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空前絶後! 第十一回! 異世界ぐるりウルティモクイズ!  作者: 袴田八峰
第四BF:ワイズメンズタワー インスピレーションクイズ 賢者様できるかな?

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黄石桑之介 3


「これはクイズ業界では結構ありがちな話でね」


 黄石は、さっきまでの軽さをほんの少しだけ引っ込めて、円卓の真ん中をぼんやり眺めながら言った。

 その視線の置き場が妙に現実的で、逆に現実味がなかった。

 テレビの中の人が、テレビの中から這い出して来たような違和感。


「有名なクイズ番組は大抵一度はこの問題に直面してる。……対応しきれずに幕を下ろした番組もある。視聴率、取ってたのにな」


 ああ、あれか。

 世界をぐるぐる回るやつ。

 すごろくみたいな。

 ホーン岬に駒が進んじゃって阿鼻叫喚の。


 子どもの頃、親と一緒に見てた気がする。

 いつの間にか終わってて、理由も知らないまま記憶の棚に押し込まれてる番組。


 ――あれ、そういう終わり方だったのかもしれない。


「ポタージュはドレッドビーンズをお出汁と絡めて」


 急に「お出汁」とか言い出すな。

 さっきまで意味不明な単語ばっかりだったくせに、そこだけ妙に日本寄りに寄せてくるのやめろ。


 スプーンを入れると、見た目は普通の豆スープ。

 飲んでみると、ほんとに普通だった。


「普通においしい」


「普通に豆スープ」


 隣で垂須さんも同じ感想を吐く。

 ここまで来ると逆に安心する。なんだよ、普通って。

 でもその「普通」が、この場ではちょっとした救いだった。


「君らは今日のクイ研の勝ち方、どう思った?」


 来た。

 ずっと料理の湯気に紛れて漂ってた本題が、ようやく輪郭を持った。

 過去話で外堀を埋めて、本丸の攻略が始まった。


 円卓の空気が一段、静かになる。


「それは……」


 椰子泉さんが言葉を探す。

 あの人が迷うの、珍しい。


「言ってごらん。ここには仲間しかいない。クイ研はいない」


 さらっと言う。

「仲間」って単語、軽い口調のくせに妙に重い。

 じゃあ敵って?

 それはクイ研だろう。

 そういう話の持って行き方を、黄石は丁重に進めて来た。


「間違っては……いないのかと」


 椰子泉さんは、慎重に言葉を選んだ。


「グレーではありますが、ルール違反ではないので」


 そう。

 ルール違反じゃない。


 でも――なんだろうな。

 RPGで裏技見つけて、ボス一撃で倒しちゃった後の、あの感じ。

 勝ってるのに、妙に冷めるやつ。

 やってる時はすげえって興奮してるのに、もうちょっと進めるとすぐに醒めるやつ。


「あんな手段を使ってくるとは想定してなくてね。ルールに組み込んでなかった。反省だよ」


 黄石が、肩を落とす。

 ほんの少しだけ、本当に申し訳なさそうに。


「ごめんな、椰子泉さん」


「いえ……クワさんに頭を下げて頂くことでは……」


 運営の不備。

 そう言ってしまえば、それまでだ。


 でも、なんか違う。


「ここ数年はずっといたちごっこさ。ルールで詰める。穴を突かれる。ルールで詰める……」


 黄石はスプーンを置いて、指先でテーブルを軽く叩いた。


「なんかさ、おおらかさって言うか、余裕って言うか。どんどん無くなってきてね」


 ああ、それ。

 なんとなくわかる。


 遊びだったはずのものが、勝負になって。

 勝負だったものが、作業になっていく感じ。


 気づいたら、楽しむ余地がどこにも残ってない。


「ポワソンはニューノの香草焼きでございます」


 多分うまい。

 実際うまいんだろうけど、味が頭に入ってこない。

 考える方に容量持っていかれてる。


「グラニテはツルル。朝採れの新鮮なものをご用意できました」


 来た。ツルル。


 面倒臭い交渉戦は後回しだ!

 脳みそをデフラグせよ!

 一時保存領域はデリートせよ!

 今はただ、全身全霊でこの甘味を受け止めるのだ!


「好きなんだ、ツルル」

「この旅行で一番の出会いはツルルですね!」


 俺、即答してた。

 いや、だってマジでうまいんだよこれ。


「そこまでか……僕は唾液腺がしばらく痛むからあんまり好きじゃないんだ」


 あれお前のせいだったのか。

 初日にずっとよだれ止まらなかったやつ。

 だが……

 そんな不器用さも、今となっては愛しい。


「頂戴しても?」

「どうぞどうぞ」

「あ、僕のもあげるよ」

「よければ私のも」


 気づいたら俺の前にツルルが山積みになってた。


「出されたものは全部食べるのが礼儀」


 衿衣が、淡々と言う。

 自分の分のツルルを頬張っている。

 あ、今噛もうとしたツルルに逃げられたな。

 油断してると咬合の隙を衝いてツルリと口蓋に身を躱す。

 なんてスリリングなデザートなんだいお前さんは!


「いいねえ、ホント君たちは」


 黄石が話題を先に進めずに、俺たちを見て目を細めてる。

 懐かしく、尊いものを大切に抱くように。


 なんか……こう。

 お前の事大嫌いだったのに。

 穂積をジャンケンで惑わせたこと許せないのに。

 それとは別で。


 なんか、こう。

 絆されちゃうじゃないか。


「メインディッシュはヒッポカンポスのフィレステーキです」


「あれ食べちゃうんだ!?」


 うう、カンポス氏との思い出が蘇る。

 あれを食べるのかぁ。


「まあ、日本でも馬刺しとかあるしさ、市籠」


 そうだな垂須先輩!

 馬刺しは旨いもんな!

 ここは思い出に蓋をして、命に感謝して頂かねば。


「君たちを呼んだのはさ。密約を結ぶとか、便宜を図るとか、そういうんじゃなくて」


 五人の招待客が息を呑む。

 ナイフを持つ手が、止まる。


「特に何かをお願いするでもなくて」


 じゃあなんだよ、って話になる。

 ここまでの語りは絶対なんらかのゴールを……

 恐らくは秘密協定を目指してた流れだろ?


 大渓さんも、ほんの少し眉を動かした。

 椰子泉さんはずっと表情を消している。


「きっと……多分……原点の風景を再確認したかったんだろうな」


「原点の風景」


 ぽつりと、衿衣が繰り返す。

 その目に常の意思ではなく。

 感情の熱が宿った。


 そういえば衿衣、前に言ってたな。


「見たい景色に届かない」とか、なんとか。


 ――あれと、繋がってるのかもしれない。

 黄石宣うところの、原点の風景ってやつが。


「僕が明日からも『黄石桑之介』っていうアナウンサーをやってく為に」


 なあ黄石。

 なんでそのセリフに演技の匂いを感じ取れないんだよ。

 なんであんたがそんなに小さな背中を見せるんだよ。

 そんなにキングたちのやり方にショック受けてたのかよ。

 それを止められなくて後悔してたのかよ。


 困るんだよ、そういうの。


 アンタには憎まれ役やって貰わないと。

 不遜な態度で愉悦に満ちた目で俺を見下して、歪んだ笑みで挑発する。

 そういうアンタでいてくれないと!


 知りたくなかったわ。


 くそ。


 アンタの素顔なんて。


「サラダは日本から直輸入のサニーレタスとミニトマトを散らして」


 急にファミレス。

 ここだけ一気に現実に引き戻すのやめろ。


「このアンバランスさがなんとも」


「異世界あるあるだね。日本偏重」


 笑いが、少しだけ戻る。

 空気は完全には戻らないけど、壊れもしない。

 なんか、中途半端な温度で保たれてる。


 ――で、終わるはずだった。


 ところが。


「ぅ黄石ーーーーッ!!」


 聞いたことない声が、扉ごと空気をぶち破った。

 全員、反射的に振り向く。

 小柄な男。

 でも目だけはやたら鋭い。


 閑君《かんくん》だった。


 あの、カミツキガメみたいな面談官が。

 温度を感じさせない乾いた眼差しの男が。


 今、目尻を吊り上げて完全に牙を剥いてる。


「黄石、お前、一線を越えたな?」


 黄石の襟首を捻じるように掴み上げる。

 ガチだ。

 これ、演出じゃない。


「どこまで話した! 何を約した!」


 怒鳴る。

 あの無機質な声じゃない。ちゃんと怒ってる声。


 黄石は――抵抗しない。


 されるがまま。

 ちょっとだけ、情けないくらいに。


「……」


 何も言わない。


「まあまあ閑君さん、落ち着きましょう」


 大渓さんが、いつもの調子で割って入る。


「少なくとも黄石さんは我々と何の約定も交わしてはいません」


「……そうか」


 一拍。


 閑君は黄石を見つめて、それから手を離した。


「一線を越えていないのならそう言え」


「超えようかな、とは思っていたんだ。彼らを招いた時点では」


 軽い口調。

 でも、その中身は軽くない。


「打倒クイ研ですか」


 閑君の声が、すっと元に戻る。

 あの、冷たい温度に。


「尖兵になってもらおうかと。でもさ」


 黄石が、頭をかく。


「こいつらの顔見てると昔のことがさー。あの日々がさー。どうしても蘇っちゃって……無理だったよ」


「救われましたね」


 淡々とした返答。

 でも、その奥にあるものは、さっき見えた。

 怒鳴り込んできた理由。

 この二人、ただの上司部下じゃない。

 十年物の何かだ。


「デザートは水の賢者の恵みでございます」


 おいウェイター。

 タイミングおかしいだろ。

 この空気でそれ出すか普通。


 しかも「水の賢者」ってあの人だよな。

 あの、土鳩捕食者。


 ちらっとウェイターを見る。

 微動だにしてない。

 すげえなこの人。プロだ。


 場がどう転がろうが、皿は出す。

 それが仕事って顔してる。


 ……そういうの、ちょっと分かる気がした。


 仕事って、多分そういうもんだ。

 好きとか嫌いとか、

 感情とか関係なく。

 決められた役を、ちゃんとやる。


 ――そのために、演じる。


 黄石の「やっていく」って言葉が、また引っかかる。

 ヤツの横顔を見る。

 さっきより、少しだけ疲れて見えた。

 いつもより若く見えてたはずのプライベートな横顔だったのに、

 今の顔はいつもより幾分か年を食って見えてしまった。

 小さな背中。


 ……なんか、嫌だな。


 あんたはもっと、ムカつく顔してくれないと。


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