第五BF:ストローマン 2
「椰子泉さん!」
「ケリヨン・イノーバ」
ぴんぽん!
誰だそいつは。
いや、そもそも人なのか?
頭の中でツッコミが発生する頃には、もう次が来る。
考える時間がない。
理解する暇がない。
「問題。」
ポーン!
「椰子泉さん!」
「都々逸」
ぴんぽん!
まただ。
また椰子泉さん。
三連続。
しかも全部、早い。
正確とか以前に、速い。
速さがそのまま正解に直結している。
――強い。
これはもう、知識量とかだけの話じゃない。
判断の速さ。
押す決断の速さ。
そして、それを裏付ける確信。
全部が噛み合ってる。
俺は逃げてない。
ちゃんとボタンに指を置いている。
前を見ている。
問題も聞いている。
置物にもなってない。
あの嵐山の時みたいに、
完全に思考停止しているわけじゃない。
膝が少し震えているだけ。
ほんの少し。
……いや、少しじゃないかもしれないけど。
でも、立っていられないほどじゃない。
戦意はある。
あるんだ。
でも。
この速度に、ついていけない。
次の問題が読まれる。
耳には届く。
でも、その言葉が意味になる前に、もう誰かが押している。
ポーン!
「椰子泉っさん!」
「アセトアルデヒド」
ぴんぽん!
化学かよ。
それとも栄養学か?
分かるかそんなもん。
いや、聞けば「ああそれか」ってなるやつかもしれないけど、
その「ああ」が出る前に終わってる。
問題が何を問うものかを把握しきる前に次に進んでる。
ポーン!
「……椰子泉!」
「カラカス」
ぴんぽん!
コンマ何秒。
ビシバシはされ続けている。
でもそのコンマコンマ何秒か、椰子泉さんが押し勝っている。
こんなにも差が出るものか!?
「五ポイント」
背後から椰子泉さんの声。
冷たい声。
感情を含んでいない声。
それがプラスチックで固められた微笑から漏れ聞こえてくる。
「問題」
ポーン!
「港ヶ陸くん!」
「クロノグラフ!」
ぴんぽん!
六問目にしてようやく穂積がポイントを上げ、椰子泉さんの独壇場が止まる。
「問題。」
……駄目だ!
俺、いつの間にか解説モードに入ってた。
解答よりも戦況を追うのに集中してた。
これも逃避だろ!
問題に集中しろ!
「山城の花折りとは昔から――」
ポーン!
「椰子泉さん!」
「ひろかでぶり」
なんでそこまででわかるんだ!?
俺は古典の問題かな? くらいまでしか分からなかったのに。
「問題。四郷と言えばカキツバタ。」
ポーン!
「羽合さん!」
「おみなえし!」
ブー!
「問題は最後まで聞きなさい」
黄石それ高度過ぎるギャグだろ。
問題途中でも押してかないとポイント取れないから賭けるしかないんだよ。
恐らく似非坊主もそうしてた。
でないと。
「椰子泉さん!」
「ケロイド」
ぴんぽん。
このワイズメンが、全て持ってってしまうから。
ゲームをぶち壊されてしまうから。
「8ポイント」
後ろの椰子泉さんがまた積み重ねを口にする。
体温を感じさせない声で。
「さあ、諸君。後ろを見てごらん?」
黄石が突然柔らかい口調で俺たちを促す。
えっ、もう終わりか!?
半分以上の人間がポイント取ってないだろ!?
一体何人で敗者復活戦を行うことになるんだ!?
俺は恐る恐る背後の人形を振り返る。
炎は……
人形の鼻の下。
「まだ半分も進んでないんだよ」
……黄石この野郎。
「まあ、みんな深呼吸でもして。問題。」
だから緩急!
「金融機関で最も使われているプログラム言語はコボル。では――」
パソコンの問題は分からないな。
「元素番号――」
元素番号?
言語はコボル。
「にじゅう――」
……あ!
ポーン!
閃きを得たのに先を越された!
「荒火くん!」
「コバルト!」
ぴんぽん。
今のは取れた。
問題の前半から知らない回答へ続くかと思ったら、音が似ている点を強引につないできた。
そこに気付いた。
荒火のコンマコンマ数秒後に。
ウルティモ畜生!
李野くんみたいな問題を出しやがって!
「問題。」
集中。
集中。
「インテレッタ――」
ポーン!
え、単語一つじゃん!?
「チッチモアレイ!」
ぴんぽん。
モーリーかよ。
異世界問題だったんだな。
ホントお前って得意分野に関しては異次元の強さだわ。
「問題。」
間がない。
呼吸する暇もない。
問題文が短いのか、読みが速いのか。
それとも俺の処理が遅いのか。
多分、全部だ。
指先に意識を集中させる。
せめて、押す準備だけは。
反応だけでも。
――来い。
そう思った瞬間。
ポーン!
音が鳴る。
でもそれは、俺じゃない。
また誰かのぴんぽん。
また誰かのぴんぽん。
誰かのブー。
また誰かのぴんぽん。
そして。
「椰子泉さん!」
「元始、女性は太陽であった」
ぴんぽん。
またしても椰子泉さん。
そしてまた読み上げる。己の得点を。
「10ポイントね」
その声に、今日初めて、感情が乗っていた。
背筋の凍りつくような、嫣然とした声色。
「どうした椰子泉さん?」
黄石が少し焦った風に声をかける。
わざわざタイムアタックを中断してまで。
俺も思わず振り返る。
椰子泉さんは……ウルティモハットを脱いでいた。
「これで10ポイント。決勝戦なら私の圧勝ね?」
決勝戦は早押し10ポイントで決着がつく。
それはクイズ合宿の折、白樫部長から聞いていた。
「何を言っているんだい?」
黄石が息を呑む。
それは椰子泉さんの迫力に飲まれた故か。
妖艶さに見とれた故か。
そのどちらもか。
「ぐむう」
低く顎を引いた唸り声。
荒火だ。
椰子泉さんの視線の先には、これまでにない悔しさを浮かべる荒火の顔があった。
ロードとワイズメンの視線。
数秒の交錯。
睨み合い。
椰子泉さんは黄石に向き直ると、清々しい顔で言い放った。
「もう十分なポイントを取ったから、今日の私はここでおしまい」
ぐるりウルティモ全205話、書き終えました。
完結保障タグを付けさせていただきます。




