茂侍裁 1
「キングは教示してくれた。命ずれば従うと」
ああ、あのドーベルマン精霊はそんな感じだったな。
明確に主従を区分する雰囲気があった。命令と服従。そこに曖昧さは無くて、ある意味で分かりやすい関係性だったと思う。強い意志を持った者が上に立ち、弱い側がそれに応える。それだけの話だ。
「李野会員はあらゆる精霊知識を惜しみなく試してくれた」
嬉々としてやってる姿が目に浮かぶよ。
知識の引き出しをひっくり返して、片っ端から検証していくタイプ。理屈で殴るタイプ。あいつはああいう時、本当に楽しそうだ。成功しても失敗しても、どっちでも良さそうな顔をしてる。
「墨市会員はまずはモフれと指示をくれたがこの精霊は触らせてくれない」
ひらひらふわふら。
触ろうとするとその風圧だけで移動しちゃう感じ。
物理的に触れられない相手に対して「触れ」というアドバイスは、だいぶ乱暴だと思う。いや、方向性としては間違ってないのかもしれないけど、前提条件を満たしてない。
「波名真会員は考えるな、感じろと無茶を言い」
あ、俺それ言おうと思ってた。
でも実際、それに近いところはあるんだよな。理屈じゃなくて、なんとなくで通じる瞬間って確かにあって。だけど、それを言語化して渡すのは難しい。
「客員メンバーたる港ヶ陸は、心を開けと無理を言う」
無理か?
いや、これも核心には触れてる気がする。けど「心を開け」と言われて開けるなら誰も苦労しないわけで。結局そこは本人の問題になる。
「ダメだった。すべてを検討し試行しても、精霊はひらひらと舞うばかり。交流の足掛かりも掴めない」
足無いしねその子。
シーツの中身はありそうだけど。
ふわふわと宙を漂うその精霊は、確かにそこに「いる」のに、どこにも「いない」みたいな存在感だった。掴もうとしても指の間をすり抜けていく煙みたいな。
「無敵のソサエティーが、だれも確固とした指針を持てず、マニュアル化する時間も無い」
自負心凄いね。
普通、自分の所属してる組織を無敵とか言えないよ。
「だから精霊操作の理を説明出来るのは、テイマーたる君を措いて他にいないんだ」
あのー。
俺も操作とか理とかそんなの知らなくて。
なんとなく対話できるだけなんだけど。
頭の中で言葉にしようとすると、急に曖昧になる。
出来ていることを説明するのって、こんなに難しいのかと今更思い知らされる。
『鳥ちゃん?』
『なに?』
『この幽霊さんとお話できない?』
『無理』
『即断ね?』
『ケモノ型じゃない。風属性じゃない』
そういうカテゴリ的なものがあるのね了解。
俺も衿衣の魚精霊見てこいつとは意思疎通出来ないって感じたもん。
きっと相性の溝は深い。
「君たちソサエティー外の人間が、我らを忌避していることは理解している」
忌避まではしてないけどね。
戦術が気に入らないだけで。
距離はあった。でもそれは敵意というより、単純に交わる理由が無かっただけだ。
「きっと俺のことも好きではないのだろう」
わざわざ避けてはいなかったよ?
寄ってかなかっただけで。
距離感計りかねてたっていうか。
今のその、立て板に水の態度で、さらに距離感わかんなくなったけど。
「このサバイバルゲームのようなクイズ形式で、敵陣営を助けようなどとは思えんだろう。俺がソサエティー外の挑戦者に何事か頼られたとしても相手にしない。虫のいいお願いをしている。それはわかっている。だが! もう他に方策はないのだ」
しかし茂侍よくしゃべるね。
俺ここまで一言もしゃべってないよ?
言葉が途切れない。理屈と状況整理と感情が一気に流れ込んでくる。
押し切るタイプというより、押し流してくるタイプなのかな?
だが。
まあ……言われてみれば。
ハナさんや大渓さんがここで落っこちて。
茂侍が勝ち残っちゃったりしたら。
俺はきっと「教えるんじゃなかった」と思ってしまう。
それが衿衣だったら、もう……
想像しただけで、胃の奥がじくりと痛む。
そうだよな。
教える理由ないよな。
鳥ちゃんもこう言っておられるし。
『弱肉強食』
断って得られるのは罪悪感といつメン勝利の可能性。
受けて得られるのは茂侍の感謝くらいか……
それに俺が教えられることは波名真や穂積が教えてるみたいだし。
ここは断る流れか――
そう思って、一歩引こうとした、間に先んじられて。
「港ヶ陸臨時会員が言っていたんだ。天馬ならなんとかしてくれるかも、と」
「市籠ではなく?」
「天馬と言っていたな」
くそ!
断りにくい状況が積まれてしまったな。
穂積、俺に対してだけガード強めてんのかよ。
わかってきちゃうじゃんか。
あいつが俺を「敵として接する」為に、肩ひじ張ってることが。
腹の内じゃ友情継続してそうな感じが。
「俺はいつもダメなんだ。人の心がわからず、空気も読めないと言われる」
そうだな。
そのずっと自分の想いだけぶつけてくる感じとか、
俺の困った様子を察しないとことか、
ホントマジで空気読めてないわ。
でも、それでもなお言葉を止めないのは、それだけ必死なんだろうとも思う。
「だから就職浪人している」
ほらぁ、また積みあがった。
同情票。
境遇に対するシンパシー。
積まないで欲しいカードを、律儀に積んでくる。
「共感性に乏しい。言葉を表面通りにしか捉えられない。白と黒しかない」
方向性は俺とは違うな。
俺はむしろ、グレーで悩み続けるタイプだ。
躊躇して、踏みとどまって、手を引っ込めて、諦める。
そういう性質。
「主体性がない。そういうものらしい」
三段目来たよこれ。
それは俺も良く言われた。
でも、主体性ある奴ばかり集めたら場が纏まらなくない?
船頭多くして船が富士登山しちゃうやつじゃない?
ホント分かってねえなあ採用担当の連中!
「自分ではわからないが。解れないんだ。解り方が分からない」
解り方ってさぁ……
まぁ、お前が随分難しい生き方をしてきたことは分かった。
ほどけない糸を前にして、どう扱えばいいか分からないまま握りしめてる感じ。
で、糸の端緒は見つからない感じ。
力を入れれば入れるほど、余計に絡まるやつだ。
「だから俺の居場所はソサエティーしかないんだ。キングの受容があり、理の追及があり、白と黒で構成される、ここだけしか」
でもお前。
元は俺に精霊と仲良くなる方法聞きに来てたよね?
人生相談じゃなくてさ。
なんかそこまで内心吐露されると怖いんだけど?
俺、チューターでも精神科医でもないわけで。
距離が急にゼロになると、人って一瞬で構えちゃうもんなんだな。
あ、これがあれか。
茂侍の言う「白と黒しかない」ってやつか。
白の目が出た――俺に頼る事を決めた。
だから余すとこなく全ツッパ、みたいな考え。
わかるわー。
これをぶつけられた求職先の面接官が困惑してお祈りのお葉書送るの。
だって怖いもん。
「頼む、市籠。俺はクイズ戦士として戦いの舞台に立ちたい。そして出来得る限り――」
クイズ戦士。
ソサエティー唯一の在籍条件。
戦うこと。
勝つこと。
そこに存在意義を見出す集団。
それが自分の意志で早押しボタンを押せないとなると、戦場参加資格なし。
戦い以前の問題になるな。
置物か。
戦意はみなぎっているのに。
それって、枯山水の時の俺より辛い話じゃないか。
情けなくて、悔しくて、でも自分ではどうにもできないっていう。
「――仲間と旅を続けたい」
――!!
その言葉だけは、ずるい。
その言葉は、俺が胸に抱いて、大事にしてる言葉。
まっすぐで、濁りがなくて。
逃げ場がない。
「あーもう! あーもう!」
頭をかきむしる。
積み重なっちゃったじゃないか!
俺の絆されラインまで!
「茂侍この野郎!」
「……やはり無理か。済まんな。一方的にまくし立てて」
「受けるよ、その懇願。でもな。扱い方とか、そんなんじゃない」
口から出た言葉は、自分でも少し驚くくらい自然だった。
「じゃあなにを伝授してくれるんだ」
「精霊はお友達。まずはこれをその固い頭に叩き込め」
『それな』




