第五BF:ストローマン 3
椰子泉さんが抜けてからのクイズは、時間が0.5秒遅くなったようだった。
いや、正確には違う。
遅くなったんじゃない。
見えるようになった。
それまでのクイズは、流れそのものが速すぎて、
誰がどう押しているのかすら把握できなかった。
でも今は違う。
押す音。
名前を呼ばれる間。
解答が出るまでの呼吸。
全部が、ほんのわずかにだけど、認識できる。
たったそれだけの差。
でもその差が。
俺も参戦できるかもという錯覚を生むには十分だった。
「荒火くん!」
「涙の川を越えて」
ぴんぽん!
低く、迷いのない声。
キング――荒火。
押すタイミングも、答える声も、全部が完成されている。
「穂積くん!」
「いっそ泣いてくれたら」
ぴんぽん!
間髪入れない。
穂積。
……港ヶ陸。
あいつは、もう完全にその領域にいる。
「墨市くん!」
「シングルベル」
ぴんぽん!
俯きがちで影の薄い男だがクイズは強い。
関西クイズソサエティ・ナンバーツー。
肩書は伊達じゃないことを、俺はこの時初めて知った。
椰子泉さんが抜けたあとは、このクイ研三人衆が競いだした。
しかもただの取り合いじゃない。
精度の高い殴り合い。
互いに分かってる。
互いに速い。
その上で、さらに上を行こうとしている。
相変わらず俺が割って入る隙が無い。
でも――
さっきよりは、まだ見える。
見えるんだ。
見えるんだから、届くはず。
「問題。」
一呼吸。
ほんの一瞬の静寂。
「非国民総生産を表す指標――」
ぽーん!
早い。
このタイミングで押すか?
椰子泉さんの再来か!?
一体だれが――
「あ、間違っちゃった」
……は?
声のトーンが、軽い。
緊張感がない。
「あ、間違っちゃった」ってなんだよ。
視線を向ける。
ハナさんか!?
さては緊張でやらかしちゃったな?
いや、それとも――
逆に緊張感が切れちゃった?
「さあ答えなさい」
「あーでもわかんないよー!?」
おい。
おいおいおい。
マジで押しミス?
ブザー押し係がブー音を短く、ブッ、ブッ、と出している。
カウントダウン。
あと何回か鳴ったらタイムアップなのだろう。
「勘で答えろ!」
黄石が煽る。
「じゃあ日本!」
ぴんぽん!
――は?
「「ええ~~!?」」
一瞬、空気が歪んだ気がした。
「うそぉ!?」
ハナさん、両てのひらを口元に持ってく。
本人が一番驚いてる。
「ほらぁ、言ってみるもんだ」
いやそういう問題じゃないだろ。
でも、入ってる。
正解してる。
これがFORTUNE値三ケタの幸運……!
理屈が通ってない。
でも結果が出てる。
それが一番厄介だ。
いかん、また傍観入りかけてた。
視線が外に逃げてた。
集中。
戻せ。
ここは観客席じゃない。
「問題。」
集中。
耳に意識を集める。
「大手新聞四社。トキメキ、」
……?
一瞬、引っかかる。
聞いたことある。
新聞社。
紙面名でもある。
日本四大新聞とか。
みんな大好き四天王。
「ハリキリ、」
あとは――
「彷徨える未来」「夢いっぱい」だな。
頭の中で並ぶ。
でも同時に疑問も湧く。
こんなストレートな問題、来るか?
「夢い――」
バン!
反射で押した。
いや、押そうとした。
でも。
ハットの反応無い。
押し負けたか……
「垂須くん!」
「彷徨える未来」
ぴんぽん。
……やっぱりか。
一歩遅い。
毎回、ほんの一歩。
その一歩が、致命的。
まあ、垂須さん。
公務員ならわかって当然か。
情報処理能力が違う。
というか――
というか大渓さん。
あなた彷徨える未来新聞社勤めでは?
視線を送る。
案の定、微妙な顔してる。
「大渓さーん。なんでここ取れないのかなぁ」
黄石が煽る。
タイムアタック中ではあるけど、テレビマン。
こういうのは逃さない。
「やー、裏読みすぎちゃいましたね。俺がいるのにこんなサービス問題、出るはずないって」
苦笑い。
でも、その言葉にはリアリティがある。
確かに。
「大渓がいるなら出さないだろ」っていう読み。
それが外れる。
そういう構造。
裏の裏。
あらゆる道筋で俺たち挑戦者を翻弄する。
「あなたも二ポイント取ってるからって余裕だな!」
え、いつの間に?
マジで見えてなかった。
てことは、椰子泉さん暴走の時点でポイント取ってたんだ、大渓さん。
学生には負けないかなという軽い自信は本物かもしれないな。
「問題。」
俺、切り替えていけ。
一問逃したら終わりじゃない。
まだ時間はある。
まだゼロだ。
でも、ゼロだからこそ――
一問の価値が重い。
「ミグファ独立政権が樹立――」
世界史。
来た。
得意なやつ。
これは分かる。
「したのは――」
バン!
押した。
今度は確実に。
1872年だ!
頭の中で即答が出る。
これは取れる。
そう確信した。
しかしハットは動かず!
……え?
遅い?
いや、そんなはず――
「衿衣ちゃん!」
またしても。
またしても押し負けた。
問題読み上げの途中だったのに。
他のクイズ強者からの打釦音は響かなかったのに。
たった一人と競り合って、たった一人に競り負けた。
だが。
「1872年」
ブー!
……え?
一瞬、理解が追いつかない。
なんで?
樹立は1872年、間違いないだろ?
世界史用語集で6ポイントついてる年号だぞ?
「樹立したのは1872年ですが、崩壊したのは何年か……だよ!」
あ。
やられた。
完全に前のめりミス。
引っ掛け問題というほども無い書式にやられた。
そりゃそうだ。
いくら短文問題だとしても、20文字前後の問題文なんて出るわけ無い。
ちょっと考えればわかる事。
でも、解答を求め、焦る競技の場では。
そのちょっとの別視点を持てない。
持ってしまったら集中力が乱れる。
トレードオフ。
……助かった。
もし俺が押し勝ってたら俺にマイナスがついてた。
高速で回転してるクイズの嵐の中、
次に俺が押せる機会がいつ巡ってくるかもわからない状況で。
それは、致命傷になるところだった。
「問題は最後まで聞こうな衿衣ちゃん!」
「……はい」
黄石の煽りに、衿衣が短く答える。
表情は変わらない。
でも。
その前の、ほんの一瞬。
ほんの一瞬だけ、目が揺れた気がした。
真っすぐに前だけを見つめている、衿衣の目が。
衿衣にマイナスがついた。
確か……
俺の記憶があってるなら。
衿衣もこれまで一問も正答してないよな……?




