一次予選:ハリキリスタジアム 4
四問目は、まず名も知らぬクイ研が動いた。
俺たちのほど遠く、顔が見えない距離に陣取ってた、学院じゃない大学の。
揃いのジャージに、胸元に刺繍されたロゴ。
さっきまで静かにしていたのに、問題が出た瞬間。
一人がすっと前に出て、迷いなく〇のゾーンへ歩いていった。
ジャージ集団は彼に続いて迷いなく移動する。
「今のジャージは?」
「見たこと無いな」
クイ研連中が短く相談する。
「それより問題だ」
「○の気がする」
「俺も」
「俺は×かな…… 根拠は無いが」
またしても紛糾。
穂積も無言で考えこんでいる。
そんな真剣な連中を尻目に、俺はほっとしていた。
俺にも分からない問題だったから。
俺が原因で落っこちる可能性がゼロだから。
まあ、ダメならダメでいいか。
そんな風に気楽に構えてた。
「西ソサのヤツらはどうだ?」
「あいつらはこの時点で割った。○の方が少なかったと思う」
「そうか……」
「俺らもそろそろバラけるか?」
「あとは自己責任で」
なるほど。
答えが分からん時は、実力者集団に判断を委ねることもあるのか。
そういう、他力本願な姿勢に。
ちょっと親近感を覚えてしまったせいか。
さっきの極限緊張から解放されたせいか。
ぽろっと。
口走っちゃいました。
「そういえば――」
クイ研の皆に聞こえる声で。
「何か気づかれましたか?」
と、静かな圧を発して丁寧な物腰で詰め寄ってくる白樫部長。
他5名の眼差しが、俺を貫く。
正直…… 結果によっては逆恨みされるかもしれないけど。
今度のは自信の無い記憶ではなくて、今見たばかりの事実だ。
そこまで口に出すのに躊躇する話じゃない。
「あのジャージのプリント、赤門だった」
「赤門…… 国立の!」
白樫部長がビビッドに反応。
「そういえば炎鳥がクイズサークルの設立をするって言ってたな」
次いで穂積が情報を補強。
「日本最高学府か……」
「どうせわかんないんだし、乗るか!」
「じゃあ俺も」
「お前✕だって言ってたろ?」
「俺は俺の知能よりも赤門の知識を信じる」
そう言って○方向へ走り出すクイ研の一人。
それを見て、仲間たちも続く。
動き出してみれば躊躇がなかった。
確信が無いにも関わらず。
で。
結果は、〇。
「よっしゃあああ!!」
一塁側観客席が爆発したみたいに盛り上がる。
「サンキュー天馬!」
穂積のヘッドロック。
痛い痛い。
感謝してるなら人の頭叩くなよ!
ここは見知らぬ炎鳥君とやらに感謝しとけ!
対して、×にいた連中が一斉に崩れ落ちた。
たった一歩で、天国と地獄が分かれる。
……やっぱり、このゲームは縮図。
まあ、ゲームなんて大抵そんなもんか。
勝ち負けが、優劣がつかない遊戯なんてないからな。
五問目は、白樫部長が決めた。
問題が読み上げられた瞬間、あの人はほんの少しだけ目を細めた。
考えている顔だった。
けど、それは迷っている顔じゃなかった。
問題を反芻し再確認する間。
そんな感じだった。
「こっちです」
短く、でもはっきりとした声。
クイ研の連中が、一斉に動く。
他の大学のいくつかのクイ研も、それを見てついてきた。
俺もついていく。
結果は――正解。
「……っ」
小さく息を吐く音が、あちこちから聞こえた。
大げさに喜ぶやつが減って来た。
いつの間にか興奮よりも緊張感が優位に立っていた。
ただ、確実に一歩進んだという実感だけが、その場に残る。
この時点で、残り人数は約1000人。
さっきまでの喧騒が嘘みたいに、人が減っている。
一塁側シートはもう、挑戦者よりも空席の方が多くなっている。
そして、ここに来て。
なぜか、クイ研たちに緊張が走った。
「ここまで来たか」
誰かが、ぽつりと呟く。
「全員揃ってなんて、クイ研史上初なんじゃないですか?」
別の誰かが、少し興奮気味に言う。
「でも……」
その言葉が、途中で切れる。
「ああ、ここからは」
低い声。
含みのある言い方。
なにが「でも」で、なにが「ここから」なんだ?
聞こうと思った。
けど、タイミングを逃した。
その瞬間だった。
「よし!」
ひな壇の上から黄石アナが、俺たちを手招きした。
「人数もだいぶ絞られたようだ!」
マイク越しでも分かる、張りのある声。
「ここからはグラウンドに下りてのマルペケだ!」
ざわ、と空気が動く。
「キミ達は誇ってもいい! なんせ全国2万4千人の中の千人だからな!」
歓声が上がる。
誇らしさと、興奮と、少しの恐怖が混じった声。
「そして俺たちは千分の7人、と」
穂積が、軽く笑う。
「まずは上等」
「ていうか快挙!」
周りの連中も乗っかる。
「ナリタレアに、行くぞ。天馬」
「ああ」
――あ。
今、俺、「ああ」とか言った?
なんか、流れで。
別にクイズは今日一日で終わる予定なのに。
二次予選への誘いに乗っちゃうなんて。
完全に流されてる。
自覚はある。
でも、まあいいか。
勝ったならその時に考えればいいことだ。
スタッフの誘導に従って、俺たちは移動を始めた。
内野席の一角が開いて、そこからタラップが伸びている。
へえ、こんな構造なんだ。
テレビで見てた時は気づかなかった。
一歩、踏み出す。
わ、段差でか。
ちょっと怖い。
足元に意識を取られていると――
「天馬」
「なに?」
隣に並んできた港ヶ陸が、声をかけてきた。
「ありがとうな」
「なに?」
思わず聞き返す。
「三問目を突破できたのはお前のお蔭だ」
「あー……」
あれか。
「クイ研のみんなが突破できたのは、お前のお蔭だけどね」
俺は、そう返す。
実際そうだろ。
俺一人の答えじゃなくて、最終的に決めたのはあいつだ。
「ありがとうな」
「だからなんでここでお礼?」
思わず笑う。
「まだクイズは続くんだろ?」
「グラウンドに降りたらな」
「降りたら?」
一瞬の間。
穂積が、少しだけ真面目な顔になる。
「もう相談できなくなるんだ」
「え?」
その意味を考える前に――
状況が、変わった。
グラウンドに降りた1000人。
その全員が、スタッフの手によって攪拌された。
「はい、こちらへ!」
「止まらないでください!」
誘導されるままに歩く。
流される。
気づいた時には、周りに知っている顔がいなかった。
さっきまで隣にいたはずの穂積も。
白樫部長も。
クイ研の連中も。
……いない。
ばらされた。
完全に。
同じ組織の生き残りを、意図的に引き剥がした配置。
目くばせ、ハンドサイン、符丁。
そういう「裏」を、全部潰すための配置。
流石だな、と思う。
十回も続いてる大会は、伊達じゃない。
抜け道は、最初から塞いである。
そして――
「第六問!」
問題が読み上げられる。
「……は?」
思わず、声が出た。
「こんな問題、わかるかぁ!!」
誰かの叫びが、全体の感情を代弁した。
怒号と混乱が、1000人を包む。
情報が足りない。
知識も、推測も、役に立たない。
純粋な「勘」か、あるいは何かのひらめき。
そんなものが必要とされるレベルの問題。
やばい。
思考が追いつかない。
「30秒」
機械的なアナウンス。
短い。
考える時間が、圧倒的に足りない。
周りが動く。
人の流れが、一方向に寄る。
俺は、逆らわなかった。
気づいたら、×のゾーンに入っていた。
理由はない。
ただ、流れに従った。
まあ、そんなもんか。
考えて分かる感じも無かったし。
半分、諦めに近い感覚。
「答えは……あれだぁ!」
黄石の指さす先はオーロラビジョン。
×。
「おおおおおおおお!!」
歓声と悲鳴が混じる。
正解。
……正解か。
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
周りの動きに逆らわなかった。
それだけのことなのに。
妙に、生き延びた実感がある。
それからも、問題は続いた。
七問目。
八問目。
九問目。
流されることもあれば、少しだけ考えることもあった。
正解するたびに、人が減る。
間違えるたびに、人が消える。
当たり前のように、削られていく。
そして―― 十問目。
「正解は、あれだぁ!」
黄石の声。
オーロラビジョン。
表示される記号。
〇。
俺は×のゾーンに立っていた。




