小さなケガレ祓い 2
サンタフェさんは笑顔で鉄串と藁を調達して来た。
意外にも人間族の運ぶ荷車で。
「祭儀が始まっちゃったら獣人はテコでも動きまセんからね。到着の遅れたファミリーさんや心動かされた旅人さんの為に、こういう需要もあるのでスよ」
ここでエヘンとか言っちゃう。
あざとい。
でも助かる。
「どうする? セッティングまで俺らでやるか?」
荷車を引いてきたおっちゃんの一人が気さくに声をかけてくる。
手慣れてる。
そりゃそうか、これを生業にしてるんだろうし。
「その場合これくらいでスね」
サンタフェさんが電卓をぴっとこちらに向ける。
……電卓。
異世界なのに、やけに見慣れた機械。
こういうところで日本の影響がじわじわ来てるの、なんか不思議だ。
示された金額は、思ったよりもずっと安い。
商売でやってない感じね、このサービス。
「これ、素人が組むとどれくらいかかります?」
なんとなく聞いてみる。
自分でやる選択肢も、一応考えたい。
「三時間前後かねぇ」
即答。
なら、行けるか?
「生活魔法使い込みでの話な」
あ、無理だ。
普通にやったらもっとかかるやつだこれ。
「生活魔法はワタシにお任せでスよ」
サンタフェさんが胸を張る。
頼もしい。
というか、この人本当に何でもできるな。
モーリー空飛んで助けたり。
成層圏で凍えそうな俺をぬくぬく魔法で満たしてくれたり。
ジョブはなんだろうね?
まさかツアーコンダクターではないだろう。
「おいくらで?」
一応聞く。
こういうのは確認しとかないと。
「やでスねー天馬サン。私たちともだちじゃないでスかー」
満面の笑み。
……来たな。
誘い受け。
「ともだち?」
思わず聞き返す。
「「ともだち!」」
サンタフェさんのみならず、横合いからハナさんが即乗っかる。
ジェネリック女神と天然ネアカ。
画が強い。
そのやり取りを横目に、もう一度衿衣を見る。
変わらない。
炎を見つめたまま。
反応はない。
でも。
拒絶もない。
一人で離れて行こうとはしない。
なら、今は。
それで十分か。
言い出したのは俺だ。
決めるのも、俺でいい。
責任。
重い言葉だけど。
今は、そういう大げさなものじゃない。
ただ。
ここで何もしないより、やる方がいい。
それだけ。
「こちらでやりたいです」
はっきり言う。
おっちゃんたちが一瞬だけ目を細めて。
「そうよな。それが正道だ」
感慨深げに頷いた。
「しっかりケガレ祓いなよ」
軽く手を振って、荷車を引いて去っていく。
背中が妙に頼もしい。
「まずは鉄芯でスね。これを立て……立て、手伝ってくだサい」
サンタフェさんが手際よく段取りを始める。
俺も一歩踏み出して――
――その前に。
ともだちを呼ぶ。
「衿衣」
「何」
視線はまだ炎の方を向いたまま。
でも、ちゃんと返事が来る。
心は閉ざされてはいない。
「聞いてたな、ケガレ祓い」
「聞いてた」
「一緒に、持とう」
ほんの一瞬だけ、間があって。
そして。
「分かった」
*
見た目よりもずっと重い鉄芯を立てたあとも、結構重労働だった。
藁を縛って。
形を整えて。
プアソを吹き込んで。
また藁を縛って。
縛りが甘くてバラけちゃって。
「プアソって何よ!?」
「ケガレ集めの核でスよ」
「クールだ!」
「ハナさんの感性は独特でスね♪」
藁をみんなの力を合わせて縛って。
サンタフェさんが鉄芯の上から藁人形をひっぱり上げて。
衿衣が肩で藁人形の腰を支えて。
俺が肩車したハナさんが藁人形を鉄芯に固定して。
「できた……」
「出来たけど、人形っていっていいのか、この造形」
「プアソがちゃんと籠ってまスから立派な人形ですよ」
左右の手足のサイズがバラバラで、歩行に苦労しそうな藁人形がここに完成した。
「あとはこのトーチから火を移すだけでス」
サンタフェさんが俺に松明を渡す。
松脂の匂い。
目を焼く温度。
こんな距離で「火」に対面するのはどのくらいぶりだろう。
小学校の時のキャンプファイヤー以来かな。
いや、手に持つという意味では初めてかもしれないな。
なんて、思いながら。
「はい」
俺は衿衣に松明を手渡した。
「何」
「つけてよ、火」
「これは市籠が始めたこと。市籠が火をつけるべき」
なんか、そういうとは思ってた。
きっと誰の為にやっているのか通じてないな、とも。
でも、いいんだ。
「その言い出しっぺの俺が決めたんだ、やれ」
「……従うけど」
不承不承の雰囲気。
苦笑するサンタフェさんとハナさん。
ハナさんでもわかることなのに。
衿衣にはやっぱり通じてない。
いいんだ。でも。
衿衣が真剣に火を見つめているから。
両手でしっかり松明を握って、まっすぐに藁人形に向かっていくから。
ぼ、と音がした。
火が、確かに藁人形に渡った。
燃え広がる。
そのとき、ふ、と。
俺の心のどこかが。
淀んでいた何かが。
俺の胸から飛んで行った。
「あ」
ハナさんの声。
きっとハナさんの胸からも出て行ったのだろう。
あったんだ。
いつだって笑ってて、いつだって裏表無いハナさんにすら。
そういう、ケガレが。
衿衣は無言で炎を見つめている。
睨んでいる。
きっと憎んでいるわけじゃない。
この子が真剣になる時は、ああいう表情になっちゃうんだろう。
炎の進みは早い。
それとも俺たちの時間が緩やかなのか。
ともかく、もう胸の高さまで燃えている。
俺たちは並んで見ていた。
手は合わせてないけど、心では拝んでいる。
何を?
ケガレというわけでもない感じがする。
命とか。
世界とか。
もっとおおいなる、何かを。
言葉も無く。
そうして、炎が藁人形の頭に差し掛かった頃。
衿衣から、ぽそりと、零れだした。
「春。お父さんの遺品を整理してたら、日記が出てきた」
これが多分、彼女に今、一番必要な事。
ともだち三人は、黙って耳を傾ける。
「旅は楽しかったって。クイズも楽しかったって。友達が出来て嬉しかったって」
ああ、そうか。
衿衣の旅は追悼の旅で――
「だからお父さんと同じ風景が見たかった。見なきゃいけないと思った」
父を再確認する旅で――
「そうしたら、お父さんを赦せるかもしれないから」
もう少し重い何かを、孕んだ旅。
頭部と共に埋め込まれたプアソを燃やし尽くし。
小さいながらも光の柱を立ち昇らせて。
俺たちのケガレ祓いは静かに終わった。
俺やハナさんみたいに、衿衣の胸のいくらかが。
軽くなってると、いいな。




