黄石桑之介 1
クイズが終わった晩。
石畳の広場から少し離れた宿の窓を開けると、ワイズメンズタワーの頂上に据えられた水晶球が、夜空にぼんやりと光を投げているのが見えた。
でかい電波時計発信源みたいなもんらしいけど、あれが世界中に時間を送ってるって話、いまだにピンと来てない。
この世界、端っこから水が落ちてるんだぞ。
その上で「正確な時間です」とか言われても、なんか、信用していいのか分からない。
自転とか公転とか無さそうなのに、どうやって時間が決まるの?
でもまあ、みんな普通に受け入れてるし、そういうもんなんだろう。
逆に科学的根拠無くても政治的意図で以て「これが正しい時間だ」って保障すればそう決まるのかもしれない。
――で。
俺は今、その「そういうもん」に順応しきれないまま、割り当てられた部屋で相部屋の男と向かい合ってしまった。
羽合悟道。
これまで何度か視界には入っていたけど、まともに話したことはない。
っていうか、してこなかった。
なんとなく避けてた。
関わると面倒なイベントが発生しそうな顔してたから。
見た目は、軽い坊主。
ほんとに坊主頭なんだけど、修行僧って感じじゃない。
どっちかというと体育会系のお調子者って感じ。
日焼けした肌に白い歯がやたら目立つし、Tシャツの袖から出た腕は無駄に筋肉がついてる。
姿勢は真っすぐというよりそっくり返ってる角度。
なのに、視線はきょろきょろ動く。
常に何かを探してる感じだ。
ネタか、女の子か、その両方か。
「天馬は今晩なんか予定ある?」
初手で呼び捨て。
距離感、雑だな。
「あー……大渓さんたちと外食を」
嘘つきました。
ごめんね大渓さん。名前だけ借りた。
でも羽合には対してなら、まあいいかって感じだ。
こういうの、就活でも使うし。
場を丸く収めるための、ちょっとした脚色。
……そこ、「逃げてる」って言わない。
「そっかー。お前を誘えば舞網さんとか毛利井さんとかとお近づきになれると思ったのになー」
はい、想定内。
白山さんが言ってた。
「あいつ、誘いがしつこいから」って。
で、白山さんがいなくなったから、次のターゲット探してるわけだ。
どっかで夜の暴れん坊系煩悩僧侶とも名乗ってたしな。
スケベ度では居権に次ぐ不動のナンバーツーだろう。
そんな奴に天然ふわふわなハナさんを近づけられるか!
悪い虫よ去れ! しっしっ!
モーリー?
ああ、あいつは好きにしてくれてかまわん。
「はーっ、しゃーねーなー。ネタでも詰めるか」
「ネタ?」
しまった。拾っちゃった。
「おう、これ。ネタ帳」
ぽいっと投げられたのは、角が丸くなった分厚いノート。
使い込まれてるのが一目で分かる。
ぱらぱらめくる。
……びっしり。
漫才とかコントのネタが、細かい字でぎっしり詰まってる。
ツッコミの言い回し、間の取り方。
どこでウケが弱かったかの反省まで書いてある。
あと、バトルフィールド毎の名乗りネタ候補も山ほど記されてた。
「努力家だ」
思わず言ってた。
こういうタイプ、もっとノリだけで生きてるのかと思ってた。
「そりゃ人に笑ってもらうんだもん。並大抵の努力では追っつかないさ。俺なんて勢いしかないし」
自己分析もちゃんとしてる。
なんか、こう、ちゃんと積み上げてる人間の匂いがする。
「プロでも目指されるんで?」
「や、そうじゃない」
即否定。
「似非坊主とかクワさんに呼ばれてるけどマジ坊主。つっても檀家さんから頂けるまっとうなお金は副収入みたいなもんで、収入の柱は保育園」
「保育園」
落差。
でも、妙に納得もする。
「保育士資格も持ってる」
マジで跡取りだ。
「大型の免許も」
園バスか。
あの黄色いの。
「他にも調理師とか」
「なんでそんなのまで」
「園や檀家さんに出すおやつ自作できれば経費浮くじゃん」
「締まり屋さんだ!」
「あと、中小企業診断士」
「……コンサルかよ」
「正解。今、退職前の有給消化中だけど、勤め先は大手コンサル事務所なのな」
何者だよ。
エリートかよ。
「実家を立て直すためにさ」
急に重い球投げてくるじゃん。
さっきまでの軽さや自慢っぽさとの落差が、ちょっと反則だろ。
「じゃあ、ウルティモで目立ってるのは……」
「まあ、目立ちたがり屋なのは確かだけどさ。お調子者でもあるけど」
自分で言うんだ。
「本格的に家に入ったら長期休暇なんて絶対取れないし。独身最後にはっちゃけちゃえって思って。ちょっと顔覚えてもらえたら宣伝効果もあるかもしれないし」
……ちゃんとしてる。
27歳独身。
年齢以上に、やってることが具体的だ。
いやほんと、この旅、いろんな人の「背景」が見えるな。
俺みたいに、まだどこにも繋がってないやつとは違って。
「……ん?」
引っかかる。
「独身最後?」
「ああ、俺婚約者いるから」
あっさり。
大人だ。
そしてさらに地に足がついちゃった印象。
「女遊びできるのもこれで最後かなって」
台無しかよ。
いや、ある意味リアルか。
「あ、そろそろいい時間だけど、大渓さんとの約束、大丈夫?」
それ嘘なんだけどな。
今さら言えない。
どうする俺。
適当に廊下でも歩くか?
それはそれでダサい気がする。
――って考えたところで。
コンコン。
ノック。
誰にせよ助かった、と思ったのは事実。
「どなた?」
「スタッフです。市籠さん、いらっしゃいますか?」
運営が俺に?
心当たりないぞ?
「どういった?」
「クワさんがお呼びです」
クワさん。
――黄石。
あの、全部見透かしてるみたいな司会者。
全て指先でコントロールしてるみたいな司会者。
運営の看板。
どうも暴走のきらいが透けて見えだした男。
そして―― ムカつく煽り屋。
そんな奴から呼び出し。
やっぱり身に覚え無し。
こういうの、大体いい話じゃない。
しかも今の流れ的に、余計なこと言われそうな気しかしない。
でもまあ。
この旅って、そういう嫌な分岐を避けて進める感じじゃない。
黄石。閑君。
なんか運営方針のひずみに既に片足突っ込んでる感はある。
ならば。
「……行きます」
立ち上がると、羽合がにやっと笑った。
「いってらっしゃい、天馬。スターは忙しいねえ」
スター、ね。
似合わない。
俺はドアノブに手をかけながら、ふと思う。
さっきのクイズ。
ソサエティーの確率論的戦術。
おめでとうと言わなかった黄石。
なんか、こう――
ドアを開けた先の廊下が、やけに長く見えた。
*
呼び出されたのはホテル屋上の高級レストラン。
巻き角の生えたコンシェルジュに案内された円卓の個室。
円卓。
中華料理屋にある、あの回るやつ。
「あなたも来たのね」
最初に俺に気付いたのは椰子泉さんだった。
今日は髪を下ろして寒色系のゆったりしたドレスワンピースを着用。
タイトスーツじゃないだけで印象が少し変わるけど、結局この人は何着てもこの人だ。
立ち姿とか視線とか、全部が「できる人」で固まってる。
ハナさんは俺の事クールだって褒めてくるけど、一般的に誉め言葉でクールって呼ばれるのはこの人みたいなタイプ。
ちなみに俺のはクールじゃなくて斜に構えてるって言う。
「なんとなく目的が読めたかな」
大渓さんが、椅子に軽くもたれながら言う。
ネクタイ外して、シャツのボタンも一つ開けてる。
完全に仕事終わりの格好。
タータンチェックのオッドベストが年齢以上の洒脱さと深みを印象付ける。
「市籠」
衿衣が手を挙げる。
……私服。
シンプルなTシャツにジーパン。
意匠なし。
小物なし。
飾り気ゼロ。
それがいい。
その向かいの席に着く。
「最後のメンバーは君かぁ」
柔らかな口調で椅子を引いてくれたのは垂須さん。
勝負が終わった後だから余裕と愛嬌のあるアニキモード。
声は裏返ってない。
無地半袖カッターシャツに深緑のカーゴパンツ。
ちょっと頬に朱が差しているのは、呑んでるところを呼び出された為かな?
で、その二つ隣。
黄石。
黄色いTシャツとだぼだぼしたハーフパンツ。
ロゴは無い。
髪も崩してる。
クイズで指揮を執るあの「司会者」とは別人みたいにラフだ。
なんか、やけに若く見える。
でも、目だけは変わらない。
あの、全部面白がってるやつの目。
「これで全員揃ったな。ウエイター君、料理を始めてくれるかい?」
「かしこまりました」
慇懃に頭を下げた純ヒューマン系青年ウエイターが内扉の向こうへ消えた。
視線を感じた。
対面から。
顔を上げる。
衿衣。
目が合った。
ちょっとだけ。
「ハナがいない」
「言われてみれば、そう」
「私たちだけ美味しい物食べるの、ハナに悪い」
「お詫びにデザートでもお土産に持ってこうか」
「そうする」
「大陸のツルルがまた一味違った唾液をね、こう」
「ツルルはダメ。ケーキにする」
「でも酸味がさ?」
「ケーキ」
強い眼差し。
こんなところで意思込めるなよ。
折れちゃうだろ。
「わかった。あとでケーキ、一緒に選ぼう」
折れました。
「そうする」
むふー。
顔色は変わらない。
表情も変わらない。
でも、どことなくご満悦の風情。
「関係構築は順調みたいね」
一連のやり取りを見てた垂須さんが、いたずらっぽくウインクしてきた。
一瞬、言葉の意味が遅れて入ってくる。
――ああ。
「それ人前ではNG」
反射で小声。
「え、そうなの? だいぶみんなに認知されてると思うけど」
「マジですか」
「マジマジ。あっちの大人二人はたまに酒の肴にしてる」
思わず大渓さんたちに目をやると。
「「ニヤニヤ」」
わざわざ口に出してくれた。
大渓! 椰子泉!
青年の純情で楽しんでんじゃないぞ!
ここには衿衣がいるから声に出しては言わないけど。
衿衣の方を見る。
……特に反応はない。
恐らく分かってない。
今のやり取りの意味も。
話題の中心に自分がいることも。
……手強い。
が。
競合相手はいない。
だから、まあ。
焦ることも無い。
脳細胞の色を桃色から灰色に染色しなおそう。
――さて。
大渓さん。
椰子泉さん。
衿衣。
垂須さん。
俺。
それだけ。
十四人残ってて、この人数。
選定の理由は分からないけど、おそらくは――
黄石のお眼鏡に叶った奴ら。
ソサメンは論外。
羽合は制作側の意図を汲まないから。
ハナさんとモーリーがいないのは、話が通じないから。
消去法で俺たち。
たぶん、そういう括り。
……あんまり嬉しくない分類だ。
「まー市籠くん、硬くなるな。これは僕からのねぎらいってやつだ。遠慮なく食してくれたまえ。【異世界珍味フルコース】をな!」
そこはマジで楽しみ。
でも高くつきそう。




