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空前絶後! 第十一回! 異世界ぐるりウルティモクイズ!  作者: 袴田八峰
一次予選:二万四千分の百! ハリスタマルペケクイズ

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2/120

一次予選:ハリキリスタジアム 2


 司会の男、黄石(おういし)桑之介(くわのすけ)。


 ヤツは、腕を振り上げたまま止まっている。


 ぴたり、と。


 まるで時間そのものを指先でつまんでいるみたいに、その姿勢が固定されていた。


 おそらくは振り下ろすタイミングを計っている。


 演出だ。


 あるいは操作だ。


 俺たち挑戦者に対する。


 ああ、これも一種のカリスマか。


 オーケストラのコンダクターよろしく、あの男はこの場の全員を「鳴らしている」。


 呼吸も、視線も、緊張も。


 全部。


 ごくり……。


 隣から、やけに生々しい音が聞こえた。

 穂積が、唾を嚥下した音だ。

 あいつでも、こういう音を立てるんだな、とどうでもいいことを思う。


 静まり返る幾万の人々。

 さっきまでの狂騒が嘘みたいに、音がない。


 誰も叫ばない。

 誰も動かない。

 ただ、あの男の腕だけが、世界の中心にある。


 そして――

 

 振り下ろされた。


「第一問!」


 声が落ちた瞬間、空気が震えた気がした。


「召喚の女神像が従えているペガサスは、雌雄一対である。〇か×か!!」


 ……は?


 一瞬、意味を咀嚼するのに遅れる。


 召喚の女神像。


 ああ、球場の正面入り口にでーんと設置してあった、あのデカい像か。

 ペガサスが二頭、脇にいたやつ。

 そこまでは記憶にある。


 オスメス?

 そんな細かいところ、見てない。

 ていうか気にもしなかった。


「制限時間は一時間!」


 一時間。


 長い。

 長すぎるくらいだ。

 普通に考えれば、走る必要なんてどこにもない。

 ない、はずなのに。


「行くぞ」


 穂積が、短く言った。

 もう立ち上がっている。

 他の連中も同時だ。

 迷いが一切ない。


 俺は一拍遅れて立ち上がる。


「え、ちょ――」


 もう誰も聞いてない。

 七人が一斉に動き出す。

 周りの連中も走ってる。

 スタッフさん交通整理お疲れ様です。


 走る。

 走る。

 走る。


 ……なんでだよ。

 一時間あるだろ。

 俺は内心でツッコミながらも、結局その背中を追いかける。

 走る青いハッピについてゆく。


 そんな必要はないのに。

 時間は十分あるのに。

 それでも足が止まらないのは、多分――空気だ。


 この場の。

 この祭りの。

 ああ、確かに祭だ。

 穂積が言ってた意味が、ちょっとだけ分かる。


 理屈じゃない。

 流れだ。


 俺はずっと距離を置いて見ていたつもりだった。

 でも、気づけばその中にいる。

 部長も、穂積も、五人のクイ研メンバーも。

 走り慣れていないせいか、もう息が乱れてるのに。


 そこに焦りはない。

 余裕の表情だ。

 ただ「決まっている」顔だ。


 周囲にも、同じような集団がいくつも見える。

 他大学のクイ研だろうか。

 帽子やTシャツ、果てはユニフォーム。

 統一された装束。

 色も形もバラバラなのに、やってることは同じだ。


 集団で動く。

 迷わない。


 あの黄色いTシャツ集団、五十人はいるんじゃないか?

 ちょっとした軍隊だ。


 個人戦のはずなのに。

 なのに――


「一問目は必ず、召喚の女神像から」


 走りながら、誰かが言った。

 白樫部長だ。

 息が荒くなってきている。


「セオリーだ。外す理由がない」


 セオリー。

 つまり、予想済み。

 当然、対策済み。

 俺は心の中で苦笑する。


 なるほどな。

 こういうことか。


 クイズってのは、知識だけじゃない。

 準備と、経験と、読み。

 全部込みだ。


 像が見えてきた。

 でかい。

 さっきよりちゃんと見る余裕がある。

 女神が立っている。


 その両脇に、ペガサス。

 二頭。

 右手は、白い石の翼を広げている。

 左手は、静かに座している。

 こいつらが、雄か雌か。


 ……分からん。


 まあ二匹の姿勢から、陰陽の雰囲気は感じる。

 中華産の像なら決め手になるかもしれない。

 でも…… 異世界産だしなぁ。

 俺らの歴史的常識が通用するのかっていう。


「ペケだな」


 穂積が即答した。


 いや、ペガサス二頭とも、動きに差がね?


「ペケですね」


 白樫部長も重ねる。

 面構えも筋肉のつき方も、ちょっと違いません?


「女神像はどの女神像も本家女神像のコピー品だからな」


「複製の魔法を現地神官が使ったものだ、間違いない」


 他の連中も、もう迷ってない。

 票が揃ってる。

 完全に。

 俺は一瞬だけ立ち止まりそうになる。


 でも、まあいいや。


 余計な感想漏らさんでよかった。

 所詮、素人の浅はかな考えだし。

 クイズのプロ七人が迷ってない。

 それだけで、十分すぎる情報だ。

 俺が間違ってるに決まってる。


 だから、無理に出しゃばらずに。

 意見も質問も投げないで。

 解ってるやつに、身を委ねればいっか。


 俺は、オーロラビジョンが指し示す✕のゾーン、レフト側スタンドに足を踏み入れた。


 それでいいのか、と思いながら。

 それしかないだろ、とも思いながら。


 結局走り出す前に座ってた座席に逆戻り。

 じゃあここで俺、待ってりゃよかったな。


 やがて時間が過ぎ去って。

 制限時間の一時間がやって来た。


「タイムアップ!」


 再び登壇した黄石アナウンサーが片手を上げた。

 球場の方々で鳴り響く短いホイッスル。


 白い感嘆符の上にSTAFF、青で大きく書かれたTシャツの連中が、

 そこかしこの移動経路をポールパーティションでしっかりと封鎖。


 なんか迷った挙句、通路で足止めを食って、スタッフに詰め寄ってる男がいた。


「融通利かせろよ」


「不正を許さないのがウルティモです」


 厳格だな。

 俺なら「ま、いっか」で通しちゃうけどな。


「日本野鳥を凝視する会のカウントによると、○は約1万。×は約1万4千と分かれたようだ」


 黄石アナはまず、現状報告。


 ほう。

 多数派か。

 それだけでちょっと安心するのは俺が日本人たる証拠。


「少数派の○の諸君! 君たちの選択に自信はあるか!?」


「「「「おおーーーーーーーっ」」」」


 またかよ。

 ここでもお前、煽るのかよ。

 まあそういう番組なんだろうけど。

 お前が煽るたびになんというか。

 俺が事前に想像してた「楽しいお祭り」感が崩れて。

 なんか殺伐とした空気感が醸成されていくのな?


 ホント、辞めてほしいわ。


「「「「おおーーーーーーっ」」」」


 で、×側の俺たちも当然煽られて。

 ✕側の俺以外も当然煽りに乗って。

 なんだかなぁ、と想いながら周囲の様子を眺めてると。


 ……不意に。


 目に飛び込んだ、おかっぱの少女。


 綺麗な姿勢で、じっと座したまま、微動だにしない。


 完全に一人。


 孤立。


 なのに、どこか力強い背中。


 その子も、煽りに乗っていなかった。


 一瞬。


 音も色も消えて。


 その子の事だけが、意識された。


「「「「よっしぁあああああ!」」」」


 これまでと違うざわめきに意識が浮上する。

 スタンドが喜びに満ち溢れている。

 オーロラビジョンには×印が大きく映し出されていた。


「っしゃああああ!!」


「ほら見ろ!!」


「余裕余裕!!」


 白樫部長を筆頭に、クイ研の連中も弾けていた。

 さっきまでの「決まっている顔」はどこ行った。

 普通にガッツポーズしてるし、ハイタッチしてるし、声デカいし。


 いやいやいや。

 ちょっと待て。


 俺は思わず横目で見る。


 さっきまで――

 余裕の表情。

 セオリー。

 外す理由がない。

 完全に「当然」みたいな顔してたよな?

 なのにこのはしゃぎっぷり。


 あんたら自信があったんじゃないんか!

 内心でツッコむ。


 いや、分かるけど。

 分かるけどさ。

 それでもテンションの振れ幅どうなってんだ。


 対岸を見る。

 ライトスタンド側は、葬式ムード。


 嘆きの声が渦巻いている。

 さっきまで同じ土俵にいたのに。

 もう別の世界の人間みたいだ。


 一万人。

 この一問で、沈んだらしい。

 数字で聞くと現実感がない。


 でも、向こうのスタンドで蠢く人影を見ると、嫌でも分かる。

 これが、このゲームだ。

 勝ちと負け。

 一瞬で引かれる絶望的なライン。


 結局は、それなんだ。

 ゲームだろうと、人生だろうと。

 勝ち側に入らなきゃ。

 ああやって、みじめな思いを抱くことになる。

 いつもの俺みたいに。


「やったな天馬!」


「おう」


 喜色満面の穂積をぞんざいに扱って。

 俺は視線をあの少女に戻そうとしたけど。

 喜びを分かち合って、立ち上がって咆哮して、肩を組んで、握手して。

 そういう喜びの光景が多重に立ち塞がって。

 あの少女の後ろ姿を見失ってしまった。


 ま、そんなもんだろ。


「第二問――」


 その喜びの乱舞が、一言で瞬滅された。

 今の今まで俺を見ていた穂積は、もう俺を見て居ない。


 黄石アナウンサーを見て居る。

 次を見て居る。

 完全に、戦場の顔だ。


 さっきまであんなにはしゃいでたくせに。

 切り替え早すぎるだろ。


 俺だけが、まだ観客席に片足残してるみたいで。


 ……まあいいか。


 とりあえず。

 まだ、残ってる。

 

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