一次予選:ハリキリスタジアム 3
第二問は、正直なところ記憶が薄い。
いや、問題自体はちゃんと聞いていたはずだ。
歴史だったか、地理だったか、あるいは文化人類学めいた何かだったか。
でも、答えに向かう過程があまりにもスムーズすぎた。
「○」
「だな」
「異論なし」
穂積と白樫部長を中心に、数秒で結論が出た。
迷いがない。
議論ですらない。
確認作業。
そんなレベルだった。
俺はその流れに乗って、同じ場所に立つ。
それだけ。
結果は当然のように正解。
歓声。
さっきと同じように、クイ研の連中はまたきゃいきゃい騒いでいる。
……いやほんと、あんたら自信あったんじゃないんか。
さっきも思ったけど。
まあ、もう突っ込むのも面倒だ。
周囲を見れば、また人が減っている。
目に見えて。
さっきよりもさらに間引かれている。
アナウンスが流れる。
黄石アナではなく、放送を通じたウグイス嬢の声で。
「現在の生き残りは、一万人を切りました。ここからは内野席を用いたマルペケとなります」
一万人。
あれだけいたのに、もう、そこまで減ったのか。
まだ二問しか終わってないのに。
胃のあたりが、少しだけ重くなる。
ここまでで失格になった連中は左右の外野席に取り残されて。
俺たち生き残り組はバックネット正面に移動させられて、数分。
――三問目。
司会の男が、またあの動きをする。
腕を上げる。
止まる。
空気が、凍る。
さっきよりも静かだ。
人数が減ったせいか。
それとも、残っている連中の質が変わったのか。
どちらにしても、軽い空気じゃない。
「第三問!」
落ちてくる声。
そして、問題が読み上げられる。
――時事問題。
具体的な内容が耳に入った瞬間、俺は思わず眉をひそめた。
これ、覚えある。
どこでだ。
……英字新聞。
就活用に、無理して読んでたやつ。
一月ほど前の記事だ。
確か――
「制限時間は五分!」
短い。
一気に縮んだ。
ざわ、と周囲が揺れる。
さっきまでの余裕が、明らかに削がれている。
クイ研の方を見る。
白樫部長と穂積が、顔を見合わせている。
沈黙。
「……わかる?」
誰かが小さく言う。
「わかりません」
白樫部長が即答した。
迷いなく、わからないと言った。
他の連中も、似たような反応だ。
さっきまでとは明らかに違う。
手応えがない。
そんな空気。
でも、俺には、答えが分かってた。
これはペケ。
ペケ、なんだけど。
……ペケ、だったと思うけど。
あの記事、ちゃんと読めてたか?
なにせ英文。
曖昧なまま流し読みした部分も多かったはずだ。
記憶も、正確とは言い難い。
クイ研の連中が悩んでいる。
その姿を見るほどに、俺の中の確信が揺らぐ。
そもそも、こいつらが分からない問題を。
俺が分かるのか?
そんなはず、ないだろ。
そもそもペガサスの問題、俺間違えてたし。
口を開きかけて、閉じる。
言えない。
責任が重すぎる。
もし間違ってたら?
七人まとめて落ちる。
俺のせいで。
そんなの、無理だ。
「あと二分だぞ?」
上から声が降ってくる。
司会者の黄石だ。
俺らの逡巡を楽しそうに眺めてる顔が、オーロラビジョンに大映し。
最悪だな、この人。
……いや、煽り役としては最高なのかもしれないけど。
ふと、視線を感じた。
横を見る。
穂積が、じっとこっちを見ていた。
「わかったのか?」
小声で耳打ち。
鋭いな、こいつ。
「知ってるような…… 気がしないでも」
俺も小声で返す。
曖昧な言い方になる。
「自信が無いんだな?」
「うろ覚えの気もする」
ひそひそ話。
他の連中には聞こえないように。
「今、俺たちクイ研は答えを持っていない。指針もない」
詰めてくる。
逃がさない感じ。
「お前の就活知識に期待している。白樫部長の言ってたあれは本音なんだ」
声に、重さがあった。
祈り。
信頼。
そういうのが、混ざってる。
……困る。
お前が真剣であればあるほど困る。
万が一。
いや、十が一くらいで誤答だったら。
責任が取れない。
恨まれるのが怖い。
そういうの、無理だ。
だから、逃げる。
「きっと思い違いだから…」
「それでいい。教えてくれ」
遮られた。
強い目線。
圧がある。
面接官よりきつい。
……逃げ場がない。
俺は、観念した。
「×だと、思う」
「そうか」
それだけ言って、穂積は一歩下がった。
俺から距離を置く。
動きに意図が感じられる。
――ああ。
そういうことか。
「さあ、一分を切ったぞ! タイムアップは勝負の放棄とみなす! みんな、走れ、走れ!!」
司会がさらに煽る。
周囲がざわつく。
「どうすんだよ!」
「もう決めないと……!」
その時、穂積が叫んだ。
「思い出した!」
やっぱりな。
距離を取った時からこうするんじゃないかって思ってた。
クイ研全員が、あいつを見る。
「これ、前に外国人講師から聞いた奴だ!」
「マジか!?」
「○か×か、どっちなんだ!?」
穂積は、迷いなく言った。
「答えは×だ! 自信がある!」
……穂積。
俺の答えを、自分の記憶にすり替えた。
俺が何を気にして躊躇してたのかを察して。
俺が恨まれないように。
責任を引き受ける形にした。
こいつ本当にヒーロー気質だな。
大人でもあるな。
俺はまた、助けられてる。
今日、何回目だよ。
今までで何度、助けられたよ。
「30秒」
機械的な声が響く。
「天馬! 走れ走れ!」
「おう」
もうみんな走り出している。
俺も遅れて動く。
港ヶと並ぶ。
「20秒」
距離はある。
全力で走れば、間に合う。
でも。
こんなことで全力出すのか?
必死な姿、晒して。
ダサくないか?
「おせえぞ天馬!」
手を掴まれた。
引かれる。
強い力で。
こいつは、俺を置いていかない。
でも、このままだと。
こいつの足も止める。
それは―― イヤだ。
さっき助けられたばっかりだろ、俺。
だったら、やるしかない。
全力で走る。
足を回す。
息が上がる。
ダサい。
みっともない。
でも今はどうでもいい。
「10秒!」
通路の出口。
スタッフがパーティションの準備をしてる。
「5秒、4秒、3秒!」
飛び込む。
×の陣営、三塁側内野席に。
間に合った。
「なにもたもたしてんだよ」
「ヒヤヒヤしたぜ」
肩を叩かれる。
荒い息のまま、苦笑するしかない。
「タイムアップ!!」
司会者の声が響くと同時に、背後でパーティションが置かれた。
――そして。
結果は、×。
歓声が、爆発する。
また、誰かが消えていく。
大量に。
でも、今はそれよりも。
隣を見る。
穂積が、いつもの顔で立っている。
何事もなかったみたいに。
でも、俺の視線を感じたのか。
こっちを振り向いた穂積の頬に。
一瞬、ガキ大将のような笑みが浮かんだ。
出会った頃みたいな。
……借り、ひとつだな。
こうして俺たちは、三問目も突破した。
残り、四千人。




