一次予選通過者ガイダンス 1
「通過者の方、こちらでーす」
腕章のスタッフさんに促されて、俺と衿衣はグラウンド脇の通路に入った。
途端に、音が変わる。
さっきまでのざわつきが、扉一枚で嘘みたいに遠ざかる。
足音がコンクリートに跳ね返って、やけに響く。
……あ、これ。
観客の通路じゃないな。
床に引かれたラインとか、壁の無機質さとか、途中にある鉄の扉とか。
テレビで、試合前に選手がぞろぞろ出てくるあの感じ。
裏側ってやつだ。
へえ。
ちょっとだけ首を伸ばして、あちこち見る。
なんか、こういうのは単純に珍しい。
得したとかじゃないけど、見学ツアーに紛れ込んだみたいな気分になる。
まあ、状況としては全然そんな余裕ないはずなんだけど。
「クイズは終了しましたので、ここからは歓談していただいて構いません」
前を歩いてたスタッフさんが振り返って、にこやかに言った。
歓談。
歓談な。
この空気で?
この相手と?
横を見る。
衿衣は腕を組んだまま、まっすぐ前を見て歩いてる。
歩幅も一定で、無駄がない。
なんか、意思が歩いてるみたいな感じ。
……まあ、一応。
「さっきの、迷いなかったよな」
声をかけてみる。
一瞬だけ、視線がこっちに来る。
「別に」
それだけ。
視線はまた前。
終了。
「いや、あの状況で即決できるの、すごいなって」
「普通」
はい終わり。
壁かよ。
いや壁のほうがまだ反響あるぞ。
横でスタッフさんが、気まずそうに小さく咳払いした。
「あの…… 余計な事言っちゃったみたいで、すみません」
うんまあ、あなたの一言がきっかけで生まれた状況ではあるけれど。
この子と話してみたいなって気持ちは元々ちょっとあったんで。
結果は、まあ。
大惨敗ですが。
「いえ、別に……」
適当に返す。
衿衣はもう完全にこっちをシャットアウトしてる。
こういうタイプ、逆に清々しいな。
下手に愛想振りまかれるより、まだ楽かもしれない。
……いや、楽でもないか。
そんな微妙な空気のまま、通路の先のドアが開いた。
冷たい空気が流れてくる。
会議室。
白い壁、整然と並べられた椅子。
さっきまでの土の匂いも歓声も、全部ここには持ち込めないらしい。
中には、もう人がいた。
――多い。
アナウンスを信じるならこれで100人。
さっきまで何万人いた中から、これだけ。
ちらほら空席も散見される。
「特に席の指定はありませんので、空席におかけになってお待ちください」
スタッフさんの案内後、即座に衿衣が動いた。
迷いがない。
最も手近な空席を一瞥して、すっと歩いていって、そのまま椅子に座る。
躊躇ゼロ。
さっきまでの通路と同じテンポで、席に着くって行為まで終わってる。
ああ、こういうやつか。
場所が変わっても、やることが変わらない。
俺は一瞬だけ立ち止まってから、ゆっくり視線を動かす。
――穂積。
すぐ見つかった。
あいつはこういう場所でも浮く。
姿勢がいいとか、そういう問題じゃなくて、なんか整ってる感じがする。
そこにいるだけで人の目を引くっていうか。
安心してついていけるっていうか。
自信って、目に見えるものなんだね、と。
ただ、その隣が。
……なんだあれ。
でかい。
横も、縦も。
長い髪を後ろで無造作に束ねてる。
顔はごつくて、骨格が前に出てる感じ。
なんか、ライオンっぽい。
鬣はないけど、髪型は分かってて寄せてる感がある。
で、服。
全身、黒。
シャツも、パンツも、靴も。光沢のある素材で統一されてる。
革か、あれ。全部。
ドームに来る格好じゃないだろ、それ。
というか、ここまで徹底されると、逆に「衣装」に見える。
見せるための、演出するための「装置」。
……なんだこいつ。
在り様がもうタレントじゃん。
穂積の隣に座ってるのが、ちょっとした舞台みたいに見える。
とりあえず近づく。
「お、天馬」
接近に気付いた穂積が、軽く手を上げた。
「よく残ったな」
普通に嬉しそうだ。
さっきまでの張り詰めた感じじゃなくて、いつもの延長線。
「いや、なんか…… 流れで」
正直なところを言う。
穂積は軽く笑った。
「それで残るなら上出来だろ」
便利な評価だな、それ。
「部長は?」
「落ちた。最後のやつで」
「何人落ちた?」
「二人」
間。
「ふーん」
それだけ。
「他の連中はそれ以前にダメだったの確認できてたしな。最後まで喰らいついてたとは流石部長」
俺も流石だとは思うけどさ。
あの人、さっきまで一緒に戦ってたわけじゃん、協力して。
でも結局落ちちゃってるわけで。
そこに何の言及も、感情の変化も見られないって……
なんというか、熱い穂積らしくないというか。
前だけ見ちゃってるのかな、とか。
そう思ってると、隣の「黒くてデカいの」が口を開いた。
「残り二人まで残ったなら、補欠一位か二位」
低い声。
圧がある。
「二次予選までに平均五人は辞退する。繰り上げは確実だ」
断言。
迷いが一切ない。
穂積がうなずく。
「まあ、そういうことだ」
なるほど。
だからその反応か。
悔しがる必要がない。計算上、まだ残ってる。
合理的。
でもなんか、味気ない。
俺の中に残ってる違和感が、ちょっとだけ疼く。
その視線に気づいたのか、黒いのがこっちを見る。
目が強い。
見られてるっていうより、測られてる感じ。
「素人か」
問いというより確認。
「ああ、まあ」
「顔に出ている」
そういうもんか。
別に隠してるつもりもないけど。
穂積が口を挟む。
「市籠天馬。高校からの知り合い」
「荒火徹童だ」
短い。
名前だけで、肩書きとかは一切言わない。
でも、言わなくてもわかる感じがある。
こいつ、ただの参加者じゃない。
「関西でやっている」
さらっと言う。
「やっている」って何をだよ、ってツッコミたくなるけど、聞く気にはならない。
なんか、聞いたら負けな気がする。
穂積と並んで座ってる時点で、だいたい察しはつく。
同じ種類の人間だ。
ただ、温度が違う。
港ヶ陸が「前に出る光」なら、こっちは「後ろで燃えてる火」。
しかも、わざわざ黒い革で固めてるあたり、見せる気満々だ。
相撲とかやってそうな体格のくせして。
やっぱりタレントだろ、これ。
そんなこんなしてると、スタッフたちが奥の控室から現れた。
穂積と荒火に軽く会釈して、近くの空席に着いた。
周りを見渡すと、みんな似たような顔してる。
少し疲れてて、でもどこか浮ついてる。
目つきがギラついてる。
その中で、あの二人だけ明らかに場を持ってる。
なんか、舞台の上と客席が混ざってる感じ。
そのとき、部屋の前方が静かにざわついた。
自然と視線が集まる。
さっきまでのドームとは違う種類の中心。
前に立った男が、軽く手を上げる。
「まず、栞を配ります」
声は大きくない。
でも、全員に届く。
逆らえない感じだけが、はっきりある。
スタッフが一斉に動き出して、机の上に紙の束が置かれていく。
栞。
言い方は軽い。
中身はたぶん、軽くない。
紙を手に取る。
薄い。
でもこれで、この先全部決まるんだろうなって思うと、妙に手触りが残る。
――さっきまでの「クイズ」とは、ちょっと違う段階に入った感じがする。
まあ、まだイベントの延長っぽいけど。
たぶん。
7/17日は7話~9話までを投稿
9話投稿は19:40
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全154話予約投稿済み




