一次予選:ハリキリスタジアム 5
こんなもんか。
まあ、こんなもんだ。
落胆に膝をつく人や、悲鳴を上げている人。
回りは阿鼻叫喚。
さっきまで同じ場所に立っていたはずの人間たちが、音を立てて崩れていく。
勝負が決まった直後の空気って、こんなに露骨なんだな。
テレビで見てる時は、もっと整理されてた気がするけど。
実際その中に立ってみると、ぐちゃぐちゃだ。
でも俺は、どっちかっていうと、ほっとしていた。
ああ、これで終われる。
そう思っていた。
「畜生! 畜生!」
どこかの大学のユニフォームを着た男が、グラウンドに拳を叩きつけていた。
乾いた音が、妙に響く。
痛そう。
なんでそんなに自分を痛めつける?
わけわからん。
ていうか、カッコ悪い。
たとえばこのシーンがオンエアされたとして。
大の男が地面に当たり散らしてるんだよ?
それってダサくない?
……いや、まあ。
回りも似たようなものか。
泣き叫んでるやつもいるし、呆然と立ち尽くしてるやつもいる。
そういうのが画として成立するなら、あの人の行動も「アリ」なのかもしれない。
俺にはちょっと無理だな。
あんな風にはなれない。
でも、まあ。
回りも似たようなものだから、ぼーっと突っ立ってる俺の方が目立っちゃうか。
ちょっとは悔しい顔しようかな?
目を覆って天を仰ぐとか。
大きくため息をつくとか。
……いや、それもなんか違うな。
演技っぽくなるし。
そんな益体も無いことを検討していたら、司会者が吠えた。
「まずは○の皆! 全98人一次予選突破! おめでとう!」
「「「「うおおおおおおおーーー!」」」」
喜ぶ方も怒号なんだね。
本当にみんな熱いわ。
熱血は体育会系の専売特許だと思ってたわ。
「よし! よしよし!」
あれ、穂積の声だな。
おお、よかったじゃん穂積。
お前真剣だったもんな。
この敗者席から祝福を送らせてもらうよ。
「で、×を選んだ諸君!」
なんだよ司会者。
死体蹴りするつもりかよ。
「残る座席は、あと2つだ」
……あれ?
終わりじゃ、ない?
一拍遅れて理解する。
あ、そうか。
予選突破は100人。
今98人決まってるから、あと2人。
つまり――
俺たち、まだ終わってないのか。
「ここからは制限時間30秒でいくぞ!」
なんか生き残っちゃったな。
もう完全に気持ちは切れてるのにな。
妙に浮ついた気分になっちゃってるぞ。
もうどうにでもなれ、みたいな。
もう考えても――
「第十一問!」
あ、知ってる問題だわ。
反射的に体が動いた。
○に移動。
迷いなし。
結果―― 正解。
「第十二問!」
これも知ってたわ。
なんだこれ。
さっきまでの「こんなもんか」はどこいった。
○で待機、正解。
気づけば、周りの人数が一気に減っている。
さっきまで百人近くいたはずなのに。
今は――
だいぶ人影もまばらになったな。
もう十人くらいか?
距離感がおかしい。
広いグラウンドに、ぽつぽつと人が立っている。
なんかここ放映されたら目立っちゃうな。
クイ研の法被着なくてよかった……
あれ着てたら、完全に「集団の一部」って映り方になってた。
今は個人だ。
どこの誰でもない、ただの一参加者。
それが妙に、落ち着く。
「いけるいける僕ならいけるここまできたんだ大丈夫」
……なんか隣で念仏唱えてるお兄さんがいるんですけど。
早口で、途切れなく。
自分に言い聞かせてるのか。
周りに聞かせてるのか。
正直、ちょっと怖い。
で、目を逸らしたその先に。
「部長?」
思わず声をかけた。
「――あ、市籠クン」
白樫部長が、少し驚いた顔でこっちを見る。
その瞬間。
ピッ、とホイッスルが鳴った。
スタッフが間に割り込んでくる。
「私語は禁止でお願いします」
「あ、はい」
「すみません」
部長と二人、反射的に頭を下げる。
さっきまで同じ集団だったのに。
今はもう、完全に個人。
会話すら制限される。
徹底してる。
本当に。
「第十三問!」
問題が読み上げられる。
……分からない。
さっきまでの流れが嘘みたいに、何も引っかからない。
が。
白樫部長は、問題が最後まで読まれる前に、○へ駆け出していた。
速い。
迷いがない。
わかったんだろうな。
でも――
同じタイミングで、念仏を唱えてた男が×へと駆けだした。
対照的な動き。
まるで、答えが割れているみたいに。
ざわつく残りの十人。
視線が揺れる。
どっちだ?
どっちが正しい?
数人が、見知らぬ男に追従した。
……あ、じゃあ俺は部長を選ぶわ。
深い理由はない。
ただ、ここまで一緒に来たっていう、それだけ。
○に向かって駆けだした。
その途中――
小脇を、ちっちゃな影が駆け抜けた。
速い。
軽い。
……おかっぱの少女。
あの、孤高の。
一瞬、目を疑う。
スタンドから遠目に見下ろした時は気付かなかったけど。
こうしてすぐ横を走り抜けられるとよくわかる。
小さい。
おかしいだろ。
この大会、参加資格は満18歳以上じゃなかったか?
いや、でも。
背が低いだけかもしれないし。
童顔なだけかもしれない。
成長が遅い子なんだろうな、多分。
そう自分を納得させる。
あの子がまだ戦っていて。
強い意志の尾を引いて勝利をつかみに向かっている。
それがなんだか。
なんでだか。
妙に胸をそわそわさせて。
少女に遅れること数歩、俺も○のゾーンに滑り込んだ。
あと三秒。
そのタイミングで、×の中から。
色白小太りの男が、内股でこっちへ走ってきた。
たっぷんたっぷんと頬肉を揺らして、ギリギリの移動。
焦ってるのが丸分かりだ。
「やっぱりこっちにするぅ」
……なんかカマっぽいな。
思わずそんなことを考えてしまう。
余裕があるのか、ないのか。
「タイムアップ!」
ラインが確定する。
○に4人。
×に8人。
「正解は…… あれだ!」
黄石の声。
全員の視線が、オーロラビジョンに集まる。
表示される記号は、○。
部長が、腕を振り上げた。
無言のガッツポーズ。
さすがだな。
一方、少女は腕を組んでいた。
動じない。
最初から分かっていたみたいに。
小太りの男は、肩で息をしている。
間に合ったことに安堵しているのか。
それとも、単に息切れしてるだけか。
男のくせに色っぽくて瑞々しい唇をぷるんとさせて、微笑ってる。
そして俺は――
妙に、凪いでいた。
嬉しいのか。
安心してるのか。
よく分からない。
ただ、静かだ。
感情が、追いついてこない。
「そうか」




