第五BF:ストローマン 1
40分後、大藁人形の炎は胸のあたりまで上がっていた。
最初に火が入った時は、まだどこか「イベント」のような距離感があった。
だが時間が経つにつれて、それは確実に「儀式」へと変質していく。
燃え方が違う。
ただ燃えているんじゃない。
ケガレを送り出しているような、そんな燃え方だ。
俺たちはそのタイミングで解答席に着かされた。
余韻も、感傷も、関係ない。
クイズ番組だからな。
俺の席は前列、左から二番目。
椅子に腰を下ろした瞬間、妙に現実に引き戻される。
さっきまでの静謐な空気が、急速に遠ざかっていく。
隣席しているのは衿衣と茂侍。
多分参加者ナンバー順の最後尾組。
右を見る。
茂侍は早押しボタンの握りを調整している。
親指の角度。
人差し指の添え方。
何度も微調整しては軽く押し、感触を確かめている。
完全に「戦闘態勢」だ。
対して、左。
衿衣は直立不動で前を見ている。
背筋が異様に伸びている。
まるで礼式の最中みたいに。
誰も見ていない。
意識に上げていない。
『行く、絶対』。
その意志だけを掲げ、見つめている。
クイズに挑むのではなく。
クイズを貫き、押し通るために。
見たい景色に届くまで。
そして俺は――
回りの様子を探っている。
逃げ場を探してる、わけじゃない。
……多分。
ボタン押し込みの感触を試すくらいはした方がいいのだとは分かってる。
でも視線が落ち着かない。
人の表情や動きばかり追ってしまう。
後列にはキング――荒火。
腕を組んで微動だにしない。
その隣には……ナンバーツー。
名前、なんだっけ。
そして、穂積。
視線は前。
完全にクイズ盤面しか見てない。
もう俺のことなんか見てない。
いや、最初から見てないのか。
そのさらに横、俺の真後ろ。
椰子泉雪花。
機内一位のワイズメン様。
仄かに、笑んでいる。
形だけ。
表皮だけ。
アルカイックスマイル。
でも目だけが違う。
笑ってない。
あれは「狩る目」だ。
知識を積み上げるだけじゃない。
勝ちに来てる目。
クイズに解答するんじゃない。
ライバルをねじ伏せる目。
他にも、垂須さん、大渓さん、ボーイ……。
それぞれが、それぞれのスタンスでこの場に立っている。
同じ舞台。
同じルール。
でも、見てる景色は全然違う。
「ここで行われますのは――」
黄石の声が、空気を切り裂いた。
一気に現実へ引き戻される。
「『タイムアタックお焚き上げ』」
……名前。
名前よ。
儀式に乗っかってるのか茶化してるのか分かんねえネーミングだな!
「後ろの巨大藁人形の頭に火がかかってから燃え尽きるまでの間、一問一答クイズを出し続ける早押しクイズ」
短い。
シンプル。
でも――ゴールが無い。
そこが特徴で異様。
「お手付き誤答はマイナス1ポイント。一回休みはありません。そしてまた勝ち抜けポイントもありません」
逃げ場なし。
押さなきゃ勝てない。
でも押せばリスクがある。
いや、違うのか。
例えゼロポイントでも。
置物でも。
誰かがミスってマイナスポイントに落っこちれば。
勝てちゃうのか。
いやいや。
ほっとしてる場合じゃない。
意思を見せろ。
衿衣のような強い意志を。
俺は、置物じゃない。
そのリベンジを。
汚名返上の機会を。
情けなさの清算を。
逃げない俺は、今、ここで。
ポイントを取って証明しなくてはならない。
俺の中の信用ならない逃げ癖に、
ちゃんと戦えることを見せつけてやらなきゃならない。
「タイムアップまでの累計ポイントが最も低い者、一名が落っこちる」
一人。
たった一人。
でも、その一人になる確率は、今ここにいる全員に平等にある。
「同ポイントが二人以上いたら敗者復活をやるぞ」
さらっと言うな。
敗者復活が軽すぎるんだよこの番組。
背後の藁人形を見やる。
肩まで火が昇ってる。
さっきより明らかに早い。
燃え広がりが加速している。
足元に火をつけられてからここまで45分くらい。
頭が燃え尽きるまで……どうだろう。
10分はかからないかな。
いや、もっと早いかもしれない。
つまり、短期決戦。
集中力の持久戦じゃない。
瞬発力の殴り合い。
「帽子を被って」
黄石が促す。
解答者たちが従う。
ウルティモハットを被ると、視界が少し狭くなる。
余計なものが切り取られる。
……いいな、これ。
雑念が減る。
「ボタンに手を置いて」
黄石が促す。
解答者たちが従う。
指先が、ひやりと冷たいボタンに触れる。
この感触。
嫌いじゃない。
でも――
蘇る。
またしても。
京都。嵐山。寺院。枯山水。
あの合宿。
一問も押せなかった自分。
『置物かよ』。
胸の奥が、きゅっと締まる。
……やめろ。
今じゃない。
振り払え。
黄石の背後で閑君がホイッスルを咥えている。
その視線は、俺たちじゃない。
俺たちの背後。
藁人形の頭を見つめている。
開始の合図は、人形の頭が燃え始めるタイミングに完全依存。
儀式。
その終わりが、俺たちの戦いの始まり。
ピーーーーッ!
笛の音が闇の静寂を切り裂く。
「いくぞ問題。」
一瞬で、世界が変わった。
炎も、獣人も、空も、全部消える。
残るのは――
問題文と、ボタンと、答えだけ。
「ここ獣人絶対休戦地成立の切っ掛――」
ポーン!
押したボタンが受理されて、ハットの感嘆符が立ち上がる音。
それが真後ろから聞こえてきた。
「――けとなった…… 椰子泉さん!」
一問目は現地問題だったのだろう。
おそらく。
いや、「だったのだろう」としか言えない。
「肉球の和約」
問題文が、まだ途中だったはずだ。
でも、機内トップは解答した。
耳には入っていた。
確かに日本語だった。
だが意味として認識する前に、音が切断された。
その一連があまりにも速すぎて、
脳が「問題→思考→解答」という工程を踏む前に、
すべてが終了していた。
ぴんぽん。
無機質なチャイム音が正解だと告げる。
椰子泉さんに遅れることコンマ数秒の内に、
茂侍ほか何人かのビシバシ音が聞こえてきたから、
きっと簡単な問題だったのだろう。
――「簡単」。
その言葉の定義が、もう分からない。
自頭が本当にいいか、
クイズ慣れしている奴ならば。
今の一問は「見える」んだろう。
俺には、「見えなかった」。
「問題」
黄石は間髪入れない。
声に、余白がない。
ものがタイムアタックだからだろう。
ホイッスルが鳴ってからの黄石は、
別人みたいに無駄が削ぎ落とされている。
あの小宴会室で見せた顔も、
Tシャツ姿の砕けた空気も、
今はどこにもない。
ただの進行機械。
それが逆に、怖い。
ポーン!
「椰子泉さん!」
「ケリヨン・イノーバ」
ぴんぽん!




