第五BF:ストローマン 5
夜空を見上げたまま、俺はしばらく動けなかった。
あの光。
巨大な藁人形が燃え尽きた瞬間に、天へと突き抜けていった白い柱。
あれは、ただの演出じゃない。
胸の奥を、直接つかまれるような何かだった。
言葉にできる種類の感動じゃない。
説明しようとした瞬間に零れ落ちてしまうような、もっと原始的で、もっと根っこの部分に触れてくるもの。
確かに思った。
――これを見られただけで、来た意味があったな、と。
呼吸が浅くなる。
でも苦しくはない。
むしろ、胸の奥に空気が満ちていくような、不思議な感覚だった。
生きるってなんだ。
意味ってなんだ。
そういう思考に占められてた現代人の脳みそに。
小難しいこと考えてねぇでこれ見て震えてろ!
そうやって偉大なる雷親父に有無を言わさずどやしつけられた感じ。
……だから。
もう少しだけ。
このままでいさせてくれ。
そう願った。
視線を落としたら、現実が始まる。
隣にいる衿衣の顔が見える。
それが、怖い。
彼女のいろんな表情を見てみたいと、思っていた。
無表情の奥に何があるのか。
怒った顔も、笑った顔も、困った顔も。
僅かな表情の変化と意外と強い顔色の変化。
でも。
今の衿衣の顔だけは、見たくない。
見れば、分かってしまうから。
この戦いの結果が。
この場所の残酷さが。
……逃げだな。
自分でも分かってる。
でも今くらい、許されてもいいだろ。
あんなおおいなるひかりを見た後なんだ。
あと少しだけ――
その余韻に――
「いつまでも感動してるんじゃないぞ新人類」
不意に、現実が割り込んできた。
黄石の声。
軽口のようでいて、妙に芯のある声音。
俺はようやく、ゆっくりと顎を下げた。
……助かった。
正直、そう思う。
自分では戻れなかった。
あのまま浮遊感に逃げ続けていたかもしれない。
「ありがとう」とは言わないけどな。
心の中でだけ、そう呟いた。
ウルティモハットを外し、解答台に置く。
軽く、コトンと音がした。
それがやけに現実的で。
一気に、足元が地面に戻ってきた感覚があった。
黄石はそんな俺をちらりと見て、わずかに頷いた。
それ以上は何も言わない。
ただ、全体を見渡す。
その視線の流れに合わせるように、スタッフが一枚の紙を差し出した。
「集計の確認が終わった。結果発表といこう」
一言で、空気が変わる。
さっきまでの神聖さは消えないまま。
その上に、現実の緊張が重なってくる。
カタカタ……
解答台が、かすかに震えている。
最初は気のせいかと思った。
でも違う。
振動は右から伝わってきていた。
震源地に視線を向ける。
――衿衣こよい。
直立不動。
姿勢は一切崩れていない。
なのに、身体だけが微細に震えている。
……きついな。
胃の奥が、じわっと重くなる。
許される事なら座り込みたい。
「まずトップは……言わずともわかるよな?」
黄石の声が、いつも通りの調子に戻る。
「機内一位、椰子泉さん。10ポイント」
「全力を出してみたわ」
淡々とした声。
でもその中に、確かな熱がある。
……あの人、変わったな。
でも、バスの中で見た横顔の様な張りつめた空気感は失われていた。
踏み出して、やると決めたことをやって。
成果を出して。
吹っ切れたんだろう。
「次は……6ポイントが二人。荒火くんと港ヶ陸くんだ」
拍手も歓声もない。
ただ結果が流れていく。
時間が押しているのかもしれない。
「墨市くん、5ポイント。流石クイ研だ」
名前だけは知っている。
でも、ほとんど会話した記憶がない。
それでも、結果だけはしっかり残す。
陰の仕事人。
そういうタイプか。
「3ポイントは三人。李野くん、茂侍くん、モーリー」
モーリー。
ついに黄石にまで「さん」や「ちゃん」付けされなくなったな。
「2ポイントは大渓さん、垂須くん」
大渓さん。垂須さん。
もう少し上にいると思っていた。
抑えたのか。
それとも、届かなかったのか。
どっちだろうな。
「1ポイントは……舞網ちゃん、市籠くん」
名前を呼ばれて、軽く頭を下げる。
ハナさんと同ポイントというのが。
俺、あれだけ頑張ったのに、それかよ、というか。
労力と結果が見合ってないんじゃないの、というか。
なんだかちょっと不満。
「みんなまとめておめでとう! 次はエルフの秘境が待ってるぞ!」
ハナさんは後ろで「やったー!」と騒いでいる。
代わりに椰子泉さんが軽く相手をしている。
その表情は意外なことに柔らかなもので。
あ、もしかして。
椰子泉さんってお世話好きっていうか。
手のかかる子に手をかけた分、情が映っちゃうという。
意外と不器用なお姉さんなんじゃないのかって。
双滝さん然りモーリー然り。
なんか保護者面して世話してるとこ何度か見かけたぞ?
「さて、と」
黄石が一拍置く。
この「間」が嫌だ。
もうわかってる。
分かっていても、避けられない。
まとめて「おめでとう」されなかった結果が。
これから残酷に提示されてしまう。
「衿衣ちゃん」
呼ばれた。
「何」
短い返事。
常の態度を装っている。
でも、声が揺れている。
「君、何問答えた?」
「一問」
「でもポイントは?」
「……取れてない」
「そう。誤答した」
黄石はどこか温かみすら感じさせる声で、静かに、現実を積み上げていく。
「だから、マイナス1ポイント」
衿衣が唇を噛む。
血が出そうなほど強く。
――見たい景色。
あの言葉が、あの表情が、頭をよぎる。
いや。
まだ終わりじゃない。
その筈だ。
俺の記憶が確かならば。
「波名真くん」
そう。
こいつもまたマイナス1ポイントだから。
事前宣告通り、敗者復活戦が行われる筈だ。
「はいっス」
ボーイの声。
いつもより少し硬い。
「君も誤答しかしていないね?」
「……っす」
短い。
「でも挑戦した。立派だよ」
「慰めはいらないっす」
真っすぐ黄石の方を向いて、即答。
眼には燃える炎。
強いな。
折れてない。
「さて……」
黄石がゆっくりと視線を巡らせる。
「マイナス1ポイントが2人」
落っこちるのはたったの一人。
黄石がまた間を作る。
空気が張り詰める。
カメラは衿衣と波名真、両方についてる。
逃さないために。
閑君。
カミツキガメ。
きっとカメラはあの男の指図。
この二人で敗者復活戦。
そのアナウンスの瞬間の、二人の表情を撮るために。
画像素材とするために。
だが、次の瞬間。
黄石は満面の笑顔で二人を祝福した。
「……精霊の森行き、おめでとう!」
「「え……!?」」
二人の声が重なる。
理解が追いつかないといった表情。
俺も一瞬、思考が止まった。
……あ。
そうか。
いるんだ。
まだ、下が。
そして。
俺が名前をまだ呼ばれてない一人を思い出す前に。
「羽合さん」
名前が呼ばれた。
「マイナス2ポイントだ」
結論が結ばれた。
似非坊主。
目立とう精神旺盛で、でも実家を立て直すために尽力してて。
婚約者がいるからこそ今女遊びするとかよくわからんこと言ってて。
厚い手帖にびっしりネタを書き込んでる努力家。
そんなあいつに、黄石が、ゆっくりと近づく。
そして。
肩に手を置いた。
労いと処刑の手を。
羽合は、一瞬だけくしゃりと顔を歪めて。
すぐに、笑った。
引き攣ったままの、でも崩れない笑顔で。
「だっはっは!」
やけに大きな声。
「ここまでよくやった系自分を褒めてやりたい僧侶、羽合悟道27歳独身!」
誰に向けたのかも分からない名乗り。
戦場毎に工夫を凝らして、笑いを取りに行く名乗り。
その、最後のノルマを果たして。
ちゃんと前を向いて。
「これにて往生じゃ!」
そして最後に。
頭をつるりと撫でて。
「ナムサンポ!」
――笑って、終わった。




