一次予選:ハリキリスタジアム 6
こんなもんか。
まあ、こんなもんだ。
――と、思っていたのは、ほんの少し前までの俺だ。
今、目の前にあるのは、その「こんなもん」が一切通用しない場所だった。
生き残りは四人。
勝ち残りは二人。
グラウンドのど真ん中。
照明が痛いくらいに刺さる。
さっきまで数千人いたはずの人間が、今はもう、たった四人。
「あと四人だなぁ」
司会者が問題読み上げの手を止め、こちらを見ている。
初めて、目が合った。
にやけている。
いや、違う。
笑っているようで、笑っていない。
その奥にあるのは――
嘲弄。
そして、嗜虐。
見ているだけで、背筋が粟立つ。
怖い。
そして、はっきりとわかる。
こいつは―― 嫌いだ。
絶対に相容れない種類の人間だ。
「そこの小太りのあなたは! 第九回チャーンピオンじゃないかぁ!」
「クワさんご無沙汰です」
チャンピオン!?
思わずそっちを見る。
……え、あの人?
色白で、むちむちしてて、なんか内股で、全体的に緩そうなあの人が?
驚いたのは俺だけだった。
部長も、隣の女の子も、まるで当たり前みたいな顔をしている。
……マジかよ。
今の俺の顔、絶対抜かれてるだろ。やめてくれ。
「なんだなんだぁ? もー社会人になったろうに、ダイエットしてないのかぁ?」
「仕事が大変すぎて食べ過ぎちゃう」
「かわんねーなチャンピオン。あなたとの旅は楽しかったけど、ここで容赦はしないからな?」
「知ってるぅ」
軽い。
空気が軽すぎる。
さっきまでの殺気が嘘みたいだ。
「じゃあ、残り二席を巡って、頑張れ。――問題!」
――来た。
急に、空気が切り替わる。
ついていけない。
頭が追いつかない。
出題された問題は――
……わかる。
いや、わかる「気がする」。
女の子と部長は、ほぼ同時に×へ動いた。
迷いがない。
俺の感覚も、たぶん×。
でも。
チャンピオンは違った。
○に一歩。
×に一歩。
行ったり来たり。
優柔不断の見本みたいな動き。
――なんなんだ、この人。
でもまあ。
分かった気がするなら、分かった方へ行くしかない。
俺は×へ。
これで三人。
これでおしまい。
……いや。
ここで終わるはずがない。
残り座席が二つなんだから、もう一人減らすまでクイズは続く。
続いてしまう。
「やっぱりこっち」
……って。
チャンピオン、こっち来るのかよ!?
さっきまであんなに迷ってたのに!?
「タイムアップ!……だけどさ。ホントにいいの? 四人とも×で」
司会者が絡んでくる。
しつこい。
「また勝負がつかなくなっちゃうよ? いいの?」
うるさいな。
さっさと進めろよ。
「えーと、えーと」
迷うなよチャンピオン。
頼むから。
「今だったら司会者特権で○に行ける権利をあげよう。特別にな!」
いや要らねえだろそんなの。
「ここで白黒つけちゃおうぜ?」
……誰も動かない。
チャンピオンすら、もう腰を下ろしてる。
え腰を下ろす!?
人工芝にぺたんと女の子座り。
どっかセクシーさを感じてしまった自分の感性がイヤだ。
「そうか、そういう選択か。では正解を……」
オーロラビジョンが光る。
×。
「全員正解! おめでとう!」
なにがおめでとうだよ。
白々しいにもほどがある。
やっぱこいつ、無理だ。
「では次の問題!」
息つく暇もない。
次の問題はまた難問。
これは……
どっちだ?
文の構造的には×っぽい。
でも引っ掛けの匂いがする。
嫌な感じだ。
「こっちかな?」
チャンピオンが動いた。
○。
もたもた、内股、 女の子走り。
部長は…… 一瞬止まった。
考えてる。
それから。
「チャンピオンにかけよう」
小さく呟いて、○へ。
……マジか。
あれに大一番、賭けちゃうのか。
なのにチャンピオン。
「あっちかな?」
今度は×に舵を切った!?
「10、9、8」
カウントが始まる。
女の子は、静かに×へ歩いていく。
迷いはあったはずなのに、決めた瞬間、揺らがない。
強い。
ああいうタイプか。
「やっぱりあっちにしよっと」
それに引き換え…… チャンプよ。
結局○に戻るのね。
あなたに賭けた白樫部長がかわいそう。
「6、5、4」
……じゃあ。
俺は×でいいか。
2対2。
バランスもいいし、元々×っぽい気もしてた。
なによりもう、ここで白黒つくってのがいい。
もう終われるっていうのがいい。
「2、1、タイムアップ。さて、綺麗に分かれたぞ。泣いても笑ってもここで決着だな」
照明が動く。
あ、これ。
コメント取るやつだ。
面倒くさい。
絶対映る。
嫌だな……。
何がいやかって、この先の就活でこれを見てた面接官がコメントを求めてくるかもってことだ。余計な物差しとかハンデになりかねないことだ。
え?
プラスになるかも知れないって?
無理無理無理。
俺自分が空気に合わせて上手い事言えないって、それ一番よく知ってるから。
「チャンピオン!」
「はーい」
「なんだなんだぁ? もーちょっと気合入った声は出せないのかぁ?」
「十分はいってるぅ」
いや入ってねえよ。
「じゃあ、聞くぞ? 異世界に行きたいか!?」
「行きたい―!」
軽いなあ。
でも通る声だ。
マイクに慣れてる。
「で、そっちのカマキリみたいな兄さんはどなた?」
「学院大のクイ研部長、白樫です」
「元気がないなあ? ひな壇の上まできこえないぞ?」
「学院大! クイ研部長! 白樫!」
「学院大かぁ。 いいとこのお坊ちゃまか、君も?」
「山形! 農家の出身です!」
部長、声裏返っちゃってるよ……。
なんか居たたまれない。
まあ数十秒後の自分の姿なんですが!
あーおしっこしたい。
「異世界に行きたいか!?」
「い、行きたいーーーーっ!」
――眩しい。
照明が、こっちに来た。
「じゃあ、バツの2人にも聞いてみようか? お兄さんから」
……俺か。
来ちゃったな。
知ってたけど。
逃げられない。
知ってたけど。
「学院大三年、市籠です」
「クイ研じゃないのかぁ?」
「一般参加です」
「ハッピ着てないもんな」
「はい」
「じゃあ聞くぞ? 異世界に行きたいか!?」
……行きたいのか?
そんなこと、考えたこともなかった。
アホだな、俺。
チャンプや部長にも同じこと尋ねてるとこ聞いてて、何の準備もしてなかったんだから。
就活に詰まって。
気分転換で来ただけで。
今日で終わるはずで。
――ここまで来るつもりなんて、なかった。
異世界なんて、意識してなかった。
「なんだ、その間は」
司会者の醒めた声が、頭の上から落ちてくる。
照明に焼かれた視界の中で、その声だけが妙に冷たく、輪郭を持って聞こえた。
――ああ、そうか。
この人、ちゃんと見てるんだな。
さっきまでの大仰な煽りとか、派手なパフォーマンスとか、そういうの全部剥いだ奥で。
反応の鈍い人間をちゃんと見つけて、値踏みしてる。
「……なんだ、その間は」
もう一度、今度は少し低く。
催促というよりは、苛立ちに近い響き。
まあ、そうか。
俺みたいなやつは、一番扱いづらいんだろうな。
盛り上がりもしないし、リアクションも薄いし、絵にもならない。
醒めた俺には、醒めた目線でちょうどいいか。
だったら、まあ。
変に取り繕う必要もない。
どうせ面白いことなんて言えない。
テレビ的に正しい返しなんて知らない。
正直に答えよう。
テレビ映りとか考えないで。
あたふた尻つぼみな画が残るより、そのほうがマシだから。
「それなりに」
言った。
その瞬間だった。
黄石の目が、変わった。
さっきまでの、軽薄で、陽気で、うるさいだけの表情が一瞬で剥がれた。
ぎらりと光った。
――あ。
これ、見たことある。
就活で。
面接官が、急に食いついてくる時の目。
違う。
もっと直接的だ。
もっと露骨だ。
勘違いでなければ。
いや、勘違いであってほしいけど。
あれは―― 捕食者の目だ。
俺を獲物と認識した目だ。
「たはぁ!」
弾けるような声。
さっきまでの冷気が嘘みたいに、黄石の物腰が煽り屋のそれに戻る。
「そしてなんだ、そのやる気の無さは?」
笑っている。
でも、目は笑ってない。
さっきのままだ。
「これが【新人類】かぁ?」
――新人類。
ああ。
それな。
企業のOB訪問で、何回も言われたよ。
「最近の子は覇気がない」だの、
「もっとガツガツ来ないとダメだ」だの。
「君たちは新人類だね」って。
便利な言葉だよな。
理解できないものを、気に入らないものを、全部そこに放り込めばいいんだから。
自覚もあるよ。
自分が熱量低いのは。
空気に乗りきれないのも。
わかってる。
でも、だからって。
いきなり熱くなれるわけでもない。
だからもう。
いいから。
次、行けよ。
俺にマイク向けても、おもしろいことなんて言えないよ。
期待するだけ無駄だ。
――そう思っていたのに。
黄石は、ほんの一瞬だけ俺を見つめると、
ニイッと。
はっきりと笑ってから、視線を外した。
まるで。
『こいつは後で料理してやる』
そう判断したみたいに。
……後で?
後が、あるのか?
不吉な予感が胸にわだかまる。
「気を取り直してそっちのお嬢ちゃん。 お名前は?」
スポットライトが、横にずれる。
隣の女の子。
さっきから、ずっと静かだった。
騒がない。
はしゃがない。
揺るがない。
「近郊短大。衿衣こよい」
短く、はっきり。
余計な抑揚がない。
「短大生とは珍しいな!」
「そう」
――短い。
「愛想わるいなー。嫁の貰い手が心配になる」
「そう」
……強いな。
普通、ここでちょっとは笑うとか、愛想振りまくとかするだろ。
相手、あの怖い司会者だぞ?
でもこの子は、まったく揺れない。
会話を、会話として成立させる気がない。
ただ、必要最低限だけ返してる。
壁みたいだ。
「……あーじゃーもう聞くぞ?」
さすがの司会者も少し間を置いた。
ほんのわずかにリズムを崩された。
「異世界に行きたいか!?」
声量はそのまま。
でも、どこか探るような響き。
その問いに。
女の子は、一瞬だけ黙った。
ほんの一瞬。
呼吸ひとつ分。
それから。
「……行く。絶対」
静かに、でも、はっきりと。
声は小さいのに。
やけに重い。
その場の空気が、ほんの少しだけ沈む。
「静かな迫力があるなぁ!」
司会者が笑う。
今度は、ちゃんと楽しそうに。
「こりゃあ気迫じゃ四人の中で一番だ!」
その言葉に、女の子は反応しない。
ただ。
拳を、ぎゅっと握りしめている。
白くなるくらいに。
そして。
司会者から、目を逸らさない。
見ている。
ずっと。
まっすぐ。
瞬きすら少ない。
――いや、これは。
見ている、じゃないな。
睨んでる。
明確な敵意を、隠そうともしていない。
まるで、親の敵でも見るみたいな。
そんな目で。
「さあ、運命の解答だ!」
来る。
終わる。
「正解は……」
オーロラビジョン。
×。
「クイズ王、残念ーーーーっ!!」
「こんな意地悪問題わっかんないよーー」
チャンピオン、落ちた。
「カマキリ君も残念!」
「……」
部長、肩が震えてる。
「市籠くん衿衣ちゃん! ラス抜け! おめでとう!」
あ、悪い予感ってこれだったんだ。
後に回せるってこういう意味だったんだ。
穂積、俺さ。
なんか勝ち残っちゃったみたいだ。
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