第五BF:ストローマン 4
「あんなに真っ赤に燃え盛ってた炎も、あと僅かになった」
唐突に、黄石がそんな言葉を放り込んできた。
場違いなほど抒情的な声音。
……いや、場違いじゃないのかもしれない。
この場自体が、そもそもそういう場所だ。
クイズと儀式が同居している、歪な舞台。
「炎はおでこまで燃やし尽くして、あとは広がった髪の毛を燃やすのみだ」
背後の熱が、確かに変わってきている。
さっきまでの勢いのある燃焼じゃない。
終わりに向かって収束していく炎。
「もう、問題も出せて4問だな」
その一言で、空気が締まる。
時間制限が、明確な形を持った。
左の席の茂侍の緊張が抜ける。
……そうか。
あいつ、結構積んでるのか。
安全圏。
だから余裕が生まれている。
右の席の衿衣に緊張が走る。
分かる。
分かってしまう。
一問も取れていない。
そして、さっきの誤答。
マイナス。
状況は最悪に近い。
俺は……
集中だ。
集中あるのみ。
主観的には置物じゃない。
ちゃんと押そうとしてる。
ちゃんと考えてる。
何度も挑んでる。
でも。
結果が出てない。
ゼロ。
スタート地点のまま。
その事実は変わらない。
それは傍から見たら置物と一緒だ。
そして社会は傍から見た視線で成り立っている。
評価は過程じゃない。
結果だ。
だったら――
あと四問じゃない。
まだ四問ある。
その中で一問。
たった一問でいいから、食い込め。
バトルフィールドを勝ち抜くとか、そういうことじゃない。
早押し形式で。
あの無力感を払拭する機会が巡って来た。
あの後悔を上書きできる状況が転がって来た。
だから。
勝ち負けじゃない。
そんなのは後回し。
押して、正答する。
大事なのはそれだ。
「問題。」
切り替えろ。
「ニューシャック借款――」
この時点で分からない。
聞いたことがあるような、ないような。
でも、ここで捨てるのは早い。
後半で形が変わるかもしれない。
問題文は、罠だ。
これまでの短いウルティモの戦いで、俺は散々その事を思い知っている。
「において貸主になったのはキャバリア帝国。」
キャバリア帝国。
……ああ、知ってる。
異世界近代史。
レークランドのかつての宗主国。
歴史の流れが頭の中に浮かぶ。
じゃあ答えはレークランドになるのか?
でも――
綱引きで十継嗣の乱を問うておきながら?
あの時の問題文のひねり方。
あの読み上げ方の性格の悪さ。
大渓さんの勤務先の例もある。
単純に来るとは限らない。
ここは「見」だ。
直感が告げている。
まだ曲げてくる。
ここで押すのは危険。
焦って自滅するよりましだ。
単にボタンを押すだけなら猿でも出来る。
俺はボタンを押して、正答したいんだ。
「借主に――」
ポーン!
誰が来た?
判断早計じゃないか?
「波名真くん!」
「レークランドっす!」
ブー!
やっぱりか。
「あれ!?」
ボーイの声が裏返る。
「貸主にレークランド、では調印が行われたのはどこ、だ!このうっかり者」
ああ、そういうひねり。
設問ひっかけ箇所が二段あった上に、国名じゃなくて地名。
これは最後の最後まで聞かないと分からない問題だったわ。
見送って正解なやつ。
それにしても……
穂積たちも押した雰囲気無いってことは、この問題をちゃんと聞き分けてたってことか。
やるな。
いや、俺みたいな素人でも気づく構造の問題、やつらの経験値からして気づかないわけがないか。
「……っす」
悔しそうに言葉を呑むボーイ。
恐らくこいつはソサエティー所属ではあるが、ピカピカの一年生。
クイズ経験では半年程度の奴なんだろう。
前のめりになったら引っかかってしまうのもやむなしか。
それにしても――
問題が二極化してるな。
単純に即答できるやつ。
最後まで聞かないと危険なやつ。
どっちかだ。
ここに、タイムアタックという特殊なクイズ形式としての文脈。
それを重ねて見つめれば、なんか、黄石の意図が見えてくる気がする。
焦らせている。
揺さぶっている。
それでも10分である程度以上の問題を読み上げて、挑戦者の獲得ポイントをばらしたい。
そんな意図。
黄石の後ろで閑君がホイッスルを咥えた。
スタッフたちがあわただしく動き出した。
終わりが近い。
物理的にも。
時間的にも。
黄石は言っていた。
あと出せて四問。
出したのは一問。
しかも長文問題。
あと多くて三問、少なくて二問。
――短い。
短すぎる。
「問題」
だったら。
……来るんじゃないか?
単純な方の問題が。
立て続けに。
時間的な帳尻を合わせる為に。
「シャーロックホームズの特徴的な衣装。帽子の名称は?」
短い。
来た。
ポーン。
「荒火!」
「鹿撃ち帽」
ぴんぽん。
速い。
迷いがない。
が。
やっぱり来た、短問。
黄石の声に若干の焦りが感じられる。
巻いている。
時間に追われている。
でも、「出せて4問」と自分で宣言してしまった。
なら――
速攻で行く。
分かる気配があったら、迷わない。
解答の機会は、逃さない。
「問題。」
俺は置物じゃない。
「中性四部合唱の事を――」
……知らん。
これは無理だ。
知識がない。
「俗になんと言う?」
ポーン。
「港ヶ陸くん!」
「ツッペロ」
ぴんぽん。
穂積。
迷いゼロ。
あいつはもう、完全にリズムに乗っている。
あと一問。
来るか?
来ないか?
時間は――
ギリギリ。
「問題。」
来た。
最後だ。
「やすなが」
苗字か。
地名か。
それ以外か。
「なが」
ながとながが被った。
黄石程のアナウンサーが噛んだり読みトチりをするはずない。
だから正しく問題は。
「やすなが」と「なが」が並列された。
共通項は何だ?
記憶のどこかに引っかかる「何か」。
それを引きずり出せ!
「たて――」
たていし。
立石。
安永。
なが。
瞬間的に連想が繋がる。
「――いs――」
バシ!
身体が先に動いた。
考えるより早くボタンが叩けた。
ビシバシドン!
背後から、向こうから、斜め奥から。
3つの打釦音。
どうだ?
いけるか?
いったか!?
ポーン!
ハットの重心が動く!
押し勝った!
「市籠くん!」
名前が呼ばれる!
来た!
「餅!」
思考より先に、口が動いていた。
これらに続く三重県の名物は何か?
そう続く。
その読みに一点賭け。
だが、安永、なが、立石。
こんな特徴的な単語が三つ並べられて、これ以外の回答は無い。
無い筈!
――ぴんぽん!
無機質なチャイム音が響いた。
当たった。
入った。
一ポイント。
たった一つ。
でも――
ゼロじゃない。
置物じゃない。
その事実が、重い。
乗り越えた。
燃やした。
その実感に震える。
おそらくこの体の震えは。
勝利の喜びとかじゃなくて。
解放の感動。
そういうことだろう。
閑君のホイッスルが結界内にこだまする。
ピーーーーッ!
「さあ、後ろを見てごらん」
黄石の声に促されて、俺は素直に振り返る。
巨大藁人形が、ちょうど髪まで燃え尽きた瞬間だった。
次の瞬間。
真っ白な光の柱が天を貫く。
一直線に。
どこまでも昇っていく。
音はない。
ただ、光だけがある。
魂が全力であの光の柱を受け止めている。
受け止めきれなかった分が間の抜けた声となってあふれ出た。
「はえーー」
時間にして僅か数秒。
それだけで、全部が終わった。
空は完全な暗闇と星の領域。
あとは静寂。
満点の星空。
俺の心に巣食い続けてた無力感を焚き上げて。
情けなさしか感じなかったかつての自分を光の柱に昇華して。
第5バトルフィールドの戦いは終わった。




