黄石桑之介 2
「リュウノヒゲ茶でございます」
最初の一杯から、なんかもう、嫌な予感しかしなかった。
給仕してきたウエイターは、妙にきっちりした正装――この世界なりの礼装なんだろうけど、襟の立ち方とか袖の折り返しとか、やたらと几帳面で、逆に落ち着かない。顔は無表情。
極上のサービス業従事者がこういう表れになるのは、地球も異世界も同じか。
で、出てきた「リュウノヒゲ茶」。
「リュウノヒゲという薬効のある茶葉を使用しまして――」
なんだよ。
龍のヒゲそのまま煮出したのかと思ったじゃん。
名前、紛らわしすぎるだろ。
横で垂須さんが小さく「おい」って呟いた。
うん、気持ちは分かる。
今この場にいる全員、たぶん一瞬同じ絵を想像したと思う。
「いいね君たちのその素直な表情。カメラ回ってないのが惜しいくらいだ」
黄石が楽しそうに笑う。
……ほんとに楽しそうだな。
肩の力が抜けてる。
いつもの、あの「全部計算してます」「煽ってやるぞ」「お前らの隠してる中身を引きずり出してやる」みたいな緊張感が薄い。
それに気づいた瞬間、逆に妙な違和感が浮かぶ。
あの人、マイク持ってるときは、あれで緊張してるのか?
あの、場を支配してるみたいな顔の裏で。
仕事って、そういうもんなのかもしれないけど。
仮面をかぶってるとまでは言わないけど。
「それに衿衣ちゃんの無表情がコントラストとして最高だ」
「そう」
即答。
温度ゼロ。
「もうある種の芸術品だよね、衿衣ちゃんは」
……分かる。
悔しいけど分かる。
その凛とした佇まいと孤高の空気。
そして感情よりも意思を語る眼。
それが俺の心を捉えて離さない。
おまえの言い方が気に食わないだけで、言ってること自体は間違ってない。
あの無表情、もはや演出として完成してる。
「そっちの成熟した大人二人も、大人として在り方がブレてない」
黄石の視線が大渓さんと椰子泉さんに向く。
「だといいんだけどね」
大渓さんは軽く肩をすくめる。
余裕のある返し。
「私は……先のクイズでぶらしちゃったかな」
椰子泉さんの声は、少しだけ低かった。
いつもの切れ味とは違う、少し鈍った感じ。
ああ、あの時か。
勝者席から、双滝さんに何か言いかけたとき。
あの人らしくなかった。
普段なら絶対に踏み越えない線を、一瞬だけ踏みかけた。
そういえば椰子泉さんと双滝さんとは。
ナリタレアからずっと同部屋だったって言ってたな。
モーリーを巡るあれこれも協力して頭下げてたしな。
いくらクールな女史であっても。
そりゃ、情も移るか。
同朋意識も湧くか。
「前菜はノペロホンの季節三種盛りとなります」
運ばれてきた皿を見る。
横長で平たい皿の上に、小さな山が三つ。
……色がない。
白。
黒。
灰色。
まるでコピー機のトナーが切れていくサンプルみたいな配色。
これ、ほんとに食べ物か?
野菜……っぽい気はするけど、断言できる要素が一つもない。
向かいを見る。
衿衣が、もう食べてる。
もっきゅもっきゅ。
躊躇ゼロ。
すごいな。
「市籠はどれから行く?」
垂須さんが聞いてくる。
ああ、一人では思い切れないのね了解。
渡りに船だわ。
「……じゃあ白で」
無難そうなのを選ぶ。
「じゃあ僕は黒にしようかな」
並んで口に運ぶ。
もっきゅもっきゅ。
……。
「「苦い。」」
俺と垂須さん、ほぼ同時。
思わず眉間に皴を寄せる。
「あら、私は好きな苦みだけど」
椰子泉さんは涼しい顔で食べてる。
眉間に皴も寄ってない。
「フキノトウっぽさがあるかな。でもしっかり洗ってあるから雑味が少ない」
それ、完全に大人のコメントだよな。
遠回しに「子供舌」って言われてる気がするんだけど。
「衿衣ちゃんはどうだ?」
「まずい」
即答。
一切の装飾なし。
でも、手は止まってない。
全部ちゃんと食べてる。
……偉いな。
「あっはっはそうかーまずいか! そりゃ苦みを楽しめなきゃまずいだけだよな」
黄石、やたら機嫌がいい。
酒も入ってないのに、このテンション。
逆に怖い。
「第一回の頃はさ」
ふっと、トーンが変わる。
軽さはそのままだけど、少しだけ遠くを見る目。
「こうやってみんなで、挑戦者もスタッフも垣根なしで、夕食食べてたんだ」
手元の茶をくるくる回しながら、ぽつりと言う。
「みんなで一体になって、楽しい旅をしよう。面白い番組を作ろう。そんな活気に溢れてた」
自然と、場の空気が静かになる。
誰も口を挟まない。
これ、ただの昔話じゃない。
たぶん、ここに呼ばれた理由に繋がるやつだ。
「君たちはスタッフの名前を知らないだろ?」
言われてみれば。
一人も知らない。
顔は分かる連中も増えてきたが、一つも名前が出てこない。
俺たち挑戦者みたいにネームプレートも付けてない。
「それは僕たちがスタッフに命じているからなんだ。決して名乗るな。必要以上の接触をするな。誰かを応援するな……ってね」
へえ。
そこまで徹底してるのか。
閑君もステックソンで「人として接してしまっても良い画にはなりません」とか言ってたからな。
緩くてなあなあな運営のようでいて、やはりプロの集団ということか。
「オードブルはネッケンヘンドの煮凝りを固めたものです」
次の皿が来る。
透明なゼリー状の中に、白い身が閉じ込められてる。
見た目は普通。
さっきのよりは安心感がある。
「ネッケンヘンドって何かしら?」
椰子泉さん。
「淡白な白身魚ですね。皮がとても濃厚なので、舌がテスります」
「ありがと」
……いや。
そこ、流すんだ。
「テスる」って何?
説明の核心そこだろ。
「市籠くん、舌がテスったことってあるかい?」
俺のシカメ面を目ざとく捉えた黄石が面白そうに聞いてくる。
「未テスりだと思いますけど…… テスる状況が分からないので、なんとも」
正直に答えるしかない。
「その答えなら君はまだテス味を知らないな。ま、食べてみろよ。トぶぜ?」
黄石のウインク。
サンタフェさんみたいに可愛くない。
垂須の兄貴みたいな愛嬌も無い。
でも。
はしゃいでる。
それは伝わってくる。
「食べてみますか」
覚悟を決めて口に入れる。
まず、白身。
……普通。
淡白。
塩とオリーブオイルだけのスズキとか、ああいう感じ。
核心は皮の部分。
小さく切って、一緒に口に入れる。
――。
!!?
……なんだこれ!?
舌の上で、何かが暴れる。
甘いのか、しょっぱいのか、酸っぱいのか。
どれでもあるし、どれでもない。
五味じゃ説明できない。
未だ開いたことの無い味蕾が一斉に解放された感じ。
「テスったな」
横で垂須さん。
「凄いテス感です」
思わず頷く。
これは日本に居ては味わえない感覚だわ。
甘味、塩味、酸味、苦味、あと旨味。
人間の舌が感じることができるのはこの五味だけじゃなかったんだ。
テス味という第六味があったんだ!
感動した!
蒙が開かれた!
俺は瞳を閉じてテスな追憶に浸る。
「あ、食べないなら僕が貰っていい?」
大渓さんが箸を伸ばしてくる。
「食べますよ食べます!」
慌てて皿を引く。
抜け目ねぇなこのおじさん!
俺はこのテスに感動してるの!
不味くてフォークを止めたわけじゃないの!
気付けよ! ご自慢のブン屋の観察力で!
そしてさっきよりも大振りに切って、白身と合わせて。
もきゅもきゅ。
……この感覚、逃したくない。
口の中に広がる妙な満足感。
舌全体が仄かに発熱してるというか。
なんか、変なスイッチ入った気がする。
見たまえ、衿衣も。
「まむまむ……テスい」
どことなく満足そうじゃないか。
君らには分からんかもしれんけど!
心の目で見ればわかるんだ!
と、こちらのテス・テイスティングが終わるのを待ったタイミングで、黄石が話を再開した。
「なんでスタッフに接触禁止を言い渡したんだと思う?」
来た。
本題。
恐らく何らかの問題が発覚したんだろう。
モーリーの行方不明事件とか。
あれの笑えない版の何か、深刻な事態が。
「挑戦者による不正があったんですかね? 問題の買収とか」
大渓さんが先に言った。
あっその方向か……
しかしたかがクイズ。
たかがお遊び。
そこまでやるか普通?
「よくわかるなぁ大渓さん。もしかして知ってたかい?」
「社会部の記者なので。そういう話はそこら中に転がってます」
さらっと言う。
でも、そこで終わらない。
「おおよそ続きも浮かびます。クイ研だったんでしょう? 贈賄者」
空気が、少しだけ冷える。
あ、黄石の嫌悪って……
「半分正解だな。収賄側もクイ研卒業者だった」
……。
一瞬、時間が止まる。
クイ研。
荒火。
白樫部長。
炎鳥。
……穂積。
あの熱量。
あの、勝つことに対する執着。
それが、こういう形で繋がるのか。
さっきまでの「テスい」とか言ってた空気が、どこかに引っ込む。
円卓の上は、まだ料理が残ってる。
コースは続く。
でも、味がどうとか、そういう段階じゃない。
なんかこう。
ゲームのルールの裏側を、急に見せられた感じ。
楽しいイベントのはずなのに、その下にあるものが仄見えた。
見せつけられた。
そしておそらくもう。
俺たち五人、巻き込まれてる。




