、共に生きるを認め合ったんだ。
感触が、まだ手の中に残っている。
触れた時の柔らかさ。
温度。
土に手を入れたときの、受け入れられる感じ。
この子をお願いしますねって、苗木を託した感じ。
苗木が、この場所に「定着した」っていうのが、理屈じゃなく分かる。
僕これからここで頑張るね、っていう。
言語外の言語。
命の共鳴。
「……いい感じだな」
「いい感じ、とは?」
来た。
この返し。
この、ズレ。
「苗木も土も、生きてるって感じ、するだろ?」
「土に命があるはずもなかろう。群生した菌糸が根を張っているのならともかく」
俺の中にある感性と、茂侍の中にある知識が、ぴったり噛み合わない感じ。
お互い思ってる。
あーそういう捉え方するの、と。
なるほど、わからん! と。
「いや、だから――ほら、ちゃんと根付いたっていうか」
言葉にしようとした瞬間に、何かがこぼれ落ちる。
この感覚は、言葉にした途端に薄くなる。
そんな気がするのに。
でも言わなきゃ伝わらない。
そのもどかしさ。
「根巻きは不要なのか?」
「……は?」
やっぱり、そういう方向に行くのか。
「通常、移植の際には根を保護するための処置が必要だと認識しているが。この工程ではそれが省略されているように見える」
「いや、ここそういう環境じゃないし……」
知識。
条件。
手順。
そういう話じゃないんだって。
でも、それが彼の世界なんだ。
「ではこの樹種を選定した理由はなんだ? 成長速度か? 土壌適応性か?」
うわぁ。
全然入ってない。
いい感じの共有、ゼロだ。
ヤングエルフたちも、露骨に眉をひそめている。
あの整った顔に、はっきりとした違和感が浮かんでいる。
森と同調していた彼らの空気が、ほんの少しだけ乱れる。
「もう終わりか?」
「終わりでスね」
陽だまりの光が、少しだけ傾いている。
さっきまで斜めに降り注いでいた光が、今では真上から届いている。
時間はちゃんと流れている。
俺たちの中身がどうあれ。
「では手を洗いたい。 ツアーコンダクター氏。 生活魔法をお願いする」
「はいはい、わかりまシたよー」
ぷう、と女神頬を膨らませるサンタフェさん。
その仕草だけが、この場の空気を少しだけ和らげる。
マジあざとい。
「あ、やっちゃいまシた♪」
サンタフェさんの先行てへぺろ。
続いて生活魔法の水が水鉄砲の様に茂侍の顔にぴゅー!
光を反射して、きらきらと飛び散る水滴。
正午の光が、それを金色に染める。
一瞬だけ、幻想的ですらある光景。
「洗いたいのは顔ではなくて手なのだが」
だが茂侍! この可愛いイタズラをガンスルー!
顔に噴出した意図に全く気付いてない!
俺はサンタフェさんと目を合わせる。
今度は言葉もなく。
同じものを見て、同じ疲れを感じている。
それが分かる。
「「はぁ……」」
ため息が重なる。
陽だまりに溶けて、すぐに消える。
シーツ幽霊はひらひらしている。
ずっと、茂侍の頭上で。
何も変わらない。
何も感じていないように。
ただ、そこに舞っている。
【ツアー2】 虫取り体験で童心に帰りまシょう!
次に体験するのはリトルエルフの虫取り講座。
木々の間を縫うように走る小さな影。
笑い声。
葉をかき分ける音。
湿った土の匂い。
捕まえた虫を誇らしげに掲げる小さな手。
その全部が、きらきらしていた。
思わずカメラを何度かパシャった。
「魔法を使った方が効率的に捕獲できるだろ?」
茂侍のその一言で、全部が少しだけ遠のく。
サンタフェさんは頑張った。
俺も頑張った。
【ツアー3】 美味しい野性料理食べ放題でスよ!
今度は虫の幼虫のクリーミーな姿焼きを味わい。
火にかけられて、じゅう、と音を立てるそれ。
香ばしい匂い。
思ったよりも悪くない味。
むしろ、癖になるようなコク。
差し出してくれた子供はやっぱり、前歯の抜けた彼。
リトルエルフ共の厨房担当。
だからこそ、断れない。
「森の蛋白源として非常に有用だ」
栄養学って……
茂侍ホントお前……
【ツアー4】 大トレントのお引越シを見学シまシょう!
ゆっくりと。
本当にゆっくりと。
地面から根を引き抜き、また別の場所に下ろす巨木。
大地そのものが動いているみたいな光景。
時間の感覚が狂う。
焦ることが、どれだけ無意味か思い知らされる。
「時間がかかりすぎるな、もう十分見たろ?」
短い尺度。
人の時間。
【ツアー5】 かわいい精霊ちゃんたちによるふわふわレース!
レース会場は小さな湖畔。
その周回。
体つきも種族もバラバラな小精霊たちが、一斉に走り出す。
風を切る音。
地面を蹴る力。
光の尾を引くような走り。
とてっと転ぶ子。
ジャンプで飛び越える子。
手を差し伸べる子。
みんな最後には笑顔。
ほっこり。
「で、勝者はどいつなんだ?」
いやさあ。
確かにレースって銘打ってたけどさあ。
*
そして夕方。
森の色が変わり始める。
緑が深くなり。
影が長くなり。
空気が少しだけ冷えてきた。
「ツアーはこれにて、終了でス」
サンタフェさんの投了宣言。
「……? まだ精霊はいう事を聞いてくれないが?」
シーツ精霊はシーツ精霊のままだった。
表情無く言葉無く。
風に吹かれるままにひらひら、ふわふわ。
『頭ガチガチ』
鳥ちゃんの短い評価が、このツアーでの茂侍の全てを表している。
十分戦った。
工夫と配慮を重ねた。
やるだけのことはやった。
気付いてほしかった。
気付いてもらえなかった。
『解り方が分からない』
茂侍が苦渋を滲ませて独白したその意味を、俺とサンタフェさんは痛感していた。
途方もない徒労感と共に。
遠くで二つの夕日が沈もうとしてる。
木々の隙間から覗くそれは、朝とはまた違う顔をしている。
……そういえば朝日はカメラに収められなかったな。
あの瞬間。
あの光。
赤色の大勝利!
夕日もきっと凄いんだろうな。
丁度いい時間だな。
見たいな。
木々の遮りの無い場所で、思い切り。
…………………………よし!
「鳥ちゃん。あのでっかい針葉樹の枝の上に、俺と茂侍を飛ばせる?」
『がんばる』
「なあ市籠、俺は……ひょおおおおおお!?」




