小さなケガレ祓い 1
「一旦荷物をロケバスに下ろしたら、バスの中かこっちのテントで寝てくれ。このストローマンにはホテルなんてもんはないからな」
黄石は、まるで当たり前のことのようにそう言った。
いやまあ、ここ見渡せば分かるけどさ。
ホテルどころか、ちゃんとした建物すらほぼ無い。
あるのは荒野と、藁と、灰と、火と、獣人。
「良い夜を」
結界師が杖を軽く振る。
次の瞬間。
――音が、戻ってきた。
さっきまで完全に遮断されていた外界の気配が、一気に雪崩れ込んでくる。
歓声。
笑い声。
酒を酌み交わす音。
火の爆ぜる音。
風の流れ。
そして、獣人たちの臭いと息遣い。
さっきまでの静謐とは、まるで別世界だった。
命のいきれがそこかしこに溢れている。
ケガレを焼き尽くしたあとの彼らは、祈りの存在から一転して、生きる者の顔に戻っていた。
いや、戻ったというより。
解き放たれた、という方が近いか。
宴だ。
祭りだ。
ケガレを浄めたあとに、思いきりハレを謳歌する。
そういう文化なんだろう。
視線を巡らせる。
大きな輪になって騒いでいる集団もあれば、静かに杯を交わすグループもある。
踊ってるやつもいるし、歌ってるやつもいる。
雑多で。
でも、どこか統一感がある。
……いいな。
素直にそう思った。
ただ、全部が全部、賑やかなわけじゃない。
少し離れた場所には、また別の光景があった。
小さな藁人形。
人の背丈ほどのそれを囲んで、数人の獣人たちが静かに立っている。
多くても十人未満。
集団というより、家族や身内の単位。
彼らは言葉少なに、ただ火を見つめている。
祈るように。
見送るように。
個人的な、或いは家族的な。
小さなケガレ祓い。
さっきの大規模な儀式とは別に、こういう形もあるんだろう。
そして、それが燃え尽きると。
彼らはふっと表情を緩めて、酒瓶やとっくりを手に取る。
そして、そのまま宴の輪へと合流していく。
切り替えが、はっきりしている。
だからこそ。
余計に、いいな、と思った。
「なんか、いいな」
思わず、口に出ていた。
その声を、ハナさんが拾う。
「すごくいいよ!」
即答。
目がきらきらしてる。
ああ、この人はこういうの好きだよな。
温かくて楽しい仲間との時間。
「すごくね」
被せてきたのは椰子泉さん。
でも、いつもの余裕のある声音じゃない。
どこか落ち着かない。
そわそわしている。
このクールビューティーが?
意外すぎる。
「ねえ、閑君プロデューサー」
「なんでしょう?」
「……あの宴会に参加したいのだけど」
間があった。
ほんの一瞬だけ。
閑君は視線を宴に向けて、そして。
「……字義どおりの自己責任でお願い致します」
許可、出た。
いや、責任放棄かもしれないけど。
でもこの状況で止めないってことは、実質OKだろう。
「なんか懐かしいわね、こういう土着露天な酒宴って」
椰子泉さんが、ぽつりと呟く。
「そういえば椰子泉さん、バックパッカーやってたんだって?」
どこからそんな情報を得たんだ、大渓さん。
「どっちかというと、そっちが本質かしらね」
さらっと言うな。
でも妙に納得もする。
単に頭いいだけの人じゃないとは感じてた。
シムーン見物に中東まで行っちゃうお方だからね。
「大渓さんも来るでしょ?」
「タダ酒かな?」
この人はブレない。
「面白い土産話が出来れば、上客扱いよ」
椰子泉さんの指には、いつの間にか翻訳の指輪。
準備が早い。
「そういうのは得意さ」
大渓さんも胸ポケットから同じものを取り出す。
完全に乗り気だ。
その流れに。
少し遅れて。
「僕も飛び込みたいです!」
垂須さんが手を挙げた。
ちょっとだけ逡巡してた顔から、小さな決意を秘めた顔へ。
一歩でも前へ。
垂須さんのテーマ。
楽しむを頑張ってるな。
「君もタダ酒を?」
「そっちじゃないですって」
「ははは」
笑いながら。
酒豪二人と大人二段階目デビューの垂須さんが、軽やかに獣人たちの宴へと足を進める。
……で。
翻って俺は。
無理だろ。
冒険者ギルドの酒場ですら、ちょっときつかったのに。
あれより数段プリミティブな場所に、いきなり飛び込める気がしない。
それに。
それ以上に。
理由がある。
視線を横に向ける。
衿衣。
じっと、小さな藁人形を見つめている。
微動だにせず。
その手は――
ハナさんに、ぎゅっと握られている。
離さないように。
繋ぎ止めるように。
衿衣は、振り払っていない。
でも、応えてもいない。
ただ、見ている。
火を。
そこに何を重ねているのかは、分からない。
でも。
今は、ここから動かない方がいい。
ともだちから離れてはならない。
そんな気がした。
「皆さんはどうサれまスか?」
すっと、サンタフェさんが入ってくる。
もう一人の友情仲間にて現地のツアーコンダクター。
この人、ほんとタイミングがいい。
「どうしよっか天馬くん。まだ寝ちゃうのはもったいない時間だよ?」
ハナさんが言う。
その通りだ。
まだ夜は始まったばかりだし。
「その前にお夕飯たべまシょうよ」
サンタフェさんが続ける。
ああ。
そうだな。
普通に腹は減ってる。
クイズで消耗したし。
さっきの光景で、なんか余計に。
でも。
……ちらりと、もう一度衿衣を見る。
動く気配がない。
目は真剣で。
でも、その奥に。
わずかに影が差している。
意思の光が弱まっている。
切なさ。
迷い。
何かを決めきれないまま、抱えているような。
慣れぬ感情を持て余しているような。
……どうする。
放っておくか?
いや。
それは違うだろ。
俺は、小さく息を吸った。
どうすべきか。
俺に何ができるのか。
考える。
考えて……
「あの、サンタフェさん?」
サンタフェさんに向き直る。
「夕食はでスね、」
「それでは無く」
ちょっと食い気味に遮る。
「なんでスか?」
サンタフェさんが、きょとんとする。
少しだけ、言葉を選んで。
選び切れなくて。
結局は思ったこと、そのまま口に出した。
「俺らも……ああいう小さなケガレ祓い、できませんかね?」




