大きなケガレ祓い 1
ロケバスが、荒野をゆっくりと進んでいる。
アスファルトなんて気の利いたものはなくて、乾いた土と小石が、車輪のたびにざりざりと音を立てる。
その前を引いてるのが――サイみたいな巨獣。
いや、似てるだけでサイじゃない。
角が二本あって、しかも微妙に曲がってるし、皮膚は岩みたいにひび割れてる。
それが黙々と、でも確実に前へ進む。
エンジン音の代わりに低い鼻息。
ディーゼルより野性味が強い。
……異世界だなぁ、って思う。
向かうのは第五バトルフィールド、ストローマン。
名前だけ聞くと、なんか軽い。
でも「獣人絶対休戦地」とかの枕がつくと途端に剣呑になる。
いやさ、「休戦地」だけならまあ飲み込めるのよ。
でも「絶対」がつくことで逆説的にヤバ気な雰囲気が醸し出されると思うのよ。
そこまで強固に言い張らないと休戦地って成り立たないの、とか。
ちょっと口喧嘩しただけでもお縄に成っちゃいそうなピリ付き具合だな、とか。
想像の翼が広がる訳で。
「毛利井さん。このような珍しい種族が訪れることも……」
後ろから、閑君の温度を感じさせない淡々とした声。
昨日ブチ切れてたあの表情からは想像もつかないほど平坦な言葉。
「マヌルネコ族!? ぽんぽんを猫吸いしなきゃ!?」
「……学習プログラムの効果が薄いようですね。繰り返しましょう。五セット程」
「や゛め゛て゛~~ぇ゛!」
モーリーが朝からずっと詰められてる。
最後尾で。
もう、教育というより矯正だ。
非人道的ともいえよう。
ヨシ、もっとやれ。
暴走したモーリーに人権なんて与えちゃいけない。
ストローマンとは土地や機構を示す言葉ではなく、
獣人たち象徴的シンボルらしい。
恒例行事が行われるランドマークだとか。
李野くんが教えてくれた。
獣人。
言葉の響きだけだとファンタジーっぽいけど、実際にいるとなると話は別だ。
毛むくじゃらのやつとか、牙生えてるやつとかが普通に生活してるらしい。
ステックソンなんかで何種類かは見た。
尻尾付きとか、角付きとか、ケモミミとか。
でも、真正獣人は顔もケモらしい。
勇者降臨以前ではそれゆえにヒューマン扱いもされて無かったとかなんとか。
大革命とかいう一斉蜂起が王都にまで迫ったとかなんとか。
そんなのにモーリーが突撃したらコトだ。
国際問題が猫吸い発端なんてあってはならない。
「獣人はヒューマンです。モンスターではありません。はい」
「獣人はヒューマンです。モンスターではありません……」
繰り返し繰り返し繰り返して、疲弊した脳の根っこに概念を叩き込む。
俺は尋問の形でこの閑君の粘り強さを受けた。
モーリーは洗の…… あわわ。
教育の形でそれを受けている。
頑張れ閑君。
モーリーに自重を植え付けるさせるのだ!
「獣人はヒューマンです。モンスターではありません。はい」
「獣人はヒューマンです。モンスターではありません……」
聞いた話だと、昔はここ、縄張り争いで泥沼だったらしい。
どの部族がどの水場を使うかで、血で血を洗うみたいな。
でも、勇者が来て全部ひっくり返した。
で、今は連合体としてまとまってる、と。
……ほんとかよ、ってちょっと思う。
そんな都合よく収まるか?
でもこの世界、二つ太陽あるし、世界の端は滝だし。
そのくらいあってもおかしくない気もする。
「さすがに内戦してる地域を旅させはしないよな……」
小声で呟く。
いや、でもな。
ぐるりウルティモだしな。
やりかねない、っていう予防線は常に張っておいた方がいい。
「へー、いい着眼点してるね」
「やはは。歴戦のウルティモ戦士にお褒め頂けるとは、照れますなぁ」
後ろで垂須の兄貴と李野くんが語り合ってる。
そう。
あの李野くんが俺やソサメンじゃなくて垂須さんとだ。
よしよし。
配置転換は功を奏してるみたいだな。
学生時代クイ研だった垂須さんなら李野くんの人見知りを弱めると思ってたよ。
「うん。自然な会話ができてるな」
「で、本音は?」
隣の大渓さんがすぐに踏み込んでくる。
「垂須さんが一緒の時に李野くんの袖クイが発生して、俺が通訳やらされたので。都度そんなことやってたら面倒だと思って」
「うん。先々を考えればいい方策だ」
先々な。
先々。
「そんな物があれば、ですけど」
ちょっとだけ、声が重くなる。
「はは。そろそろ君には厳しくなるかな」
ああ、やっぱり来るよな。
早押し機。
あの、カチッて鳴るやつ。
思い出しただけで、胃のあたりが縮む。
京都の寺。
あの静かな空間で、俺だけ何もできなかった時間。
押せない。
分からない。
動けない。
『置物かよ』。
枯山水の石みたいに、ただそこに在っただけ。
……トラウマ、って言うほど大げさじゃない。
でも、あれをもう一回やれって言われたら、ちょっとだけ息が詰まる。
ここから先は本戦。
多分、あれが主兵装になる。
逃げ場は、ない。
想像だけで息がつまる。
意識しないと深く息を吸い込めない。
すーはー。
すーはー。
視線を横にずらす。
斜め前の席。
ハナさんと並んで座ってる衿衣。
「すぴーすぴー」
ハナさん、寝てる。
相変わらず自由だなこの人。
荒野のど真ん中でも関係ないらしい。
で、その隣。
衿衣は起きてる。
窓の外を見てる。
でも、見てるのは景色じゃない。
分かる。
あれは内側見てる目だ。
ワイズメンズタワーの夜。
黄石と囲んだ、あの夕食。
あそこから、衿衣は、ちょっとズレた。
いや、戻った、って言った方が近いかもしれない。
最初にここに来た時の、あの感じに。
孤高、って言葉が似合うやつ。
俺と話してても、ハナさんに絡まれてても。
どこか一歩引いたところにいる。
感情で俺たちを見てない。
意思で俺たちの向こうを見てる。
『見たい景色』
前に言ってたやつ。
あれを、もう一回握り直してる。
……多分。
「クワさんは思い留まったのだと言ってたけれど――」
ぽつりと、大渓さん。
視線は椰子泉さんの方。
それから衿衣の方も見て。
「尖兵が二人生まれちゃったかも知れないね」
言い方。
でも、なんとなく意味は分かる。
椰子泉さん、変わった。
あの人、ずっと余裕あったのに。
今は違う。
ギルドの訓練所で、魔法の練習してるの見た。
真剣っていうか、余裕がない。
結果も出してる。
たった二日で生活魔法覚えて、ステータスもちゃんと伸ばしてる。
冒険者カードのINTもMAGも数値が伸びた。
でも――
なんか、楽しそうじゃない。
義務みたいにやってる。
クイ研に対して、何かあるんだろう。
憤懣やるかたないものが。
仇みたいな感情が。
「おかげで僕は独りぼっちさ」
大渓さんが肩をすくめる。
飲兵衛四天王。
後さんも塩湖さんも、ステックソンで落ちた。
大人組。
双滝さんもいなくなった。
椰子泉さんはあの調子。
旅を楽しめているのは、ジョブ・情報屋ただ一人。
「大渓さんは、クイ研に対して、何か?」
聞いてみる。
「まあ気に入らないよね、普通に」
あっさり言う。
「でも最初から分かってたことではある。スタンスの違いは」
「それはまあ、確かに」
「だから、気にしない」
即答。
ちょっと笑いそうになる。
「気にした分だけ、自分の中の楽しみが占める割合が減っちゃうでしょ?」
……それは、そうかもしれない。
前向きって、こういうやつか。
なんか、ちゃんと大人だ。
軽くて、芯がある。
「まあ、僕がクイ研に個人的なつながりが一つもないから言えることだけど」
あ、それはズルい。
俺にはある。
穂積。
李野。
ボーイ。
切り分けられない。
敵だ味方だって、そんな簡単に線引けない。
「エー、みなサま。あと15分ほどで絶対休戦地・祭儀場に到着致しまス」
サンタフェさんのアナウンス。
いつも通り、妙に安心感を覚えるのびやかな声。
でも言ってることは物騒。
祭儀場て。
そんなの聞いてない!
「お手荷物を全てお持ちになってバスを降りてください」
……それ、つまり。
一回降りたら、戻れないってことだ。
荷物を取りに戻る余裕なんてないってことだ。
ってことは――
観光なし。
休憩なし。
バトルフィールド。
そのまま本番。
「マジかよ……」
誰にともなく呟く。
バスの中の空気が、少しだけ変わる。
さっきまでの雑談が、静かに沈んでいく。
それぞれが、それぞれの準備に入る感じ。
窓の外。
荒野の向こうに、何かが見え始めている。
夕焼けが夕闇に移り変わる時。
トワイライト。
人だかり。
松明の灯り。
ストローマン。
名前は軽いのに、ここで待ってるものは、多分軽くない。
早押しボタン。
もう来る頃合いだ。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
逃げないって決めた自分が、どこかでじっとこっちを見てる気がした。




