大きなケガレ祓い 2
夜の帳が、ゆっくりと降りてくる。
この世界の夕暮れは、ちょっとややこしい。
西と北。
二つの方向に、それぞれ太陽が沈んでいく。
どっちを見ても夕焼けで、どっちも終わりに向かってる。
空は赤から紫へ。
グラデーションって言葉で片付けるには、少し濃すぎる色。
もう少ししたら、全部が闇色に飲まれる。
ロケバスを降りた時から、なんとなく空気が違ってた。
乾いた荒野の匂いに混じって、どこか湿ったような――
いや、湿ってるわけじゃないんだけど、そんな感じの気配。
祭りの前の静けさ、みたいな。
「みんな、あっちを見てみろ!」
やたら元気な声。
振り向かなくても分かる。
黄石だ。
こいつ、三日前の夜のあれはなんだったんだってくらい、ギラついてる。
いや、ギラつきに加えてテカテカしてるし、なんならギンギンまで乗ってる。
エネルギー過多。
あの晩の小さな背中、どこ行った。
黄石は両腕を大きく広げて、背後を示す。
その動きがやたら大げさで、いかにも「見せる人間」って感じだ。
いつもの誘導的司会術に陰り無し。
「「「おお!」」」
誰かが声を上げて、つられて全員が息を呑む。
黄石が手を広げたその向こうにあったのは――
巨大な藁人形。
三階建てくらいのサイズ。
ビルって言うには雑で、でも存在感はそれに近い。
それが、鉄の串にぶっ刺されてる。
刺さってるって表現が一番しっくりくる。
立ってるんじゃなくて、固定されてる。
周囲には、獣の形をした藁人形がいくつも並んでる。
大小さまざま。
犬みたいなの、鹿みたいなの、あとなんかよく分からないやつ。
で、そのさらに外側。
獣人たち。
何百、いや何千かもしれない。
毛のあるやつもいれば、鱗っぽいのもいる。
耳の形もバラバラ。
でも、全員が静かに立ってる。
騒がない。
ざわつかない。
ただ、そこにいる。
それを見て――
なんか、胸が変な感じになる。
締め付けられるっていうか。
でも苦しいわけじゃなくて。
懐かしい、に近いけど違う。
別れ。
区切り。
なんでかは分からない。
そんな単語が、ぼんやり浮かぶ。
「精霊流し?」
隣で、ハナさんがぽそっと言う。
寝てたくせに、こういう時だけちゃんと起きるんだな。
黄石は、すぐそれを拾った。
「舞網ちゃん冴えてるねぇ。これはね、獣人たちの【ケガレ祓いの儀式】なんだ」
軽い調子の説明。
でも内容は、ちゃんと重い。
「一年に一度。獣人たちはこのストローマンの地に集い、その年のケガレを藁人形に仮託して焚き上げるんだ。浄化の儀式だね」
ケガレ。
穢れ。
ハレの反対。
日々の蓄積。
なんとなく分かる。
良くないものを、まとめて外に出して、燃やしてしまえ。
そういうやつだ。
遠くで、偉そうな冠をかぶった獣人が遠吠えを上げる。
合図。
次の瞬間、巨大な藁人形の足元に火が入る。
松明。
炎はゆっくりと、でも確実に上へと伸びていく。
空はもう暗い。
星が出てる。
月はない。
雲も無い。
どうやら新月っぽい。
だから、炎がやたら目立つ。
獣人たちは、誰も喋らない。
ただ、同じ方向を見て、拝んでる。
音が、ない。
燃えてるのに、煙もほとんど出ない。
静かすぎて、逆に怖い。
――これ、完全に神事だ。
テレビの企画とか、そういう軽いものじゃない。
ずっと続いてきたやつ。
下手したら、何百年とか。
その真ん中で。
俺たちはクイズをやる。
ピンポンって。
ビシバシドッカンって。
……いや、どうなんだそれ。
「浮かない顔してるなぁ、新人類」
急に振られる。
やっぱ見てるな、こいつ。
「儀式をぶち壊しにするようなクイズはイヤか?」
聞き方。
完全に試してる。
どう答えるか、見てる。
番組否定しろってか?
それとも、空気読んで乗っかれってか?
……あ。
これ、あれだ。
「……それなりに」
とりあえず逃げる。
どうせまた「それなりにかー!」とか言って笑う流れだろ。
干渉を嫌う新人類とか続けるんだろ。
「君は心優しい青年だな」
……あれ?
明後日の方向に来た。
ちょっと待て、台本と違う。
俺の心の台本と。
「安心して欲しい」
黄石が言う。
その背後から、誰か出てきた。
ローブ着た爺さん。
いかにも魔法使い。
「ごにょごにょ……」
何言ってるか分からない呪文を唱えて、杖を軽く振る。
次の瞬間。
「ドーンと来なされ!」
俺たちの周囲、半径二十メートルくらい。
透明なドームみたいな魔法の幕が覆い尽くす。
空気が一瞬だけ歪んだ気がした。
「サンキューミスター結界師! これはな諸君。防音の結界という。内からも外からも完全防音する凄い魔法だ。これで迷惑をかける心配はないな!」
ああ、なるほど。
そういうこと。
俺たちの音は、外に漏れない。
逆に外の音も、こっちには来ない。
完全に切り離された空間。
……便利すぎるだろ。
ていうか。
じゃあさっきの質問、いらなくない?
「それなりに」とか言わされ損じゃん。
完全にダシ。
振り回されたわ。
所詮黄石は黄石だわ。
「僕たちゃ品行方正なぐるりウルティモスタッフだからね。あっはっは!」
その笑顔でそれ言うか。
絶対信用できないやつだろ。
お茶の間で見てる人、全員ツッコむぞこれ。
「クイズがやりたくてうずうずしてるかぁ波名真?」
ターゲットはクイ研にチェンジ。
切り込み隊長・ボーイに振る。
「それは、まあ……早押し機並んでますし」
視線の先。
ストローマンの炎の手前。
実は最初からそこに、ずっとあった。
二段に分かれて並んだ、七台ずつの早押し機。
ウルティモハット付き。
ここが「戦場」。
俺たちにとっては。
藁人形も、獣人も、炎も。
全部、その背景に置かれてる。
でも。
俺はさっきまで逆に見てた。
黄石もそのように誘導してた。
まずはあっちが主役だぞと。
その在り様をしっかりと受け止めろと。
でも、多分。
クイ研の連中は、最初から違う。
黄石の誘導になんて乗ってない。
あいつらにとっては、最初から早押し機が主役。
他は全部、飾り。
そういう違い。
スタンス。
ボーイとのやり取りで、はっきり分かる。
視聴者にだって届く人には届く。
クイ研の在り様と、旅人の在り様の差異が。
「まあまあクイ研諸君、落ち着きたまえ。ここはしばらく獣人たちのケガレが天に還る様子を眺めようじゃないか。人間には情緒も大事だぞ」
黄石が、わざとらしく言う。
クイ研を名指し。
挑発半分、牽制半分。
……なんか。
吹っ切れてるな。
異世界フルコースの夜の、あの顔。
あれ、もう引っ込めた。
完全に「司会者」に戻ってる。
いや、それ以上かもしれない。
自分で自分の役を、ちゃんと選び直した感じ。
『黄石桑之介をやっていく』
それ、有言実行されてる。
つまりは元の嫌なやつに逆戻り。
でも、こういう方がしっくりくる。
ムカついたら手放しで黄石この野郎って思える。
これはたぶん、ありがたいこと。
炎は、もう人形の胸あたりまで来てる。
藁が弾ける音が、かすかに聞こえる気がする。
……いや、聞こえてないのか。
結界のせいで。
でも、見てるだけで分かる。
燃えてる。
確実に、何かが燃えてる。
祈ってる。
確実に、炎に仮託されてる。
これが「ケガレ」なのか。
それとも、ただの象徴か。
どっちでもいいけど。
終わらせるための儀式。
区切るための行為。
――俺はここで、何を燃やすんだろうな。




