茂侍裁 2
夜の樹上集落は、昼間とはまるで違う顔を見せていた。
灯りは火ではなく、淡く発光する苔や、枝先に吊るされた小さな光球。
風が吹くたびにそれらが揺れて、まるで森そのものが呼吸しているみたいだった。
茂侍には明日の朝食後から特訓を開始と宣言して下って貰い、
俺は夕食後に長老を訪れた。
もちろんこの方にアポを取って頂いた上で。
「ふふ。市籠サンはとてもアクティブなお方でスよね。お支え甲斐を感じてシまいまスよ」
我らが頼れるツアーコンダクターであるサンタフェさん。
もうこのジェネリック女神さまには足を向けて寝られんね。
「さて若きテイマーよ。この老木に尋ねたいことがあるとか」
長老は相変わらずの落ち着いた声で、けれどどこか楽しそうにこちらを見ている。
俺なんかの相談でも、ちゃんと「面白がって」くれている感じがするのが救いだ。
「……旅の仲間に、精霊と意志の疎通ができない者がいます」
「この集落では珍しい悩みですな」
長老は軽く頷いて。
「シーツお化けの付いとる青年ですかな?」
と、正しく推察した。
「そうです」
「そうですか。やはり彼には厳しかったのですね」
「最初から御懸念があったのですか?」
「彼には親和できる精霊が一体も存在しなかったのですよ」
……わお。
思った以上に大事だな。
努力とか工夫でどうこうなるラインの、外側の話だ。
「ですので私の方で、こっそり。物わかりのいい子に寄り添うようお願いしまして」
えー。
いや助かるんだけどさ。
それもう裏口入学みたいなもんじゃん。
こういう例外が出ちゃう時点でクイズ企画失敗では?
でも時間制限的にもう引けないか……
とは言え俺も一度は首を縦に振ったわけだし。
絆されラインは越えちゃったわけで。
ていうかこのやり取りでまた積みあがったし。
なんとか、こう。
ヒントだけでも。
「親和というのは、何なのですかね?」
「ほっほ。難しいことをお聞きなさるな。しかしそれこそ本質」
長老は鳥ちゃんに目線を移す。
「若きテイマーの心と、鋭き猛禽の心は、太くつながっております。他の日本人の皆様もまた精霊と、心と心で繋がっております。しかし、若きテイマーほどの太さで繋がっておる者は他におりませぬ。この太さが、親和というものです」
『強いつながり』
誇らしげな鳥ちゃん。
かわいいね。
「モーリーさんはどうなんでスかね?」
「論ずるに術がござらん」
あ、長老も匙投げてるわ。
あれはもう参考外。別カテゴリ。
「その太さって何に依存するんでしょう?」
「いろいろ要素はございますが……大まかに申せば思考ではなく感情。知識ではなく感覚」
「考えるより感じろ」
「ほっほ。まさにまさに!」
やっべー。
頭ガチガチの茂侍にゃ一番酷な答えが突き付けられちゃったじゃん?
でも同時に、答えとしてはこれ以上ないくらいシンプルだ。
難しくしてるのは、いつだって人間の側だ。
そしてその答えをひょいっと投げたボーイ。
お前なんでそんな感覚派がクイ研に居るん?
それにしても困ったな。
茂侍、それも検討し試行したって言ってたよな。
……検討、ね。
頭の中で、旅程でのあいつらの動きをなぞる。
早押し台。
問題。
反復。
修正。
それ自体は正しい。クイズ戦士としては。
でも――
「ねえサンタフェさん」
「なんでショう?」
「今日一日、茂侍やクイ研って、なにしてました?」
「早押し機のある広場に籠って、精霊サンと早押し特訓でスね。ずっと見てたわけじゃありまセんけど」
やはりな。
やはり。
思わず口の端が少し上がる。
見えてきた。
ズレてるポイントが。
精霊と「競技」してる。
精霊と「関係」を作ってない。
だったら――
「サンタフェさん。なんか、こう。明日一日、エルフ集落で可能な体験型ツアー、お願いできませんかね?」
精霊と遊ばせる。
生活に混ぜる。
クイズから一回、引き剥がす。
それが遠回りに見えて、たぶん一番近道だ。
「ドーンとお任せくだサい!」
*
「そうか、親和。心と心を繋ぐパイプ。ボーイの言葉が真理か」
朝食を摂取し次第俺の下に駆け込んで来た茂侍が、遠い目で俺の言葉を反芻する。
ちなみにシーツ幽霊が長老のお願いで引っ付いていることまでは言ってない。
俺は黄石や白山さんみたいなSの者では無いからな。
傷ついてる顔を見て悦に入る性根は持ってない。
「俺の最も苦手とし、また理解の及ばない結論がここに明確になった。それでどうする、市籠?」
俺がなんとかしてくれると思ってるのが言葉から伝わってくる。
俺がお願いを受けた。
だからなんとかしてくれる。
そう信じてる。
迷いなく。
『言葉を表面通りに受け取る』。
『白と黒しかない』。
その自己分析は当たってるな、多分。
「サンタフェさん、カモン!」
「今日はお二人の為にスペシャルなプランをご用意致しまシた」
サンタフェさんに促された先は森の中にぽつんと置かれた陽だまりで。
木々の天蓋がほんの少しだけ口を開けたみたいに、そこだけ光が落ちている。
柔らかい。
刺すような日差しじゃない。
葉を何枚も通過して、何度も濾されて、やっと地面に届いた光。
その光に照らされて、土は淡く温かく、草は透き通るような緑に輝いている。
風が吹くたびに、光の粒が揺れる。
影が、ゆっくり呼吸しているみたいに動く。
その中心に、いくつかの苗木と、ヤングエルフ。
背丈は俺たちとそう変わらない。
けれど、シルエットが違う。
無駄がない。
枝のようにしなやかで、幹のようにまっすぐ。
肩から腕にかけてのラインが滑らかで、動くたびに森と同調しているみたいに見える。
顔立ちは整っている。
整いすぎている。
人間の「整ってる」とは違う。
左右対称とか、黄金比とか、そういう人工的な美しさじゃない。
自然に生まれた均衡。
見ていて引っかかりが一切ない。
んーーー。
昨日一緒に遊んだリトルエルフの未開の部族感が、なんでこんな洗練と落ち着きを持つようになるのか。
やはりエルフは謎多き種族だぜ!
「【ツアー1】 エルフが優しく教えてくれる植樹体験!」
サンタフェさんがツアー旗を振り振り開始宣言。
ところがまずヤングエルフさんたちは。
「ファッキンヒューマンが無思慮に森を切り拓こうとするので、森の民としてはどうしても人工的な植樹が必要になるのですよ。せめぎ合いですね」
ここでもお怒りを込めてFワード。
もはやエルフのヒューマン嫌いは全世代共通。
でもその背景が伺い知れた。
「いつか緑で石造りの都を飲み込んでやる」
根深い怒りだな。
掘り下げんとこ。
「ア、アハハ。――さてお二人にはまず苗を植えるための穴を掘って頂きまショう」
引き攣った笑みでサンタフェさんが怨嗟をぶった切る。
陽だまりの空気が一瞬だけピリついてすぐに元に戻る。
さすがだ。
場の温度管理が上手い。
「しかしここにはシャベルもツルハシも無い様だが?」
茂侍が周囲を見回す。
確かに、道具らしい道具は見当たらない。
あるのは、土と、木と、光と、エルフだけ。
「そりゃエルフ式植樹体験でスから」
サンタフェさんが俺にウインクを寄越す。
あざとい。
このあざとさを全く察知できない茂侍はマジ茂侍。
「全部素手と魔法で行いまスよ」
まずは素手。
ヤングエルフの一人がしゃがみ込み、土に指を差し入れる。
掘る、というより。
ほどく、に近い。
土を押しのけるんじゃない。
土の間に指を滑り込ませて、ほぐしていく。
するり、と。
抵抗がほとんどない。
「……柔らかいな」
思わず口に出た。
森の土ってこんなもんか?
いや、違うな。
さっきまで歩いてた場所はもっと締まってた。
ここだけ違う。
ゆりかごの雰囲気がある。
「根が呼吸できるように、土は常に整えておくのです」
ヤングエルフが淡々と説明する。
表情は薄いけど、声はどこか誇らしげだ。
「なるほど……」
茂侍も膝をつき、恐る恐る土に手を入れる。
ぎこちない。
指先だけで触れて、様子を窺うような動き。
「違いまスよ」
サンタフェさんが後ろから軽く指導する。
「もっと、こう。触るんじゃなくて、委ねる感じでス」
委ねる、ね。
俺は手のひらごと土に沈めてみる。
ひんやりしてる。
でも冷たいわけじゃない。
温度がある。
一定じゃない温度。
生き物の体温みたいな。
指を動かすと、土がそれに合わせて形を変える。
抵抗しない。
受け入れてくる。
粘土を触ってる感覚じゃない。
土は間違いなく土の質感を皮膚感覚に返してくる。
「……なんだこれ」
思わず笑いが漏れる。
面白い。
掘ってるはずなのに、掘ってる感覚がない。
土と俺との共同作業。
息を合わせると空間ができていく。
『たのしい?』
鳥ちゃんが俺の肩で小首を傾げる。
「たのしい」
なんだろ、これ。
笑いがこみ上げる感じでもないんだけど確かに楽しい。
かき氷にスプーンを通してる感じ。
この密度があるのにスカスカ感。
感覚が受け取る世界。
「どうだ、茂侍?」
「なにが「どうだ」なんだ?」
「なんか感想ない?」
「感想とは?」
「……」
『てごわい』
それな。




