◆ペナ仕置き:ストローマン◆
黄石アナが羽合挑戦者に脱落宣言をした。
「だっはっは!」
強がりだ。
それらを僕のカメラで捉えた。
衝撃。
落胆。
矜持。
ゆえの、名乗り。
「ここまでよくやった系自分を褒めてやりたい僧侶、羽合悟道27歳独身!」
正直、僕はこの羽合と言う挑戦者の事が好きではなかった。
軽薄な目立ちたがり屋。
なのに、きっちりカメラ映りを計算している。
自分を「どう見せるか」を考えている。
そういう、半端な芸人気質がいやだった。
なのに。
「これにて往生じゃ!」
なぜかこの、繕っただけの偽物の笑顔が、本物の笑顔よりも胸を打った。
見苦しくない自分を見せたいだけなのに。
最後まで「羽合」という挑戦者を演じているだけなのに。
そんな複雑な胸中の僕の背後に、音も無く、すっと。
社長が忍び寄って来た。
「人と言う物は」
「はい」
「とても多面的な物で。その折々によって違う表情を見せてくれます」
「はい」
「切り取りましょう。羽合悟道という男の、もう一つの側面を」
そういうと社長は。
私物の魔道カメラを構え、膝立ちになった。
その瞬間。
「ナムサンポ!」
羽合はつるりと頭を撫でた。
その顔には、その声には。
諦念を飲み干して無念を乗り越えて、一歩を踏み出した男の、清々しくも眩しい切り替えの瞬間が、確かに煌めいていた。
後日、編成会議にて素材の吟味をしていたところ。
不思議なことに、僕のカメラにその瞬間は捉えられていなかった。
不思議なことに、社長のカメラにはその瞬間が切り取られていた。
*
「さて、夜通しの酒宴ともなれば、困ってしまうのが子供たちの扱いだ。そこで獣人たちは、毎年持ち回りで全種族が利用できる託児所を設けている。ここはその一室になる」
「ほうほう」
ぎゃーぎゃーわーわーがおーわおーーん。
もう、うるさすぎて逆に岩に染み入る蝉の声と化しているキッズたちの咆哮。
興奮の為に目が爛々としている。
「ここは毎年人手不足で、担当の獣人さんたちは子守を終えた頃には5キロも痩せてしまうのだとか」
「うむうむ」
「なので! 羽合さんには大自然の大幼稚園で保父さんになってもらう!」
「これは何とも拙僧向きなペナ仕置きだな!」
「そんな余裕を持っていられるのも今のうちだけだぞ? なにせこの子たちは人間じゃなくて獣人だからな!」
黄石アナが常のイジワルげな笑顔で、羽合挑戦者の背中を強く押す。
意図を汲んでか羽合挑戦者は数歩前に出る。
黄石アナは翻訳の指輪を中指に嵌めると――
「坊やたち! 今からこのお兄さんがいっぱい遊んでくれるぞ!」
その瞬間!
保育ルームが水を打ったように静まり返る!
幼児たちが揃ってぐりんと顔を動かして、一斉に羽合挑戦者を見つめる!
収縮する瞳孔が緑色に光る!
沸騰するプレッシャー!
「おぉう……」
素の表情で怖じた声を上げる羽合挑戦者だが、すぐに常の羽合の仮面をかぶりなおした。
「こどもは世界の宝! 今夜はこの羽合悟道27…… わああああっ!?」
名乗りは強制キャンセルさせられた。
「「「「うおおおおおお!」」」」
瞬時に群がるキッズたちによって。
駆け寄るキッズ。
ぶちかますキッズ。
じゃれつくキッズ。
よじ登るキッズ。
舐め回すキッズ。
甘噛むキッズ。
飛びつくキッズ。
臭い付けするキッズ!?
「わああっ!? おしっこダメ! 拙僧は木でも電柱でもない!」
*
羽合挑戦者は着替えたあと、良く頑張った。
最初は頑張って「お遊戯」とか「お話」に舵を切ろうとしてた羽合挑戦者だが、やがて興奮の余り狂乱するキッズたちが、誰一人として秩序や方向性を受け入れてくれないことを悟ると、彼はひたすらキッズらの《《標的》》になることを選択した。
生傷は絶えない。
皮膚はよだれでベトベト。
その肩は鳥系キッズの飛行練習台にされているし、
犬系キッズのお散歩ごっこに付き合って室内の四隅を何十回も駆け巡ってるし、
獅子系キッズには強烈な猫パンチ喰らってるし、
山羊系獣人のジャンピング頭突き合戦を止めようとして痛い目を見てるし。
でもキッズたちは屈託なく笑ってる。
誰も泣いてなんていない。
実際、小動物系キッズが肉食系キッズの乱暴な遊びに怯えて、泣きそうになることはしばしばあった。
保母さんにマイクを向けると、源流の異なる獣人キッズが一所に固められたなら、そんなことは当たり前なのだと答えてくれた。
だが、羽合挑戦者は誰一人としてキッズを泣かせなかった。
あるときはおどけて。
あるときは標的を自分に向けて。
あるときは意味不明な奇声を上げて。
常に、己の体を張って。
「だっはっは!」
「笑い声こわいよー!」
「毛が生えてないぞ!」
「尻尾無し! 尻尾無し!」
「これっ、悪戯は止めぬか!」
「お尻出せよ! 尻尾見せろ!」
「大声怖い……」
「ヤメテケレー!(腹話術)」
「あれ?」
「ぬいぐるみが喋った!?」
「オボウサン ノ イウコト ヲ キコウ!」
「「「おおーーーーっ!」」」
目端が利いている。
子供に慣れている。
無秩序のカオス狂騒に、一滴二滴、無理のないロウ空白を生み出している。
これか。
これが社長の言っていた「人の多面性」か。
これは羽合挑戦者、視聴者人気出るだろうな。
ただでさえ面白い挑戦者だったっていうのに、こんなキッズ好きで、キッズからも好かれる画がペナ仕置きでオンエアされちゃうんだから。
でも遊び人って面も本物っぽいしなぁ。
ファンレターとか出しちゃった女の子が毒牙にかからないといいんだけど。
「カツラをすちゃっっ♪」
「「「おーーー!」」」
「カツラをすぽーーん♪」
「「「おーーー!」」」
「お尻に尻尾は無いけれど? お尻の周りは毛だらけさ!」
「「「わはははは!」」」
「はいカット! お疲れさまです羽合さん」
「ではのキッズたちよ。拙僧はこれにて御免!」
「えーゴメンするなよー!」
「謝らなくてもいいから帰るな!」
「お別れのお散歩しよ! お散歩! お外いこう!」
「……がぶっ!」
*
泣く子と地頭にゃ勝てはせぬ。
羽合挑戦者の帰途には半日程度の余裕はあったし、
正直キッズたちの野性にスタッフが事件発展を恐れた点もあって。
羽合挑戦者の了承を得て、子守は継続。
僕を残したスタッフも切り上げて、ここに地球人は彼と僕の二人。
正直、カメラマンというよりスケ管の意味でここに残っている。
あれだけ傍若無人に暴れまわっていたキッズたちだったが、
数時間もしないうちに次々とエネルギー切れを起こして、
今やそのほとんどが眠りについていた。
「ホント助かりました。まさかの仮眠が取れました」
「正直子守の邪魔されるなって思ってたんですけど。凄いですね羽合さん」
「だっはっは! それほどです!」
感謝する若い保母さん方に向かって白い歯をきらりと光らせる羽合挑戦者。
ここまでの旅路でずっと見せて来た常の羽合だ。
それが仮面であるのか、本性であるのか。
僕にはまだ分からないけれど。
あれだけのキッズを、愛情のこもった眼差しでかまい切り。
満足気な寝息を響かせて、やっぱり無秩序に転がってるキッズを見るに。
この羽合が、本性に近い羽合なのかな、と思えてしまう。
外が白み始めた。
窓に空と同化しそうな角の取れた月。
窓明かりに照らされ眠るキッズ。
優しく見守る羽合挑戦者。
静かに満たされた空間。
いいな。
これはこのペナ仕置きの最後を飾る画に相応しい光景だ。
僕一人、ここに残っていて良かった。
「羽合挑戦者。お疲れさまでした」
「あー、カメラマンさん、あとちょっとだけ待ってくれないか?」
体裁悪げに後頭部をポリポリ掻きながら羽合挑戦者は、部屋の隅っこに設置されていた段々ベッド…… その最上段につながる梯子を上った。
そこには、眠っていないキッズがいた。
三歳くらい。
男の子か女の子かも分からない、小動物系のキッズ。
その子は最初、羽合の接近に気付くとあからさまに体を硬直させたが。
「いい絵は描けたかい?」
羽合挑戦者の一言で緊張は解け、笑顔でスケッチブックをパラパラとめくり出した。
「これ」
僕は、気付いていなかった。
あのベッドにキッズが潜んでいたことも。
キッズが絵を描いていたことも。
「うん、いい絵だ。楽しい夜だったもんな」
「楽しかった」
そこに引きこもっていたキッズが、キッズなりに楽しんでいたことも。
その思い出を残そうとしていたことも。
「おっ…… これは! 見てくれよカメラさん!」
羽合挑戦者の手招きに、僕はカメラを構えたまま応じる。
広げられたスケッチは、羽合挑戦者がカツラをスポーンしている絵だった。
「では拙僧、君のアンコールに応えて進ぜよう!」
そういうと、羽合挑戦者は懐からカツラの残骸を取り出した。
キッズたちにもみくちゃにされ、引っ張られ、噛みつかれて、毛の半分を失ってしまったカツラ。
「!」
絵描きキッズの瞳が輝く。
その瞬間、僕の五体に走る身震い。
(――来る)
そう、感じた。
『切り取りましょう。羽合悟道という男の、もう一つの側面を』
カメラを構えた。
羽合。
キッズ。
共に一枚の窓に納めねばならない。
その表情を逃してはならない。
「カツラをすちゃっっ♪」
「――!」
「カツラをすぽーーん♪」
「――♪」
【第五バトルフィールド:ストローマン】
【羽合悟道――― 帰国】




